犯人のモンタージュ

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「カメラの前で泣かないようにしています。犯人が私たち家族を苦しめることが目的なら悲しむ姿を見て、しめしめと思うかもしれないからです。何があっても犯人を捕まえて聞きたいんです。なぜ、奈美子が狙われたのか、殺されるほどひどいことをしたのか。私への恨みで彼女が襲われたのか。まったくわからない……」

【写真】幸せに包まれた家族写真。平穏な生活は突如、何者かに奪われ……

 そう訴えるのは愛知県名古屋市の高羽悟さん(63)。1999年11月13日、妻・奈美子さん(当時32歳)が名古屋市西区の自宅(当時)で何者かに殺害された。容疑者は今も逃走を続ける。

 悟さんと当時2歳だった長男の航平さん(22)は事件後、同市内の悟さんの実家に移ったが、悟さんは20年間、事件現場の自宅を借り続けている。犯人が逮捕され、現場検証が行われるその日まで。

侵入者は顔見知り?

 悟さんに自宅に案内してもらった。そこには奈美子さんの奪われた日常の一部が残されていた。

 パジャマの上に羽織っていたという赤いチェックの上着、大好きな松田聖子のファンクラブの会報、雑誌や新聞を切り抜いてファイリングしたオリジナルのレシピ集に育児書──。

 家族思いの主婦として生きた証の数々。なぜ事件に巻き込まれたのか。

 事件は正午前後に発生したとみられる。奈美子さんは昼食をとろうとしていたようで、テーブルの上には航平さんのための味噌汁と、奈美子さんが普段は食べないというカップラーメンがのびきった状態で置かれており、テレビからは『笑っていいとも!』の録画が流れていた。

「奈美子は来客があれば台所の窓から必ず確認するんですが、その日は確認しなかったのかもしれない。朝、宅配の不在票も入っていたので、疑わずに開けてしまったのかもしれません」

 侵入者は顔見知りだったのか。奈美子さんは廊下とリビングの間に倒れていた。死因は失血死、凶器は見つかっていない。部屋にいた航平さんにはケガはなかった。着衣の乱れはなく、取られたものもなかった。

 ただし、玄関には犯人のものと見られる大量の血痕が残っていた。犯人は部屋に侵入、奈美子さんと格闘の末、殺害。自身も負傷したものと考えられる。

 犯行後、犯人は洗面所で手を洗い、しばらく玄関にとどまっていた。たたき部分には血痕とともに24センチの靴あとがいくつも残っていた。

 逃走した犯人の血痕は現場から500メートル離れた住宅地まで続いていたという。

 DNA鑑定や目撃情報から、血液型はB型で黒髪のパーマが肩まで伸び、黒い服を着た身長160センチくらいの40〜50代の女性だとわかった。

「最新技術でDNA鑑定をして“おとなしめで消極的な性格”ということもわかりました。そんな人がなぜ」

 と悟さんは首をひねる。

残る2つの謎

 犯行動機は謎に包まれている。警察は怨恨の可能性から、奈美子さんや悟さんの交友関係を徹底的に捜査していたというが、恨まれるような心当たりはなかった。

 一方、現場の近隣住民は犯人像をこう推理する。

「このへんで不審者も見たことないし本当にわからない。ただ、当時一緒に子どもを遊ばせていた人、偶然知り合って子どもを預けたりしていた人とかで、ご主人や友人たちも把握していない交友関係があったんじゃないのかしら」

 悟さんは通り魔の犯行も考えたという。当時、奈美子さんには同い年の子どもを持つママ友がいた。

「犯人はママたちを狙っていたんじゃないかな。まず狙われたのが奈美子だったのかもしれない……」  

 もう1つの謎は、犯人は一体どこから来て、どこに逃げたのか。

 土地勘があったのか、それとも入念な下見を繰り返したのか。

 血痕が途切れた先の住民は不審な女を目撃していた。

「事件があった日の昼ごろのこと、夫が壁にペンキを塗っていたら見慣れない黒い服を着た女が通りかかったそうです。焦っている様子もなく普通だった、と」

 時間はお昼。外に出ている人はほとんどいなかった。それも見越しての犯行だったのだろうか。

 生前の奈美子さんについて悟さんは回想する。

「奈美子は人当たりがよく、いつも人に気を遣っていた。友人の悩みで一緒に悩んだり。家事も育児もしっかりこなし、家庭を守る、年齢のわりに昭和的な考え方の女性でした」

 奈美子さんは女手ひとつで育てられ、結婚前は実家の飲食店を手伝うこともあったため、普通の家庭に憧れがあった。

早く逮捕しないと

 家事はもちろん、航平さんの成長記録には細かく書き込み、アルバムもこまめに作成。そのまめさには悟さんも驚いたという。

「(事件前の)10月はいい月だったんです。奈美子の子どものころからの夢だった赤い車も購入し、ずっと行きたがっていたディズニーランドにも家族で行けました」 

 奈美子さんの高齢の実母と同居、2人目の子どもも見すえてマンションも購入した矢先に事件は起きた。

「息子の成長を見られなかったことはさぞ悔しかったと思います。奈美子は高校野球のファンだったんですが、彼女が応援していた学校に実は息子が入学したんです。一緒に学校見学に行ったり、野球部の応援に行ったりすることもあったかもしれません。……息子は当時2歳、母親の記憶はほとんどありません」

 アルバムの中で微笑む母。奈美子さんの遺骨は納骨されておらず、悟さんと航平さんが暮らす家に安置されている。

「私たちは中途半端な遺族なんです。犯人が捕まっていないからどうやって犯人を憎んでいいのか、わからない。相手が見えていないので透明人間みたいなんです。……被害者遺族は家族の命だけでなく失われるものが多すぎるんです。被害者にならなければわからなかった……」

 事件から20年、悟さんが危惧するのは犯人の寿命だ。

「70代くらいになっている可能性があります。早く逮捕しないと時間がない。現在、時効は撤廃されていますが、寿命には限りがあります。犯人しか知りえないことが知りたいんです。あの日、何があったのか、何でこんなことになったのか。本当のことが知りたい」

 犯人はあの日、何を思い奈美子さんに凶刃を振りかざしたのだろうか。

 愛知県警の捜査関係者は、

「今年はメディアに多数取り上げられたこともあり、42件の情報提供があるが例年、横ばい。犯人の特徴に似た人を知っていたら情報提供をしてください」

 と呼びかける。

(取材・文/当山みどり)

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