アサヒ「スーパードライ」が王者ゆえ抱える悩み
都内のスーパー「ビール類」の売り場(筆者撮影)
アサヒビールが看板ブランド「アサヒ スーパードライ」の再活性化に乗り出している。以前から取り組みはしてきたが、今回の施策は少し違う。
若者を意識し、「モノづくり」と「コトづくり」の両面から消費者に訴求するのだ。
ビール系飲料には「ビール」「発泡酒」「第三のビール」があり、「ビール類」と呼ばれる。アサヒはビール類の首位で、2018年の同「課税出荷数量」シェアでは37.4%(2位のキリンは34.4%)。またビール市場の約半数(50%弱)を持ち、ほぼすべてを「スーパードライ」が占める。同社の大黒柱で屋台骨を支える巨大ブランドだ。
だが2017年、スーパードライは29年ぶり「年間1億箱割れ」となり、大台回復をしていない。昨年、朝日新聞の取材に、アサヒグループホールディングス(アサヒGHD)の小路明善社長は「割らないほうがいいが、大きな問題とは捉えていない」と答えたが、社内には「ビールと消費者との出合いを増やせ」とハッパをかけていた。
今回の一連の施策は、それに対する現場の「答え」だ。本稿では「ロングセラーブランド」の視点からスーパードライを考えてみたい。
「瓶飲み」と「今田美桜」
4月9日、「アサヒ スーパードライ ザ・クール」(以下「ザ・クール」)という商品が発売された。334ミリリットルの小瓶で、瓶から直接飲むスタイルを提案。東京・表参道には「DRY THE COOL BAR」というコンセプトショップを期間限定で展開した。
「4月12日から7月6日の期間で来店者数は約2万4000人。当初は2万人の想定で2割増の集客でした。来場者の多くがSNSでも発信され、新商品の認知度も高まりました」
こう話すのは「スーパードライ」ブランドの責任者である古澤毅氏(マーケティング本部・ビールマーケティング部次長)だ。過去には「クリアアサヒ(第三のビール)」や「アサヒ スタイルフリー」(発泡酒)などのブランドも手がけてきた。
「スーパードライの年代別構成比を見ると、全体の約50%が50代と60代。一方、20代は約10%、30代は約15%にすぎません。中高年の支持は大変ありがたいのですが、年代別に偏りがあり、若年層を取り込みたいのです」(同)
例えば“DRY THE COOL アンバサダー”である女優の今田美桜(いまだ・みお)さん(1997年生まれ)が、在京テレビ局の番組に次々に出演し、「ザ・クール」を瓶飲みするシーンも披露した。コンセプトショップの来店客の中には「テレビで今田美桜さんが出ているのを見て来ました」(20代男性)という人もいた。
後述するが、「スーパードライ」は1987年発売のロングセラーブランドだ。一方で「ブランドは消費者とともに歳をとる」という言葉もある。その危機感があった。
若者の「酒離れ」と「外食需要」
「最近の若者は酒を飲まなくなった」というオジサンの声が、全国各地の居酒屋で聞かれる。ビール会社にとって気になる話だが、これはデータからも裏づけられるのだ。
2019年3月に発表された国税庁の「酒レポート」によれば、「成人1人当たりの酒類消費数量」(年間)は1992年度の101.8リットルをピークに減少し、2017年度には80.5リットル。最盛期から2割減となった。
「飲酒習慣あり」(週3回以上の飲酒)で見ると、成人男性全体が42.4%に対して20代(20〜29歳)は14.5%。成人女性は全体が15.0%、20代は6.5%にすぎない。
「20代や30代は、家庭で飲む頻度は少ないですが、飲食店で飲む頻度は他の世代に比べて多い。しかも、平日夜に仕事仲間と飲む場合、休日に友人・知人と飲む場合、1杯目は20〜24歳では6割、25〜34歳では8割がビールを頼んでいます。そこでおいしいと感じたブランドを家庭でも飲む傾向にあります」(古澤氏)
「とりあえずビール」はまだ根強いようだが、同データでは飲み方の変化も表れている。
1989年度に全体消費量の約71%を占めたビールが2017年度には約30%と半分以下になった。一方で、1989年度はごくわずかだったリキュール(第三のビール含む)が2017年度は約25.9%と増大。果実酒も増えた。この間に、清酒は約15.7%から約6.0%に落ち込む。
酒税法の問題も指摘される。日本のビール税率は突出して高く、350ミリリットル換算で77円が税。一方、ワイン(果実酒)は高級品でも750ミリリットル換算で60円にすぎない。
「消費者と酒類の出合いを増やす」では、成功事例がある。サントリーの「ハイボール」だ。2008年、「失うもんは何もないから、ウイスキーを何とかせい!」と、サントリーホールディングスの佐治信忠会長兼社長(当時)に言われ、復活に向けた取り組みが始まった。
