ショートアニメーション「そばへ」は、丸井グループの企業理念のひとつである「インクルージョン(包摂)」をテーマに、東宝アニメーションとアニメ「宝石の国」などのアニメ制作会社のオレンジがタッグを組んで制作した、幻想的な雰囲気と美しい音楽がマッチした作品です。

フルサイズで3分弱という「そばへ」はどのような人たちが生み出したのか、石井俊匡監督と音楽を手がけた牛尾憲輔さんに話をうかがう機会があったので、作品のことだけではなくわりと個人的な話題まで、いろいろ探ってきました。

丸井グループ オリジナルアニメーション 『そばへ』

https://www.0101.co.jp/sobae/

話をしてくれた牛尾さんと石井監督



Q:

牛尾さんが今回参加されることになった経緯は?

石井俊匡監督(以下、石井):

東宝の武井克弘プロデューサー経由で「ぜひ、お願いしたい人がいる」と話をいただいて、名前を聞いて「お願いします!」と。

Q:

以前から牛尾さんのことはご存じでしたか?

石井:

はい。「ご一緒できる!」と思っているところはありました。

牛尾憲輔さん(以下、牛尾):

僕は、武井さんに新宿のゴールデン街で「やろうよ!」って口説かれて「いいよ!」って(笑)。そして、こうなりました。

Q:

最初に対面したとき、お話などはされましたか?

石井:

最初に打ち合わせさせていただいた時は、本当にもう実務的な感じで。

牛尾:

そうでしたね。

石井:

顔合わせという感じではなくて。コンテができて、カット割りまで終わってたタイミングでしたっけ?

牛尾:

コンテ撮ができていましたね。コンテを撮影して時間軸がわかる状態でした。

石井:

それを見ながら「こんな感じでやります」と話をして、発注打ち合わせのような感じでした。その前から武井さん経由で話はしていて、牛尾さんが「こういうふうにするアイデアがあります」というものをその場に持ってきてくれたので、すぐ作品の話になりました。機会があれば、先にお酒でも飲めればよかったのかもしれないですけれど、よそよそしい感じで今日まで来たっていう(笑)

牛尾:

ちょっと緊張してます。隣にいる監督に一番緊張している(笑)

石井:

ダビング以来って感じですよね。

Q:

お二人は年が近いんですか?

石井:

私32歳です。

牛尾:

僕、36です。何タメ語使ってるんですか、中学生だったら『外周走ってこい』ですよ!(笑)

(一同笑)

牛尾:

それは冗談として置いておいて、年齢はすごい近いです。初対面の印象は「すごい優しくて、雰囲気が柔らかい感じ」だったんですけど、ダビングとか音楽を合わせる作業を一緒にすると、すごい頑固なんです(笑)。笑顔で譲らない人って一番作品に向き合うタイプだと思っていて。あと、一番プロデューサーに嫌われるタイプでもある(笑) 最初、監督からコンテをいただいたときにすごく作家性が強かったのもあって「とても信用できる」と思いました。

Q:

監督は牛尾さんに、イメージとしてどういったものを伝えたのですか?

石井:

企画に入ってもらったあと、コンテができた段階で見ていただいて……。

牛尾:

ストーリーボードもありましたよ。デザインワークスにも掲載されている絵を何点かいただきました。



Q:

どちらかといえばビジュアルから入った形ですか?

牛尾:

初めての言葉のやりとりは、最初の打ち合わせの時だったかなと思います。

石井:

こんな感じのストーリーを予定していて、「雨」とか「インクルージョン」というテーマがあります、と。

牛尾:

僕にとって「インクルージョン」は、すごくピンとくるテーマでした。先ほどから名前が出ている武井プロデューサーや監督と話をしていたとき、その場で構造みたいなものがコンセプトから導き出せて、そのまま最後まで貫徹できたのでよかったです。

Q:

「雨」と「インクルージョン」というテーマから、どのようにイメージを膨らませていって音を作ったのですか?

牛尾:

雨にもいろいろありますよね、いっぱい降ってきたり、滴が垂れたり。過去に、自分のソロ作品で「雨」をテーマにしたことがあったんですけれど、もうちょっとミクロな視点で、雨のひとつひとつの軌跡みたいなものだったんです。そのおかげで、自分の引き出しの中に「作り方」があったので、今回は町や人も内包して、もっと巨視的な視点で導き出せるものをベースに考えました。雨のひとしずくのようにあるフレーズでいろんな楽器が鳴っていて、それが総体になって音楽となっていく……と。

枠として曲がこのようにあるとすると、雨が垂れていってその総体がシーケンスになっていて、その真ん中に内包するべきものとしてメロがある、という状態を作ります。



Q:

いろんな楽器が「雨」?

