「Pokémon GO AR庭園」はいかにして実現したのだろうか(写真:HILLS LIFE DAILY)

クリエイティブディレクターの馬場鑑平氏が、クリエイターたちの創作の秘密に迫るこの連載。第6回は、Niantic, Inc.の川島優志氏と、Rhizomatiks Researchの真鍋大度氏に、2018年秋に六本木ヒルズで行なった「Pokémon GO AR庭園」を振り返ってもらった。
川島氏から真鍋氏へ声かけがあったのは、開催日のちょうど2カ月前。短期間でプロジェクトを煮詰め、今までにない表現へと昇華させて世の中に出す。そのプロセスは、アナログとデジタルが交差する独特のものだった。

「音」を軸に、ポケモンの世界観を体感する意味

馬場:お二人の出会いのきっかけから教えてください。

川島:僕らは1976年生まれの同い年なんですよね。76年生まれで集まる会をやったりしていて。


当記事は「HILLS LIFE DAILY」(運営:コンデナスト・ジャパン)の提供記事です

馬場:そうなんですね。実は僕も76年生まれです。今回は不思議なめぐり合わせですね。最初は仕事じゃないんですね。

川島:はい、仕事になったのはかなり後。

馬場:じゃあ、今回のプロジェクトは気心知れた仲でスタートしたというか。


川島優志(かわしま まさし)/1976年横浜生まれ。早稲田大学第一文学部中退後、2000年に渡米。2007年Googleにウェブマスターとして入社。2013年、当時社内スタートアップであったNiantic LabsにUX/Visual Designerとして参画し、『Ingress』のビジュアル及びUXデザインを担当。2015年Niantic, Inc.が設立され、アジア統括本部長就任。現在はエグゼクティブプロデューサーも兼任する。『Pokémon GO』では開発プロジェクトの立ち上げを担当(写真:HILLS LIFE DAILY)

川島:まあ、そうですね。今回の仕事が決まって、そのプログラムの中で音が重要な存在になると確信した時にはもう、真鍋さんとやろうと思ってました。

実施したのが2018年の10月12日なんですが、昨日スケジュールを遡ってみたら、最初に真鍋さんに声をかけたのが8月中旬。2カ月前くらいでしたね。

真鍋:僕が仕事でロサンゼルスにいる時に、サンフランシスコにいる川島さんから連絡があったんです。

川島:じゃあ、ロサンゼルスに会いに行きますよ!って、すぐに飛行機を予約したんですけど、その便が欠航になってしまって……。なので、真鍋さんが日本に戻ってからSkypeで概要を伝えて。「ぜひ、やりましょう」とお返事をもらって、動き始めたんです。


真鍋大度(まなべ だいと)/1976年東京生まれ。東京理科大学卒業後、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)を経て、2006年にRhizomatiksを共同設立。ARやドローンなど最新の技術を取り入れた実験的な作品で国際的に評価される。2015年よりRhizomatiksの中でもR&D的要素の強いプロジェクトを行うRhizomatiks Researchを石橋素氏と共同主宰。DJとしても活動する(写真:HILLS LIFE DAILY)

馬場:ここでちょっと、「Pokémon GO AR庭園」ってどんなイベントだったのか説明しておきたいんですけど。六本木ヒルズに毛利庭園という日本庭園があるんです。テレビ朝日の前の庭園と言うと、分かりやすいかもしれない。

川島:そうですね。なかなか広くて、池もあったりします。

馬場:その庭に10匹のポケモンが隠れているという設定で、ポケモンキャッチャーに似たオリジナルの集音器とイヤフォンが渡されて、庭園を歩きながら集音器を使ってポケモンたちの鳴き声を収集していくんです。この鳴き声を集めるという発想が、もともとのポケモンGOにはなくて面白いですよね。期間中に数千人が参加したそうで、親子で楽しむ人も多かったと聞いています。

「音」が重要だと考えた理由は?

馬場:それで、話が少し戻りますけど、このプロジェクトに「音」が重要だと思ったのには、どんな理由があるんですか?