当時、サントリーのウイスキーを核とする洋酒事業の売上高は、1983年の約6300億円をピークに25年にわたって落ち込みが続き、最盛期の5分の1にとどまっていた。2010年、「ウイスキーV字復活劇」を取材した際に印象に残ったのが、次の言葉だった。
「水割りやロック、ストレートで飲むウイスキーは、酒場での取り扱いも減り、2軒目のスナックやクラブで楽しむ酒となっていた。でも1軒目の居酒屋やレストランだけでお客さんは帰ってしまう。ウイスキーとお客さんとの出合いも少なくなっていた」
また、それまで同社が勧めてきた水割りやロックの黄金比率(アルコール度数が12%以上)を、消費者は「濃い」と感じていた。好んだのは8%に薄めた味だった。そうした変化に気づき、「1軒目で乾杯される酒」に改革を進めて大成功を収めたのだ。
当時の取材では、「ウイスキーはオヤジくさい」「アルコールが強くて飲みにくい」「食事に合わない」という消費者の潜在意識もあったと聞いた。わざわざ紹介したのは、多くの部分がビールにも当てはまると感じたからだ。
「飲食店」への普及も進めたい
ビールの販売は「家庭用」(約5〜6割)と、飲食店への「業務用」(約4〜5割)が2本柱だ。業務用は利益幅が少ないが、1回の消費量が格段に違う。だが業務用の営業は、競合各社も強化するので、オセロゲームのようにひっくり返されることも多い。
「スーパードライ」ブランドの責任者である古澤毅氏(画像提供・アサヒGHD)
「ザ・クールの飲食店への卸軒数は、発売3カ月で約3000店となりました。国内に当社の樽生を取り扱う飲食店は約26万軒あり、それに比べるとまだまだですが、着実に増えています」(古澤氏)
中高年が“大黒柱”である、世代別の訴求に関しては、こんな思いを持っている。
「50代、60代のお父さん世代には、スーパードライが支持されているので、20代、30代にも“親子で飲みませんか”をもっと働きかけたい。飲食の世界では『お父さんが好きだった』(から自分も)という原体験は大きいですから」(同)
総じて、父と息子の仲がよい家庭も増えた時代性は、追い風かもしれない。
ロングセラーとしてのスーパードライの横顔も紹介しよう。
1987年3月に発売されたスーパードライは、「天ぷらや白身魚の刺身に合うビール」というテーマのもと、開発陣が試行錯誤してつくった商品だ。前年にヒットした「アサヒ生ビール」(当時の商品名)の勢いに乗り、「さらに味をクリアにして20代、30代が飲み飽きない辛口のビール」をコンセプトにした。当初は「年間100万箱」が目標だった。
発売すると消費者の圧倒的な支持を受け、初年度は1350万箱を販売。それまで長年にわたりシェアも下落続きだった会社が、当時、ビール業界の絶対的王者だったキリンビールの牙城を崩したのは有名な話だ(2001年にビール類全体でアサヒが首位)。現在の50代、60代は、発売当時にアサヒが狙った20代、30代が加齢した世代に当たる。
1987年「日経ヒット商品番付」(当時は日経流通新聞)で「東の横綱」に選ばれ(西の横綱は「花王アタック」)、10年後の1997年、ビールのトップブランドとなった。
だが、「後継」となる“孝行息子・娘”が育たなかった。野球に例えれば、大ホームランを打った後で、小ヒットしか出ない状態。大打者「スーパードライ」が後を託せるような、生きのいい若手(新商品や新シリーズ)の登場が待ち望まれる。
「今日のメシ」と「明日のメシ」
本企画を進めるなか、アサヒGHDで大きな動きがあった。7月19日、オーストラリアのビール最大手・カールトン&ユナイテッドブルワリーズを含む、AB InBev社の豪州事業を160億豪ドル(日本円で約1兆2096億円)の巨額で買収すると発表したのだ。近年、同社は海外の大型買収を進め、スーパードライを含めた海外売り上げを伸ばしている。
これらは成功すれば、やがて相乗効果が出てくる「明日のメシ」だが、事業会社としては、屋台骨を支える国内の「今日のメシ」を稼ぎ出さなければならない。
今年はようやく7月下旬から月末近くになって、国内各地で「梅雨明け宣言」が出た。いよいよ関係者が待望した「盛夏」だ。“酒離れ”時代とはいえ、晴れて暑くなれば、ビールの消費拡大も期待できる。
ロングセラーブランドが、支持基盤の消費者を若返らせ、再ブレイクを果たせるか?
前述した今田美桜さんは「2019年ネクストブレイクランキング(女優編)」(オリコンが運営する情報サイト「デビュー」)で1位に輝いた。「ザ・クール」を突破口に、今田さんの “ネクスト”と“ブレイク”にあやかりたい思いも透けて見える。