牛尾:

はい。この1つ1つがバイオリンだったり、シロフォンだったり、ピアノだったりすることを思い描きました。そして、この先に福原遥さんの声を入れることができるというのを最初のコンセプトから導き出せていたので、それを総体として、インクルージョンとして捉えると、この段階で構成は決まるんです。……というのができたので、最初の打ち合わせの段階からある程度最終形が見えていたというのは強いですよね。



Q:

曲を作るとき、オファーがあったときにそういう絵が浮かぶんですか?

牛尾:

僕はコンセプトベースに作ることが多いので、基本的にはその物語やコンセプト、「作品の芯」みたいなところをまず作って、そこから演繹的に導き出すように曲を作ることが多いです。今回はそれがすごくはっきりしていました。

Q:

こういう絵がすぐ浮かんでくる?

牛尾:

文字面からすぐ浮かんできました。

Q:

福原さんの声の印象はいかがでしたか?

牛尾:

ああいう図が浮かんだ一方で、叙情的な部分というのは絵や色味から出てくるんです。それはメロディの感じや音色の温かさみたいなもので、僕は映像的な部分からインスピレーションを受けることが多くて、今回はちょっと優しい印象にしたかったので、無声音を使いたかったんです。声の中で「だ」「ぎ」のように声帯を揺する音じゃなくて「は」「ひ」「とぅ」みたいな音ですね。かつ、雨粒をいっぱい写さなきゃいけないので、リズムに対して遅くならないように「む」「ぬ」のように上がる音ではなく「た」「てぃ」「とぅ」とビートがいい音を作りたかったんです。女性の声だと雨の中に埋もれちゃう可能性が強かったんですけれど、福原さんはちゃんとキャラクターの優しさみたいなものを持ちつつも前に出てくる声をしてたので、それはすごく魅力的だなと思いました。

Q:

使いやすいということですか?

牛尾:

そうですね、「作りやすい」し、作り上げるのにいい声をされていたので素晴らしかったと思います。

GIGAZINE(以下、G):

石井監督は公式サイトに掲載されている福原遥さんとのインタビューの中で「自分もセルに近い感じでフィニッシュするというイメージで現場に入ったのですが……アプローチは全く違いました(笑)」と語っておられますが、具体的に、違っていたのはどういったところですか?

石井:

普段の作業って、自分でコンテを描いて、アニメーターさんに発注して、上がってきたものをチェックする、という流れなんです。最近はそんなこともなくなってきましたが、タイムシートを見て「こうじゃないとイヤだ!」と(笑)。けれど、今回は最初の段階からモーションキャプチャーを使って役者さんに動いてもらうので、そういうことができないんです。役者さんが芝居をするので「6コマ早いよ」とか「2コマ溜めて」というのが通用しない。なので、ライブ感を持って芝居をやってもらって、歯がゆいかもしれないけれど、これはこれでありなのかもしれないと思ったり。本番段階でタイミングはいじらせてもらいましたが、どこで何に気をつけてチェックするのかというのが全然違いました。

G:

モーションキャプチャーは初とのことでしたが、タイミング以外ではどういった部分が大変でしたか?

石井:

普段だと、芝居の感じについて、自分の体とか声を使って説明することがなかなかないですね。

G:

なるほど。

石井:

絵が上がってきたときに「顔の表情はこのくらいで」「手の広げ方このくらいで」とコメントを入れるぐらいなので。でも、実際に芝居をしてもらうとなると、あまり言い過ぎてもしょうがないなと。役者さんも考えて芝居をしてくれているので、あまり詰め込み過ぎると、たぶんきれいに動かなくなっちゃう。「次はこれをやって、これをやって……」と、プログラムされたような動きになってしまって、「それは違うんだよなあ」となる。階段の上り方や下り方、走り方も、「アニメで絵として描くならこうだけれど、実際に走るとこんな感じだよな」と。それをモデルに当てはめて映像にすると、もうちょっと外連味が欲しかったんだなとわかったりして。今回、いろいろと気をつけた部分もありますし、発見したり、できなかったところもあります。もし次にモーションキャプチャーで作品をやるなら、コンテ段階から反映できることがあるかもしれません。

G:

モーションキャプチャーで、反省点、あるいは苦戦した部分はどういった点ですか?

