奈良林直(東京工業大大学院特任教授)

 先の内閣改造で、小泉進次郎氏が初入閣し環境大臣に就任したが、軽率な発言が相次いでマスコミに取り上げられ、非難を浴びる事態となった。

 最たるものは、就任時の記者会見において、東京電力福島第1原発の汚染水浄化後の処理水をめぐる発言だろう。原田義昭前環境相が「海洋放出しかない」と発言したことについて、福島県いわき市小名浜の漁連組合長を「すばらしい人」とした上で、「そうした人たちに寄り添っていくことが大切」と情緒的な発言に終始し、唯一の解決策を否定してしまった。

 そもそも、この処理水の希釈放出に関する原田前大臣の発言は、進次郎氏が言うような個人的なものではない。原子力規制委員会の田中俊一前委員長も、更田(ふけた)豊志委員長も、海洋放出について東電に決断を促している。

 その科学的な流れを確認もせず、また具体的な解決策の代替案も示すことなく、漁連に安易に陳謝した進次郎氏は、テレビで華々しく大臣デビューのパフォーマンスを繰り広げるつもりだったのだろうが、誰が考えてもあまりにも軽率と言わざるを得ず、マスコミの集中砲火を浴びたのだ。この発言は、旧民主党が政権を取った当時、鳩山由紀夫首相が沖縄の米軍基地の移転先を「最低でも県外」と言って基地問題を混乱に陥れた発言を彷彿させる。

 さらに進次郎氏は、9月22日(現地時間)に国連デビューした際、「気候変動のような大問題にはセクシーに取り組むべきだ」などと意味不明な発言をしてしまった。これに対し、記者から「日本が石炭火力発電を増やし、二酸化炭素の削減ができていないことに対し具体的にどう取り組むのか」と質問されたが、日本の石炭火力発電の増加は既に諸外国から指摘されていたにもかかわらず、答えに窮した。

 「10日前に大臣になったばかり」と言い訳したため、日本の環境大臣は一番重要なことも、本気で考えずにニューヨークに来たということがバレバレになってしまい、その映像が国連の舞台から全世界に向けて放映されてしまったのだ。これは、将来の首相候補としては、致命傷に近い。

 そもそも、石炭火力が増えてしまったのは、東日本大震災の福島第1原発事故以降に、大部分の原発が停止しているためだ。そして二酸化炭素を効果的に減らすのは、原発の再稼働が最も効果的だが、父の小泉純一郎氏が、「太陽光があれば原発ゼロにできる」と全国津々浦々で講演しまくっているだけに、再稼働にブレーキがかかり、息子である進次郎氏の国連デビューに祟(たた)っているのだ。「当面は世界一厳しい安全対策をして原発を再稼働し、将来的にバッテリーなどの開発をして二酸化炭素の排出削減を的確に進めていく」と答えれば、それなりに説得力ある回答になっただろう。

 進次郎氏の軽率発言はこれぐらいにして、まずトリチウム水が大量になる理由について説明しよう。図1が示すように、原子炉建屋やタービン建屋の地下には、汚染水がたまっている。この建屋には、地下水や雨水などが絶えず流入してくるため、井戸を掘って地下水の水位を上げ、冷凍管によって土を凍らせて凍土壁をつくり流入する水を減らしている。

(図1)循環注水冷却と汚染水処理設備

 メルトダウン(炉心溶融)を起こした福島第1原発の1〜3号機では、内部に残る核燃料を冷やすために水を入れ続けているほか、建屋の山側からの地下水の流入もあり、今も毎日100トン前後の汚染水が発生している。回収した汚染水は多核種処理装置(ALPS)を使って様々な核種の放射性物質を取り除く処理をしているが、最後まで残るのがトリチウムであり、タンクに保管している。これまでに、構内に1千基近くのタンクをつくり、9月22日時点でおよそ115万トンを保管している。

 トリチウムは大気中の水蒸気や雨水など自然界にも存在する放射性物質で、水から分離して取り除くことは難しい。健康への影響について国は、トリチウムは弱い放射線を出す物質で、体内に取り込んだときに起こる内部被ばくの量も放射性セシウムと比べて低いため、これまで健康への影響は確認されていないとしている。

 トリチウムは運転をしている原発からも発生する。このため国は基準を定めていて、国内では1リットルあたり6万ベクレルの基準値以下であることを確認した上で海に放出している。

 トリチウムなどを含んだ処理水は日々増え、東京電力によると、現状の計画のままでは3年後にタンクが満杯になる見通しだという。原発構内には今後、廃炉のための別の施設をつくる必要もあり、トリチウムを含んだ水をためるタンクを増設する用地確保が難しくなっている。

