こち亀「両津勘吉と作者のたった1つの共通点」
■出し惜しみする余裕などなかった
永く続く漫画の条件? それは正直よくわからないです。僕自身、40年間も連載が続くとは考えていませんでしたから。
漫画の世界は本当にシビアです。安定した人気があるといわれている作品でも、読者に飽きられたら、いつ打ち切りになってもおかしくない。まして週刊の少年誌は毎週のように新しい人が出てきます。切磋琢磨していないと、連載を続けたくても続けられなくなる。そういう覚悟を持って『こち亀』を連載していました。
毎回が全力勝負で、ネタを出し惜しみする余裕はなかったですね。おもしろいネタがあれば、旬のうちに描くことが基本です。「人情話が続くから間隔を空ける」というような調整は多少行いますが、せいぜいその回を1、2カ月先延ばしする程度。夏になったら「秋はどうするかねえ」、秋がきたら「年末は正月進行で締め切りが早いから、そろそろお正月のネタを考えないとねえ」という感じでいつも目先のことばかり考えてきました。その積み重ねで、気がつくと長期連載になっていただけです。
後から振り返って永く続いた理由を強いて挙げるとしたら、僕自身が楽しんでいたことでしょうか。先ほども話しましたが、連載35周年を記念して、通常の連載の他に漫画13誌に『こち亀』の読み切りを同時掲載する企画に挑戦したことがあります。殺人的なスケジュールで、本当に吐き気がするほど大変でした。
■大ピンチの13誌同時連載。新しい両さんと出会うのが楽しみに
ただ、じつは3本目を描いたあたりから手ごたえを感じて、むしろわくわくしてきました。同時掲載13誌のうち、7誌が女性誌です。普段『こち亀』に馴染(なじ)みがない読者層に届けるには、いつもと切り口を変える必要がありますが、そうやって描いているうちに自分でも新しい両さんと出会えることが楽しくなってきたのです。
たとえば『マーガレット』は乙女チックに、ロミオとジュリエットみたいな話を描きました。でも、普通に恋愛話をやるだけでは面白くないので、両さんを少女誌では絶対に出てこないロボットに化けさせました。ロボットは描くのに時間がかかるので、やってみたら「とんでもないこと思いついちゃったな」と後悔しましたが(笑)。
他にも『りぼん』は檸檬(※1)を主人公にして幼稚園の話にしたり、大人の女性向けの漫画誌(『Cookie』)では、両さんをマツコ・デラックスさん風に扮装させて、女性に「そんなんじゃだめよ。化粧はこうするのよ!」と指導させたり。少年誌では会えない両さんに会えたので、すごく新鮮でした。
(※1)擬宝珠檸檬……両津が住み込みで働く超神田寿司を経営する擬宝珠家の次女、両津のはとこ。祖母の夏春都の影響で時代劇が好きであり、語尾に「じゃ」とつけて話す。
■ネタには困ることはまずない
僕と両さんに共通点があるならば、それは好奇心旺盛なことじゃないでしょうか。漫画でやりたいことは次から次にあるので、ネタに困ることはほとんどなかったですね。僕は昔からデジタルガジェットが大好きです。初期の『こち亀』は下町の日常生活を描く漫画で、ハイテク機器を登場させることを意識的に避けていました。その時代を象徴するものを登場させると、後で読んだときに古くさくなるんじゃないかと心配したからです。
でも、両さんを通して、読者の子どもたちに時代の変化を届けたいという思いもありました。そこで100巻を超えたあたりから、「たまごっち」などの流行(はや)りものをネタに使い始めたところ、思った以上に反響がよかった。それ以降、新しいガジェットが出たら自分で買って確かめて、チャンスがあれば漫画にも登場させています。いまはデジタルガジェットの進化が早くて、少し前までできなかったことが簡単にできるようになったりします。その意味でガジェットはネタの宝庫です。
新しく漫画に描きたいテーマが見つかれば、取材にも行きました。どうしても時間をつくれない場合は担当者に代理で行ってもらいましたが、僕はできるだけ自分で現場に足を運びたいタイプ。直接会って話を聞いてみると、想像していた以上の新しい発見があるからです。
■忘れられない「お化け煙突」の取材
なかでも印象に残っているのは、「希望の煙突」の回で取材したお化け煙突(千住火力発電所)ですね。テプコ浅草館に取材に行った時にお化け煙突の模型があって、これは懐かしいなと。僕ら世代の下町の人間はみんな知っている煙突で、ぜひ描きたいと思いました。
ただ、外観・内観とも写真が残っていなかったんですよね。唯一あったのは、中で働いていた人たちのアルバムに映る背景だけ。当時働いていた方にも連絡を取ってインタビューさせてもらって、なんとか全体像をつかめました。
でも、こんどは情報量が多すぎて困りました(笑)。せっかく取材したからぜんぶ詰め込みたいのですが、そうすると「漫画でわかるお化け煙突」みたいに説明的な漫画になってしまう。あくまでも楽しく読んでもらうことが目的ですから、結局、取材した内容の半分を捨てました。こういう思い切りも必要です。
お化け煙突は昭和初期の話なので、紅月灯という女の子を新たにつくってメインにして、両さんは子供の設定で登場させました。どんな形でも両さんは漫画に登場しますよ。連載皆勤賞ですからね。