石井:

1個のカットでやることが結構決まっているというか、ポイントとなる動きを立ててやっていこうと考えていたんです。でも、モーションキャプチャーなら1カットを長めにとって決め込まないで芝居してもらうか、「このカットでキャラの感情はここからここまで動きます」とか「台詞中に、座ってる状態から立ちます」っていうくらいシンプルにとどめて、解釈は役者さんに任せて動いてもらう方がいいのかなと思いました。

G:

おお、なるほど。

石井:

普段、コンテを描いているときは「このタイミングで、このくらいのスピードで立つ」とか考えてやっていますが、モーションキャプチャーなら他人の考えやアイデアをもらえる状態なので、そこは任せつつ、どこまで自分が拾えるか、譲れないところがどこまで作れるかという感じでいけて、全然カットを割らないような作品が多くなるんじゃないでしょうか。

G:

先ほど牛尾さんから「笑顔で譲らない人」というコメントがありましたが、石井監督はどういった部分を笑顔で譲らなかったのですか?

石井:

絵に関しては動きの大きさなどの部分ですね。モーションキャプチャーをするにあたって、結構大きく手を広げて動いてもらったり、ジャンプしてもらったりしたんですけれど、ジャンプの高さが足りなくなっちゃったりするんです。役者さんに急いで走ってもらっても、絵にするとそうでもなかったりするんですよ。「1コマ中3の走り」というんですけれど、あり得ないくらい早くしないと、絵では早く動いているように見えないんです。ポンチョを看板に引っかけて、そのあと画面手前にぱぱぱっとやってくるカット(本編1:19〜)なんて、実際にはあの距離はあの歩数じゃ進めません(笑)。横から見たら、相当ジャンプしているような状態になります。そういう外連味のあるカットはモーションキャプチャーではできないので、撮影はしていますけれど、CGさんには「絵面優先でやってください」とお願いしました。そこは、orangeのアニメーターさんもこれまでのノウハウがあってわかってくれて「このくらいですか?」と作ってくれたものを「もうちょっといきましょう」と伝えて、よいカットになったなという印象があります。

G:

同じく公式サイトのインタビューで、石井監督は牛尾さんの音楽について「最初聞いたときにプレッシャーを感じました」「牛尾さんには絵コンテをベースにしたラフカッティングをお渡しして、それに曲を付けてもらったんですが、上がってきたものを聴いてみたら、映像に合わせた盛り上がりなどもしっかりと作り込まれていたんです」と語っています。牛尾さんはこうしてプレッシャーがかかると思っていましたか?

牛尾:

いやいや、まさか(笑) 大きな流れとして「傘をなくして、見つけて、バス停でなでてあげて、踊り出す」というのがあり、その時間に合わせて曲も盛り上がりも作っていたので、もしプレッシャーに感じるとしたら「変えんなよ!」みたいなところだと思います(笑) それは大変申し訳ないなと。

石井:

最初から完成度が高かったのと、自分の中のイメージにも合っていて。「ここでどんどん音が集まってきて、見ている方は絶対うれしいですよね」という感じの上がりがあって、すごいです。

牛尾:

ほとんどラフからマスターになるまでの間に微調整しかしてないですね。

石井:

そうですね。わがまま言わせてもらいまして(笑)

牛尾:

笑顔で譲らないから(笑)

石井:

作品ができあがったとき「今回は音楽がな……」みたいなことを絶対に言えないような上がりだったんです。

牛尾:

音楽のせいにはできないような。それはうれしいです。

石井:

「音楽が完璧なんだから、それはきっちりとした完成度へ持っていきましょうよ」ってパンチでした。多分、最初のパンチは長砂賀洋さんのコンセプトアートで、その次に音楽でパンチを食らって……最後、フィニッシュまで持っていく中の、でかいステップの1つという感じでした。

牛尾:

コンセプトアートがすごく良かったんです。このオレンジ色のやつ。これは監督が?