川島:技術的な話になっちゃうんですけど。毛利庭園にポケモンを出現させるとして、じゃあどんな風に姿が見えるべきかと考えたんです。ただ現れるだけのARだと現実世界の“前面”にピカチュウが現れることになる。

例えば、ピカチュウは植木の前に現れるけど、植木の“裏側”に隠れたりはしない。でもそれだと、今回のプロジェクトはちょっと面白くないな、と思ったんです。簡単に見つけられますからね。

馬場:なるほど。

川島:ピカチュウが現実世界の後ろ側に回り込む技術を「オクルージョン」と呼んで、僕の所属しているNianticではそれを研究しているんです。最近だとイギリスのスタートアップで、コンピュータビジョンと機械学習を専門にする「Matrix Mill」を買収して、さらに研究を進めています。

「オクルージョン」を取り入れるためには、何が手前にあって、何が奥にあるのかという現実世界の深度を正確に測る必要があるのですが、最新のiPhoneに搭載されている複眼カメラはともかく、一般的なカメラでは深度は認識できない。それを、マシンラーニングによる技術で確立しようとしたのがMatrix Millなんです。


「INNOVATION TOKYO 2018」(2018年10月12日〜21日開催)のプログラムのひとつとして発表。『ARで変わる街の楽しみ方』をテーマに、六本木ヒルズとNianticが共催したイベントで、「Pokémon GO AR庭園」の他に、「Ingress」の世界観を体感できる「AR Roppongi × Ingress」など4つのプログラムが行われた(写真:HILLS LIFE DAILY)

川島:その技術を毛利庭園でも使いたかったんですけど、リアルタイムで使用するには、普通のスマートフォンだとまだ追いつけない。それで「オクルージョン」は諦めました。でも、何かしらポケモンを探し出す楽しさみたいなものは残せないかな、と。

それで「近寄ったらポケモンがそこにいると分かる」仕掛けをつくれないかと考え始めたんです。ポケモンがいる場所に人を近付けるためには、例えばそこから鳴き声がしたらどうだろう、と。そんな発想の流れで、今回は音が重要だと考えるようになりました。

数センチ単位で位置測定が可能な「Beacon」

馬場:概要はSkypeで伝えていたと思いますが、最初の顔合わせではどんな話がされたのでしょうか?


馬場鑑平(ばば かんぺい)/1976年大分県生まれ。株式会社バスキュール エクスペリエンスディレクター。広告、アトラクションイベント、教育、アートなど、さまざまな領域のインタラクティブコンテンツの企画・開発に携わる。「HILLS LIFE DAILY」のアートディレクターも務める(写真:HILLS LIFE DAILY)

川島:ポケモン社のみなさんとの最初のミーティングに、真鍋さんやライゾマの皆さんが来てくれたんです。真鍋さんたちはミーティング以前に、毛利庭園という会場について既にリサーチしてくれていた。

真鍋:今回のプロジェクトでは、体験者の顔の向きと、音のする方向の関係性を厳密に認識することが課題でした。

川島:そう。向かって左の植木の中にピカチュウがいるなら、最初は左の耳に装着したイヤフォンから音が聞こえてきて、その植木の方を向いたら、今度は正面から鳴き声が聞こえてきているように、イヤフォンから音がしないといけない。

真鍋:つまり、歩いている人の位置だけじゃなく、頭の向きも重要なんですよね。特に後ろにポケモンがいるときは、後ろから聞こえるようにしないといけない。でも、それを実現するためには一般的なGPSの位置認識システムの精度では足りないんです。

一般的なGPSが認識できるのは、5〜10m間隔のざっくりとした位置。今回はできれば1m以下の精度で位置を把握したかったので、RTK(リアルタイム・キネマティック)という高精度の位置測定システムを使おうかとも思いました。でも、毛利庭園は周囲にビルが多くて、衛星の情報が取れない場所もある。RTKが使えればプログラムとしては簡単でしたが、それができなかったので、Beacon(ビーコン)を使うことにしました。


Beacon はbluetooth信号を発信する発信機。実際に地面に接地し、位置情報を収集する。毛利庭園に設置するポイントのシミュレーション図(写真:HILLS LIFE DAILY)

真鍋:Beaconは数センチ単位で位置測定ができます。でも、とにかく細かく設置する必要があるんです。今回は100〜150個は使っていますし、設置コストもかかる。でも、正確性からこれを採用しました。

川島:真鍋さんやライゾマのリサーチチームは、日頃から音を活用した実験をいろいろとしている。仕事の有る無しにかかわらず。その中で、今回の毛利庭園という環境に適したものを選んでくれたんです。

馬場:じゃあ、人の位置情報を収集した後に、音がする場所の位置関係も構築していくような、そういったシステムの原型になるような実験もやっていたんですか?