 だが、9月27日に開催された資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力発電所事故収束対応室主催の「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」(委員長、山本一良名古屋学芸大副学長)では、まだ敷地内にタンクをつくる余地があるとして、問題を先送りしてしまった。進次郎氏の不用意な発言がなければ、原田前環境相の言うように、希釈して海に放出する方向になったかもしれないのだ。 

 さて、ここで扱いに苦慮するトリチウムを含んだ処理水について科学的な考察を加えたい。まず、トリチウム水とはどのようなものかを図2を用いて解説する。水素は陽子1個と電子1個からなる原子であり、酸素と結合して水(H2O)となり、地球上に多量に存在する。重水素は、陽子1個にさらに中性子1個が加わった原子核を持つ原子(D)である。これが水になったものが重水(D2O)である。自然界にある水素のうち0・015%存在し、1リットルあたりの値段は高級ブランデーくらいである。

(図2)水素・重水素・三重水素(トリチウム)

 わが国では、普通の水(軽水と呼ぶ)を原子炉で飛び交う中性子のスピードを落としてウラン235の核分裂を可能とする減速材に使っているが、重水を減速材に使うと低濃縮ウランを使わずに天然ウランで核分裂反応が継続する臨界にすることができる。

 このため、カナダで開発されたCANDU(キャンドゥ)炉などが実用化されて、カナダや韓国、インド、パキスタンなどで運転されている。この重水炉の炉心で生成されるプルトニウムは純度が高く発熱も少ないため、核兵器にも転用されることが多い。北朝鮮で独自に開発された重水炉も核兵器用のプルトニウムを生産するのに使われている。

 そして、原子核にさらに中性子が追加されて陽子1個、中性子2個の計3個の質量数になったものが、三重水素(トリチウム=T)である。このトリチウムが水になったものがトリチウム水(T2O)である。トリチウム水は、化学的な性質が普通の水(軽水)と似ているため、トリチウムが希釈された水から分離するのは、極めて困難である。このトリチウムは、放射性同位体で、半減期は約12年なので、約12年経つと半数がヘリウム3に変わる。

 このときに1ベータ線を放出する。このベータ線は透過力が弱いので、外部被ばくの問題はほとんどないが、水に交じって体内に入るとこのベータ線が内部被ばくの原因になるので、注意が必要である。世界保健機関(WHO)の飲料水水質ガイドラインのトリチウムの濃度は1リットルあたり1万ベクレルである。福島第1原発内のタンクに保管されている処理水のトリチウム濃度は最大でも約100万ベクレルであるので、飲料水基準にするなら100分の1に希釈すればよい。

 海外でも、基準などを定めて海などに希釈して放出されている。こうしたトリチウムの性質などから、原子力規制委員会は、田中前委員長も、更田委員長も、基準以下に薄めて海へ放出することが科学的に合理的な処分方法だとする見解を示しており、再三にわたり東電に希釈放出を促している。

 しかし、その一方で、事故から8年半がたち、漁業や農業、観光といった福島県の産業に復興の兆しや道筋が見えてきた中で、再び風評被害が起きることへの懸念は根強いものがあり、現時点で解決の糸口は見えていない。

 最終的な処分の方針を決める国はこうした状況を踏まえ、これまでに放射性物質の濃度を下げて海に放出する案、加熱して蒸発させる案、地下深くに埋設する案などを示してきたが、これらの案はいずれも海や大気など環境中に放出するもので、住民参加の公聴会などで風評被害を心配する声が相次いだ。特に、海洋放出以外の案は実証性や技術的成立性の担保を取ることが困難だ。従って、海洋希釈放出を慎重に計画し、風評被害対策をとることが唯一の解である。

 ここで厄介なのは、わが国は海洋に処理水を放出しようとしているためだが、「放射能オリンピック」をボイコットすべきだと文句をつけてきたのが隣国の韓国である。しかし、ここでちょっと待ってほしいと言いたい。

 図3は、世界の原発などからのトリチウムの年間排出量である。先ほど、韓国には重水炉があると指摘したが、原子炉内で重水が流れていると、炉内で高速で飛び交う中性子を吸着すれば重水はトリチウム水に変わるのだ。このため、韓国のトリチウムの排出量は、わが国の数倍に達すると言われており、日本のトリチウム水の放出を問題にするなら、韓国の方は自分の国に住むことをボイコットすべきなのだ。