石井:

コンテが上がる前に長砂さんと話をして、描いてもらったものです。

牛尾:

監督もこのコンセプトアートを基本に置いていたというのが、あまりぶれなかった理由かもしれないですね。

石井:

本編ラストのオレンジ色のイメージのところ、「これでこの作品は大丈夫です」といえるような絵でいただいたので、そこからずれなかったです。

Q:

アニメ全体ができてからの微調整というのはありましたか?

石井:

そこはほぼないです。

牛尾:

僕は今回の作品ですごく面白かったのが、最初にコンテ撮という監督の描いたコンテを撮ったものがあって、そのあとにプリビズみたいな、アニメーションの絵はまだできていないけれどCGの動きがあるという状態の映像があって、その状態の映像に音を当てることができたというところです。完成形を見やすかったし、新しい発見でした。

Q:

それは、シーケンスがわかるからですか?

牛尾:

棒人間がちゃんと完成形と同じ動きをしてる映像は、絵として音を合わせやすいです。例えば、ピアノの「ダーン」という音がジャンプに当たるところがありますが、タイミングがはかりやすいし、絵が見えているとコンビネーションがとりやすいんですよ。「あそこのあの場所はこうしたい」というのがわかりやすい。

G:

牛尾さんはsteinbergのサイトに掲載されているインタビューの中で、大学時代の話として「パソコン・オタクだったので、Pro Tools の操作が異常に速かったみたいなんですよね」と語っています。また「コンピューターは、Dell のワークステーション Precision です。ぼくはコンピューター・オタクなので、自作でもいいんですけど、Dell のワークステーションはサポートがすばらしいんですよ」「外での作業用コンピューターは Lenovo ThinkPad 」とも話していましたが、今はどういったPCを使っているんですか?

牛尾:

最近はあまりPCが壊れなくなりまして。昔は壊れまくっていたんですが(笑)……こういう話、していいんですか?

G:

大丈夫です。

牛尾:

僕、「Opteron」デュアルとか使ってて、こんな風にデュアルコアだなんとか言われる時代の前からマルチプロセッサで自作をずっとやっていて。半導体好きなんですよ(笑) 当時は大変だったんです。全然動かないし、すぐ落ちちゃうので……IRQ競合だとか、レイテンシを測るだとか、そういうことをずっとやっていたんですが、自作だと締め切り前日にPCが壊れるとかあると困っちゃうんですよ。ところが、DELLのワークステーションだと、保守契約を結ぶと24時間以内にパーツを持ってきて直してくれるんです。

G:

わかります……うちも修理してもらったことがあります。

牛尾:

「マザボごと引っぺがして新品にして返す」みたいなおじさんが来るので楽だったんですが、最近は何をしてもPCが壊れなくなったので、自作とまではいかないですけど、適当なBTOにして済ましちゃいますね。ここ3年ぐらいは、サイコムのBTOを使っています。X99で5820Kだったのを6950Xにして。DAWとかの音楽にはマルチコアはあまりよくないんですよ。

G:

おっ、そうなんですね。

牛尾:

あまりコア数が多くても仕方がないので、ハイパースレッジングを殺して早めのオーバークロックをしてます。

G:

そちらのほうが効果がある?

牛尾:

そうですね。たとえば今回、福原さんの声に対して、イコライザを使って、コンプレッサで音質調整と音量調整して、リバーブエコーをつけて、音場調整をするという過程があるんですが、「音質調整・音量調整・音場調整」は、時系列的に同時にはできないんです。

G:

ああー、順番にやらないといけない。

牛尾:

順番にやって、前の処理が終わらないと次の処理ができないんで、並列で処理することはできないんです。なので、Cubaseはまあ要って8コアくらいですね。

G:

それ以上は意味がなくなる?

牛尾

意味がなくて、CPUが遊んじゃうんです。声とバイオリンとオーボエがあって、ひとまとめにした後に全体の音質調整をする場合、まずはそれぞれの音ごとの調整を終えた後でなければ全体の調整のスレッドは動かせないので、あまり意味がないんです。

G:

そういった部分に詳しくなったのは、使っていくうちに自然とですか?

牛尾:

同時でしたね。「コンピューターオタクが音楽やってる」って感じです。

G:

同じインタビューの中のCubaseについて触れた部分で「Cubase という名前は、卓球さんが好きだったので高校時代から知っていたんですが、高くて買えなかったので、Cubase VST の解説書だけを買って読んでいたんですよ(笑)」という話が出てきます。なぜ本体を持っていないのに解説書を読もうと思ったのですか?

