スカンディナビア半島のスウェーデン西部には、1万年以上前のものと見られる古代スカンディナビア人の遺跡があります。そこでは骨・ミイラ化した組織・毛髪・などと共に、「歯形がついた樹脂」とみられる塊が発掘されていましたが、あまりにもろく壊れやすいため、今まで詳細に分析することができていませんでした。その古代のチューインガムから現代の技術によりヒトのDNAを抽出することに成功したほか、文化的交流の側面からも新たな発見があったとのことです。

Ancient DNA from mastics solidifies connection between material culture and genetics of mesolithic hunter-gatherers in Scandinavia | Communications Biology

https://www.nature.com/articles/s42003-019-0399-1

Archaeologists find DNA in a 10,000-year-old piece of chewing gum | Ars Technica

https://arstechnica.com/science/2019/05/archaeologists-find-dna-in-a-10000-year-old-piece-of-chewing-gum/

歯形がついた古代の樹脂からヒトのDNAを抽出することに成功したのは、スウェーデンにあるウプサラ大学で考古学を研究するナタリヤ・カシュバ氏らの研究グループです。カシュバ氏らは、1990年代にスウェーデン西部のHuseby Klevから発掘されながらも、もろすぎて調査することができず、慎重に保管されていた樹脂の塊に着目。樹脂についていたヒトの歯形からサンプルを採取し、3点の樹脂から女性2人と男性1人のDNAを抽出することに成功しました。

以下の画像は、実際に採取された樹脂と、樹脂の左右から型をとって採取された歯形の写真です。左側が上あご、右側が下あごの歯形で、歯の摩耗具合から10代前半の歯形だということが分かるとのこと。



この樹脂は、1万年以上前にスカンディナビア半島に生息していたカバノキ属の樹木の皮から採取されたもので、当時のスカンディナビア人はこれを「接着剤」として利用していました。歯でかんで柔らかくしてから、骨や石を組み合わせて道具を作ったり、割れた陶器を修復したりするのに使っていたわけです。



また、今回樹脂から採取されたDNAのゲノム情報と、樹脂と共に発掘された遺物を詳しく分析した結果、大きく分けて2つのグループが、かつてこの地域で出会っていたことが分かりました。1つは「Western hunter-gatherers(WHG、西部狩猟採集民族)」、もう1つが「Eastern hunter-gatherers(EHG、東部狩猟採集民族)」です。WHGとEHGが交流していたことはこれまでの研究により判明していたことですが、今回のゲノム解析によりそれが改めて確認されたことになります。

発見はこれだけではありません。樹脂と同時に発掘された石器には、「pressure blade technology」という手法が用いられていました。これは、木の棒や動物の骨などで石を圧迫して薄い切片を取り出し、刃物として加工するという技術です。

以下のムービーでは、古代と同じ条件ではありませんが、実際に石に体重をかけて鋭利な砕片を採取している様子を見ることができます。

Flint pressure blade manufacture - YouTube

この技術はロシア方面からスカンディナビア半島に移住したEHGがもたらした技術ですが、前述の樹脂から採取されたDNAはヨーロッパ西部からやってきたWHGの遺伝的影響が色濃いものでした。つまり、WHGとEHGがそれぞれヨーロッパの西と東から北上しスカンディナビア半島で出会った際、混血がほとんど進んでいない段階から盛んに文化的な交流を行っていたことが今回新たに分かったということです。

また、樹脂に残っていた歯形は乳歯のものだったことから、狩猟などに使う道具の作成は専ら子どもの役割だったことが分かります。さらに、ゲノム解析により男女両方のDNAが抽出されたことから、古代スカンディナビア人は、少なくとも道具作りでは男女の役割分担をしていなかったということも判明しました。

研究チームは今回の発見について、「ヒトの遺体や骨ではなく咀嚼(そしゃく)物からDNA情報を得られたという点において価値あるものです」と述べ、今後は唾液(だえき)などの痕跡からさまざまな発見がもたらされることが期待できるとの見方を示しました。