(図3)世界の原発などからのトリチウムの年間排出量

 このように、困難な風評被害対策だが、解決のヒントを隣国の台湾の若者たちが日本に教えてくれたのだ。台湾も韓国と同じように福島県および近隣県の農産物を輸入禁止にしている。台湾では2017年の夏に、蔡英文(さい・えいぶん)総統が選挙で公約した脱原発政策のもとに金山1、2号機の定期検査後の再稼働を認めなかった。

 このため、猛暑に見舞われた台湾は電力不足に陥り、連日のようにエアコンの使用制限などの節電対策を強要した。これは国民の反感を買った。このさなかに火力発電所の燃料を送る配管バルブの操作ミスで火力発電所が運転停止した。それを引き金に、台湾全土で深刻な停電が発生した。

 これに対し、若者たちが立ち上がり、「以核養緑」(原子力を使って地球環境を養う)のスローガンで国民投票に持ち込み、勝利したのである。そして台湾政府の法律から「脱原発の文字」は消えた。しかし、蔡総統が、脱原発をあきらめないため、若者たちが福島県の復興状況と食の安全確かめようと来日したのである。

 そこで、東京工業大では、福島イノベーション・コースト構想推進機構学術研究活動支援事業「リスク・コミュニケーション工学を活用した復興学による浪江町創成」(提案代表、木倉宏成准教授)が活動中であったため、台湾からの来日学生チーム(うち何人かは日本の大学に留学中)と台湾の原子力学会長の李敏教授を福島県の水族館「アクアマリン」に案内した。

 この水族館の環境研究所の富原聖一リーダーは、水族館の獣医としての業務のほかに、高性能の放射線検出器を用いて、福島第1原発事故の直後から、福島県の魚の汚染状況を計測する活動を市民とともに実行しており、その活動はNHKの番組などでも紹介されている。

 富原リーダーは、福島第1原発の沖合10キロの海底にいた83センチのヒラメを釣り、それを台湾来日チームの目の前で刺身にして、放射線検出器の遮蔽容器の中に入れて約2時間計測した。ヒラメの年齢は10歳で、原発事故が発生したのは8年前のため、2歳のときに海底で汚染水に遭遇したはずである。

 このヒラメの放射能の測定結果はヨウ素もセシウムも検出限界以下(ND)であった。学生たちも私も、おいしくヒラメの刺身、カルパッチョ、唐揚げを食べた。この様子を共同通信が取材し、その配信された記事は産経新聞や多くの地方紙に掲載され、さらに中国語に翻訳されて台湾にも配信された。その記事は大変好評で反響も大きかった。

 ゆえに進次郎氏にも、ヒラメの試食をお勧めしたい。地元に寄り添うとは、このように住民の不安を取り除き、風評被害を防いでいくことである。言葉ではなく、実行することが大事なのだ。

 では、最後に福島第1原発の処理水の希釈放出監視センターについて提案したい。先ほど説明したように、福島第1原発の処理水を100分の1まで希釈すれば、トリチウムはWHOの飲料水水質ガイドラインのトリチウムの濃度である1リットルあたり1万ベクレル以下にすることが可能である。福島第1原発の処理水タンクに保管されている総量は約100万立方メートル、濃度約100万ベクレル/リットル、総放射能約1千兆ベクレルであるから、約10年かけて100倍の容積の海水で希釈して海洋放出すればよい。

 1日あたり276立法メートルのトリチウム水を2760トンの海水で希釈すればよいのだ。このためには、大型のポンプとその動力である電気が必要である。そこで、図4に示すように、福島第1原発の敷地内にガスタービンコンバインド(GTCC)火力発電所を設置し、その蒸気タービンの復水器に循環する多量の海水にトリチウムを混入して希釈し、放射線の監視センターを併設するのである。

(図4)福島第一コンバインド火力発電とトリチウム希釈監視センター

 発電した電気は、この復水器の海水循環ポンプの動力にするほか、福島県の浜通りに設置された多量のメガソーラーの出力変動の需給調整に活用すればよい。地元貢献にもなるし、農産物や海産物の食品加工センターに低廉な電気や熱を供給すればよい。

 そして福島で獲れた魚は、一度すべてを国が市場価格で買い取り、放射線の検査をした上で、安全確認済の金色のシールを貼って市場に出すのだ。これは評論家の池田信夫氏が提唱していた考え方で、このように英知を集めれば、福島県の海産物は再び復活するはずだ。進次郎氏はじめ、多くの議員、各省庁の食堂などが率先して購入すれば、風評被害は最小限に抑えられるにちがいない。