牛尾:

ミュージシャンになろうと決めていたので(笑)。

G:

もうCubase買うしかないと?

牛尾:

買うしかないと。小学校の時からそうでしたね。

G:

小学校!?

牛尾:

小学校4年生の時に、小室哲哉さんブームの時期だったので、浅倉大介さんとか小室哲哉さんを見て「俺もミュージシャンになろう」と決めて。MIDIの本を読んでるんだけど、PCは持ってない。

G:

いつも最初に本を読むんですね。

牛尾:

本を読みますね。だから石野卓球さんと仕事をするようになって、初日から使ったことのないソフトをすごく使えたんです。今までずっと読んでたから。

石井:

「知ってる……!」(笑)

牛尾:

「こいつ動くぞ!」って(笑) ほんと「知ってるわ〜」って感じでしたね。

G:

牛尾さんは「もともとアニメが大好きだった」ということで、ナタリーに掲載されたインタビューでは「アニメオタクとして、今まで一度も現場に携わったこともないようなヤツがしゃしゃり出てくるアニメなんて観たくもないですから(笑)」「地元のオタク友だちと、年に1回『ココロ図書館』の1話だけ観てみんなで泣く、っていうのをやっていて」という発言が出てきます。

牛尾:

今年も見ました(笑)

G:

(笑) さらに、「高校生の時は、G'sの傷のついていない西又葵さんの描かれた表紙を探して買っていました」という話も……。

牛尾:

PV数の多いサイトでそういう話はやめてほしい!(笑)

G:

そして、アニメイトタイムズのインタビューでは、特に好きな作品として「少女革命ウテナ」の名前が上がっていて、大学時代は「銀河英雄伝説」全話を毎年見直す行事が恒例だったとか、さらには、初めて泣いたのは「エルハザード」シリーズだったというエピソードもありますが……アニメを見始めたきっかけというのはなんだったんですか?

牛尾:

僕らの世代は「エヴァンゲリオン」があったので、アニメを見ることは……女の子の場合はわからないけれど、男の子の場合は「ちょっとかっこいい」というか「人と違うぞ」みたいな感じがありました。きっかけというところだと、僕が幼稚園の年長さんのときに「ああっ女神さまっ」の1巻が出たんですよ。それを読んだのがきっかけです。

G:

そうなんですね。

牛尾:

「この心のモヤモヤはなんだろう?」と思ってて、小学校4年生くらいに赤松健さんの「A・Iが止まらない!」という漫画を読んで。結果、幼稚園、小学校の時は「女の子が落ちてくる漫画」にずっとはまってて。小学校5、6年くらいに「なんか、アニメって根詰めて見ると面白いかも」と思いました。テレ東で夕方にやっていた「声・遊倶楽部」を見て、「ときめきメモリアル」があって、「渋谷でチュッ!」そして「エヴァンゲリオン」。

G:

すごい……

牛尾:

セルフ英才教育、という感じです。

G:

今もアニメは見ているんですか?

牛尾:

何年か前からアニメの仕事もやるようになって、ミュージシャンとしても活動するようになっていて……。変な言い方になりますけど、今、アニメって予算があってプロダクションが豪華なんです。プロのオーケストラとかも使って、本当に才能のある人たちによる作品がいっぱいできている。アニメの出来栄えのレベルがとても高いんで、見るとへこむようになっちゃって(笑)。「すごいな。こういうことはできないな」と。

G:

なんと……。

牛尾:

僕の中で、アニメと音楽ってあまりくっついていなくて、音楽は音楽で好きだったんです。これは僕がよくする音楽知識についてのたとえなんですが、アニメの音楽って、国会図書館みたいな蔵書量を誇る、何でもできる人たちがやるべきものだと。でも僕は人生で電子音楽しか聴いてなくて、高校生の時は「これ歌入ってるから聴かない!」とか「これギター入ってるから聴かない」という青春だったんです。アニメの音楽をやってる人たち、ドラマの音楽、映画の音楽やってる人たちが国会図書館だとすると、僕は神田のSF専門店みたいな品ぞろえしかないんですよ(笑)。

G:

(笑)

牛尾:

そのかわりに、みんなが「SF」とひとくくりにしているジャンルの中も細かくジャンル分けしてあるし、初版だってありますよという専門店なんです。だから、ちょっと今はつらくて、アニメを見られなくなっちゃったんです。声をかけていただくときも、「その変な蔵書が面白い」みたいなことなので、飽きられないといいなぁと思ってます。すごい作曲家の方がいっぱいいらっしゃるので、私は粛々と、古いSFを集めている、という感じです。

G:

なるほど……。続いては石井監督にお伺いしたいのですが、作品公式サイトのインタビュー Vol.3で「僕は大学で物理を専攻していたのですが、アニ研に入りそこで楽しさに気づいて、こっちの業界に来ました」と語っています。なぜ物理を専攻したのですか?