纏(※2)とか早矢(※3)とか好きなキャラクターが出ると僕がそっちばかりを動かしてしまって出番がなかなかつくれないこともありますが、主人公だから出さないわけにはいきません。犬のぬいぐるみを被(かぶ)ったり、透明人間で雪の上に倒れた跡だけのこともありましたが、なんとかすべての回に登場しています。そういう両さんを考えるのも、僕は嫌いじゃなかったですね。
(※2)擬宝珠纏……両津が住み込みで働く超神田寿司を経営する擬宝珠家の長女で両津のはとこ。両津と結婚寸前まで話が進んだことがある。
(※3)磯鷲早矢……新葛飾署の交通課に勤務する婦人警官。京都の名門「磯鷲家」の長女。声が父親に似ているからという理由で両津に一目ぼれして交際を申し込んだことがある。
■『ONE PIECE』の人気が衰えないワケ
話を戻すと、こうやって新しいものを取り入れたり、自分で現場に積極的に足を運んだりしているおかげで、アイデアが尽きることはありませんでした。その源泉は、好奇心。「あれはなんだか面白そうだぞ」と楽しみながらやることが、長期連載につながったのだと思います。
永く続いた理由をもう一つ挙げるとしたら、『こち亀』が一話完結だったことも大きかったかな。青年誌の読者は大人なので、わりとじっくり読んでもらえます。一方、少年誌はその週が面白くないと次を読んでもらえません。長く引っ張るのはダメで、毎週山場が必要です。
その点、一話完結は毎回オチがあって、自然に山場ができます。ジャンルでいえばギャグ漫画ですが、人情話をやったり、ストーリーものを挟んだりして変化をつけられたのもよかったですね。
逆にストーリーものは大変でしょう。たとえばスポーツ漫画は、試合が終わると山場がなくなります。それを防ぐために「いままではじつは2軍。次は1軍がやってきた」というように、どんどん盛り上げていく必要があります。
それを考えると『ONE PIECE』の尾田栄一郎くんは本当にすごい。いろんな国で、毎回違うパターンで物語を展開していくでしょう。すごく考えて、命を懸けて描いていることが伝わってきます。人気が衰えないのは納得で、僕も「次はどうなるのか」とワクワクしながら読んでいます。
■『こち亀』40年間で変わったこと、変わらなかったこと
『こち亀』を永く連載する中で、変わったところもあれば、変わらなかったところもあります。変わったのは、なんといっても自分の年齢です。両さんは30代半ばの設定です。最初は僕にとって“年上のおじさん”だったのに、やがて同年代に。僕はプラモデルが好きなので、漫画の中でも両さんにプラモをつくらせて、「この年齢になってプラモをつくったっていいよね」と代弁させたりしていました。
そのうちにこんどは僕のほうが年上になり、部長に年齢が近くなりました。そうなると部長の気持ちが痛いほどわかって、両さんに仕事を真面目にさせるようになりました。このころは部長がメインの話も増えましたよ。部長が浮気まがいのことをしてしまったりとか、部長がポケモンをやりだしたりとか。むしろ部長が暴走して、両さんが止める展開が多かった(笑)。
僕自身が年齢を重ねてきたこともあって、じつは両さんのキャラは二転三転しています。初期のころは子供を平気でブン殴っていたし、タバコも吸っていました。でも後半は警察官をやりながら寿司屋に住み込みで働かせて、疑似的に家族を持った設定にしたので、だんだんお父さんぽくなってきた。主な読者が子供ですから、放っておくとどんどん優しい人になっちゃうんです。
でも、いい人すぎるのは、やっぱり両さんではありません。
■息苦しい世の中こそ、両さんに居てほしい
優しくなりすぎたと感じたら、派出所に戻して部長に怒られたり、宝くじでインチキをして一攫千金しようとしたりと、引っ張り下ろす回をつくりました。そうやって時々戻していたので、二転三転しつつも、結果的にキャラはブレなかったんじゃないでしょうか。
『こち亀』がみなさんに永く愛されたのも、両さんの魅力が変わらなかったからでしょう。両さんは警察官。本来ならもっともおカタい職業です。それでもハチャメチャなことばかりやって、たくましく生きてきました。
会社勤めで大変な思いをしている人も、両さんのそういう姿を見れば、「あんな生き方でもいいのか」と勇気をもらえたはずです。本当は世の中が息苦しくなるほど、両さんのようなキャラクターが必要なのかもしれせんね。
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秋本 治(あきもと・おさむ)
漫画家
1952年東京都葛飾区亀有生まれ。1976年、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(週刊少年ジャンプ)で連載デビュー。2016年、40年間、全200巻に及ぶ連載が終了。同作は「最も発行巻数が多い単一漫画シリーズ」として、ギネス世界記録に認定された。現在、『BLACK TIGER ブラックティガー』(グランドジャンプ)、『Mr.Clice ミスタークリス』(ジャンプSQ.RISE)の2作品を連載中。
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(漫画家 秋本 治 構成=村上 敬)