真鍋:ライゾマのスタジオの中ではやっていましたね。スタジオで位置や姿勢を認識するのはモーションキャプチャを使えばとても簡単で、そういったことをやっていたので実際のロケーションに移った時にどんなハードルがあるかもイメージしやすかったです。

やはり固有の場所で実装するとなると、いろいろな制約が出てくるんです。例えば、毛利庭園は車の騒音も川のせせらぎも、両方のノイズがある環境。耳を澄ますと複雑で面白い音が聞こえてくる場です。


この日、サンフランシスコから日本に出張中だった川島氏。真鍋氏とは過去にも数多くのプロジェクトを共にしており、言葉の端々に信頼感が滲み出ていた(写真:HILLS LIFE DAILY)

川島:この「耳を澄ます」とか「周囲の音を聞く」っていうのも、このプロジェクトではとても重要な意味があるんですよ。

ARっていうと、二次元バーコードを写すとテーブルの上に何かが現われるとか、そういったことをイメージする人が多い。もちろんそれもARなんですが、今回僕らがやりたかったのは、現実に何かしらの感覚を重ねて、現実の感じ方を変えること。

毛利庭園って六本木ヒルズの中にあるんですが、「行ったことあったっけ?」と言う人も多い場所なんです。ただ通り過ぎちゃうんですよ、意識していないと。

馬場:確かに。わざわざ毛利庭園に行ったりしたことがないし、そういう意味合いではちょっと記憶が薄い場所かもしれない。

「耳を澄ます」ことの重要性

川島:現代人はグーグルマップで検索して、現在地と目的地だけを認識しているというケースが多い。間に通る場所は記憶にも残らない。まったく気にしていない。でも、NianticはARを通して、もっと自分の身の回りにあるものの価値を再発見してほしいと思って活動している。

そのために「Ingress」だったり「Pokémon GO」だったりがあって、例えばポケストップやポータルという場所を作ることで、普段行かない場所に寄り道してもらったり。毛利庭園で耳を澄ますと聞こえる音も、そういうことと同じで、せせらぎや虫の声が聴こえて、そこから季節も感じられるということに気づいてもらいたい。真鍋さんが、横断歩道を待っている時に目を閉じるのと一緒なんですよね。

馬場:え? なんですかそれ? 

川島:真鍋さん、横断歩道を待っている間に目を閉じて、車の行き来する音に耳を澄ませたりするそうなんですよ。

真鍋:耳の訓練といいますか……(苦笑)。音だけで、信号が赤から青に変わったのが分かるのでトレーニングがてらやっています。人と車の音だけで、青になったことをいち早く察知する練習というか……。半分、趣味ですけど。

耳を澄ます行為って、音楽の仕事をしていると、楽器のバランスを取ったり、エフェクトをかけたり、DJをしている時もやっていることですし、なんだかんだあるんです。でも、日常生活の中で耳を澄ます機会は、都会だとほとんどないですよね。

川島:でも、都会でも耳を澄ますといろいろな発見がある。最近は、街の音なんてノイズでしかなくって、ノイズキャンセリングヘッドホンで周囲の音は一切聴かないみたいな状況があるけど、それってスマートフォンだけを覗き込んで、世界を見ていないのと同じというか。

でも実はそうじゃないっていうのを真鍋さんの横断歩道の話を聞いて思って、これを毛利庭園でやったらどんなふうになるんだろう?っていうのが最初の動機でもあるんです。

川島:実は最初、ポケモンさんとミーティングした時に、ヘッドホンをどうしようか?という話になったんです。でも、周囲の音が聞こえないヘッドホンだと「VR」ですよねって真鍋さんが言ってくれて。

VRとARは世間では従兄弟のように思われているんですが、VRは現実を違った現実に置き換えるようなもの。何かを被って世の中を見ると、現実が置き換わっている。それに対してARは、現実にデジタル情報を重ねて、現実の魅力を引き出すことができるもの。音を使ったARの場合に、ヘッドホンで毛利庭園の音を聞こえなくしたらVRだっていうのは、まったくそのとおり。最初のミーティングの時から、さすが真鍋さんだなって思いながら聞いていました。

ミーティングでは手を動かす

川島:難航したのは、どうやって顔の向きを測定するかだったんですよね。


ヘッドホンにスマートフォンを装着したミーディングの様子。たった1時間の話し合いで、悩み続けてきたデバイス問題が次々と解決した(写真:HILLS LIFE DAILY)

馬場:Beaconで正確な位置情報は取れるようになったけれど、顔の向きはまた別問題だった、と?

川島:そう。それで、ライゾマチームに、2bit ISHIIくんというエンジニアがいて、その彼がプロトタイプを作ってくれたんです。ヘッドホンにセンサーをくっつけて、それで顔の向きや頭の向きを測ろうという感じのものを。

でも、例えばヘッドホンを首に掛けると頭の向きが不正確だし、ヘッドホンにセンサーをくっつけるという構造に限界がでてきた。そしたら真鍋さんがいきなり、「センサーじゃなくってスマホをそのまま使っちゃえばいいんじゃない?」と言って、ヘッドホンにテープでスマホをぐるぐる巻きにして、部屋の中をうろうろしだしたんですよ。