牛尾:

物理なんですか?

石井:

はい。もともと、高校の時から物理が好きで、宇宙とかの研究職がやりたいと考えていました。それで大学に行くときも親に「物理楽しい!」って言って大学に行かせてもらいました。そして4年生になって「ちょっとアニメいくわ」って(笑) 親も泣くわけですけども。すごかったですね。

G:

アニ研にいたとのことですが、一体アニ研で何が起きたんですか?

石井:

物理学科に入ったときは、研究職についたり、研究所とかで仕事できたらいいなって思っていたんです。一方で、アニメは小学生のころ見てて、一回見なくなって、中学後半くらいにまた戻ってきて。高校のころにアニメを見ていて「アニメは個人で作れるらしい」ということがわかりました。ちょうどレタスライトとかが出て、それがあれば作れるとわかったので、「アニメも作ってみたいな」という気持ちもありました。それで、大学のアニ研でレタスを使ってデジタルのアニメを作っていたので、面白いなと思って入りました。集団でアニメを作っているといっても20人で、今のアニメの作り方からするとまったくぐちゃぐちゃな作り方だったんですけれどね。

G:

ぐちゃぐちゃというと?

石井:

「こういう作品やりたい」という人が手を上げて、なんとなくコンテを描く、という。年に2回、関東のアニ研が集まるような上映会があるので、そこに持っていくためにみんなで夏冬に作るんです。だいたい50カットあると「多い」と言われて減らされます。今だったら、1シーンを半分ぐらいに割って、まとめてアニメーターさんに持っていって作業してもらうんですが、アニ研ではコンテを読んだ人が「ここを描きたい」と思ったらカットごとに取っていきます。つなぎとか関係ないんです(笑)

G:

(笑)

石井:

作監はいないし、演出もいないので、カットをもらったら作画して、色を塗って、背景を描いて、撮影までします。

G:

すごい作り方ですね

石井:

それを最終的に監督というかコンテを描いた人がチェックします。とはいえ、「これはこうしたい」とかあっても直せはしないんですが(笑)

G:

すごいですね(笑)

石井:

コンテ段階でストーリーとかセリフはあるので、一応、流れとしては見られるものができるんです。それで、集団制作って結構楽しいということがわかったのと、大学の先輩で動画マンとしてスタジオに入る人がいたので、その話を聞いたりしていました。サークルでやっていると、最初は作画が楽しいんですが、当時、アニメ雑誌で入江泰浩さんとかの特集が組まれていて、その原画を見たら「こういう風に描けないとアニメーターにはなれないんだ」と、作画マンにはなれないなと思いました。「あんなの絶対無理」と、いい感じにふるいにかけられたんです。「でも、関われるなら制作で入って演出という道もある」ということを知り、演出をやっていた先輩もいたので話を聞いてみて「やってみたいから、とりあえず行ってみる」で、こうなりました。

G:

なるほど。

石井:

アニメ制作と物理でつながりがあるとすれば「何かしら制御する」というところでしょうか。物理だったら数式でいろいろ予測できるところが、アニメではタイムシートでいろんなことの制御ができます。制御次第で「これが一番気持ちいい」というものを作れるのが、すごく面白いです。

G:

今回、監督は3Dは初挑戦で、3DCGならではの映像表現は面白かったと感想を述べられていますが、普通のアニメと比べたときに違和感はありませんでしたか?

石井:

なかったです。キャラクターの動きはすごく不思議な動きなのに、水の表現とかは理詰めで、シミュレーションでやってもらったりとかしました。あの妖精さんのポンチョもシミュレーションで。

G:

先ほど話に出てきた、看板に引っかけた透明のヤツですね。

石井:

見るのはすごく楽しかったです。それで、見せ方としてポンチョをもうちょっと大きめに振り回したいとなったら疑似的に重りをつけたり、窓ガラスについてる雨粒をもうちょっとぬるっと動かしたいという時は重力を変えたり。そういう、重力や水の粘性、空気抵抗のパラメーターを変えて、「実際に合わせるとこうなるけれど、もうちょっとこちらに寄せた方がこのカットには合うよね」と調整できたのが、すごくよかったです。

G:

「現実通り」ではなく、調整してあるんですね。自然そのままではないのではと思ったんですが。

石井:

すごく調整してます。たとえば水たまりにバシャーンと足が入るカット、途中からスローになっていて、タイムシートだったら原画の間をあけて点をいっぱい打っているところですが、途中で空気抵抗を変えています。

G:

途中で!?

石井:

あれはムービーをそこだけ引き延ばしているわけではなく、時間によって変えているんです。それを聞いたときには「すごい!」と思いました。

G:

いったいどう撮ってるんだろうと思ったら……

石井:

いろんな力を加えて水を変えています。でも、そういうことによって印象に残る見せ方ができるんだなと。

G:

本作ではカラースクリプトを作ったとのことです。どの作品でもカラースクリプトがあるというわけではないようですが、本作で作ることになったのはなぜだったのですか?

石井:

最初に長砂さんのコンセプトアートが上がってきて、普通のアニメであればそれを美術ボードとして、間を美術監督さんに描いてもらうんです。でも、コンテが上がってコンセプトアートがあって、という状態から美術さんに作業をお願いするまでにちょっと時間があり、色をつけてもらえるということだったのでお願いしました。ボード同士は単純な線形でつながっているわけではなく、ときには急に段差があったりするので、それを一回通してみられるようになったのはすごく良かったです。美術監督さんも先にイメ−ジがあると描きやすいし、シーンの切り替わりで色が違うところとかについても「こんな感じにしてください」ということをこの段階で言えたのはありがたかったです。

G:

監督からは雨の表現などについても「こういう感じがいいです」などの指示はありましたか?

石井:

そうですね……最初はシミュレーションで上げてもらって「こうやってます」と説明してもらうんですけれど、本当にそれだけでこういう絵面が作れているんだというのがすごく不思議でした。「このへんに滴が欲しいです」というと、すぐにその滴がついたものが上がってくるんです。やっぱり、作業されている方はすごいなと思います。いろんなアプローチの仕方があるんでしょうね、「こうすればここに雨粒がつく」とか、「こうすればうまくいく」とか。

G:

本作の完成品を初めて見たときの感触・感想はどうでしたか?

牛尾:

「コンセプトベースに作ることを完結できる」って、すごくハッピーなことだなと。

G:

ハッピー?

牛尾:

「予想通りにやる」ことができると掛け算が起きて、予想以上になるんです。それが確認できることがうれしいです。

G:

牛尾さんの中にいるという通称ミニ牛尾が見ても納得のものですか?

牛尾:

「やるやないの!」って言ってます(笑)

石井:

僕は現場にいるときに通して見ていて、納品するという段階では「ああ、もっといろいろやれた!」と思ったんですけど、試写の機会にスクリーンで見たら「ああ、良かったな、終わって」と、印象が変わりました。ちゃんと見てもらえるものになったのかもしれないなという気持ちが、試写の後ですごく湧いてきました。音楽に関しては、最初から完成形が上がってきてこちらがプレッシャーを感じるものでしたが(笑)、もし最初から牛尾さんの音楽がベースにあって、そこに合わせた映像を作ってくださいということだったら「これで良かったかな……」となるところだと思います。それが、自分のラフカッティングに合わせてもらったので、本当にみなさんにありがとうと言いたいものになりました。自分の責任のもとでこの作品ができあがりました、ありがとうございます、本当にすみませんでした、と。

牛尾:

できあがってすぐの「鉄が熱いうち」って、客観的に見られないんですよね。音楽でも、できあがって人の手を経由してマスタリング作業とかをするんですが、それが終わってから普段通りの自分の環境に戻ってくると急に客観的に見ることができるようになって「ちゃんとしてんじゃん」て思うんですよ。

石井:

YouTubeで公開されているのでいろんな人から感想をもらうんですが、「失敗したな」という部分は「だよね」と言えるようになりました。「音楽いいね」には「ですよね」って(笑)

牛尾:

恐縮です!

G:

本日はお話をありがとうございました。

ショートアニメーション『そばへ』Full Ver. - YouTube