真鍋:はい、やりましたね(笑)。

川島:そしたら「これ、いけるじゃん」って。そこから「じゃあ、センサーを使わなくてもスマホだけでいけるね!」と突破口が見えて。このときは本当に短い時間のミーティングの中で真鍋さんがどんどん手を動かし始めて。しかも、アナログに。それで解決策を考える。そのプロセスに感動した。ちょっと、いや、すごく感銘を受けました。すげえなって。

馬場:いつもそうなんですか? 手を動かして考えるというのは。

真鍋:割とそうですね。ミーティングは、何かを論じるというより実験する場にもなります。

川島:スマホを、向きを測るためのセンサーとして使うことが決まったら、じゃあ、スマホはディスプレイにもなるよね、さらに音も出るよねって、次々答えが見えてきた。いっそのことヘッドホンじゃなくて集音器のようなものを使って、音のする方向へ集音器を向ければいいじゃないか、と。このミーティングでそこまで一気にたどり着いて。

馬場:すごいスピードですね。頭に付けたけど、頭よりは集音器をかざしたほうが正確に方向を定められますよね。


耳を塞がないので、周囲の音もキャッチできるイヤホン「ambie」。ベンチャーキャピタルのWiLとソニービデオ&サウンドプロダクツが立ち上げたスタートアップの第一弾プロダクト(写真は、このイベントでのコラボレーションがきっかけとなり、2018年11月に数量限定で発売されたモンスターボールカラーバージョン)

川島:そうなんですよ。それに、直感的に分かる。ヘッドホンから聞こえてくるのは、パラボラが向いてるほうの音なんだってことが、子どもでも理解できる。そうすると今度は、ヘッドホンにセンサーを付ける必要がないので動きが自由になる。

その結果、「ambie」というイヤーカフ式のイヤホンの選択肢が出てきた。このミーティングではヘッドホン選定まで行っているんですけど、ambieなら外の音も聞きながら、ARの音も聞くことができる。それが決め手になったんです。

馬場:この話し合いがいつ頃の話なんですか?

真鍋:9月20日でしたね。残り1カ月を切っていました。

馬場:すごいスケジュールですね……。

■制作の流れ
2018年
6月26日
 Niantic, Inc.と森ビルが「INNOVATION TOKYO 2018」を共催することが確定
8月
06日 Rhizomatiksによる毛利庭園のリサーチ
19日 LAにいた真鍋に川島が制作協力の打診
27日 最初のSkypeミーティング
29日 ポケモンとコラボレーションすることを打診
9月
06日 第1回ミーティング(顔合わせ)
20日 第2回ミーティング(ヘッドホン選定)
21日 集音器 試作スタート
26日 第3回ミーティング(実装面打ち合わせ)
10月12日 実施日

川島:このambieを使うことになったのは、実はバスキュールさんがきっかけなんですよ。バスキュールさんで、映画『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』のプロモーションとして〈渋谷フォールアウト〉っていうプロジェクトをやりましたよね。

馬場:ありましたね。ヘッドホンから聞こえる音を頼りに、渋谷に散らばった爆弾を解除するっていう体験型イベントでした(※2018年7月13日実施)。

ambieモンスターボールカラーの誕生

川島:そのイベントに僕、参加したんです。そのときに使われていたイヤーカフがambieだった。これはいいなって思ったんですよね。さらにその後、バスキュールの担当の方にポケモンのAR庭園にambieを使用したいと相談したら、「じゃあ、一緒に行きましょう」ってつないでくださって。

馬場:そんなことがあったんですか! 自社のことですが……知りませんでした。

川島:そうなんですよ。それでambieさんに、プロジェクトに無料でambieを貸し出していただけませんか?って直談判しに行ったんです。当たって砕けろ!って気持ちだったんですけど、「ぜひ!!!」と快諾いただけて。しかも、ambieの開発責任者の三原良太さんは、親子でPokémon GOのファンだったらしく、「ambieをポケモンカラーにしたほうがいいと思うので、僕が手作業で塗ります!」みたいなことも言ってくださって。

後日、「自分じゃ塗りきれなかったんで工場に発注しました!」ってメールも貰うんですけれど。その結果、ポケモンのアート推進室の皆さんもすごく喜んでくれて、最終的には後日、正式に商品「ambie sound eracuffs ポケモン モンスターボールカラー」として発売することになるという。

馬場:素晴らしい話ですね。

真鍋:そこまで決まってからは、ソフトとハードの実装チームのエンジニアとか、集音器をデザイン・製造するプロダクトデザインチームに分かれて、ひたすら制作を進めるという感じです。あと僕は、BGM的な音を付けたりする作業をしていました。

石原恒和/株式会社ポケモン・代表取締役社長からのコメント

「そもそものきっかけというか、私がやりたかったプランは、ポケモンをテーマとしたAR野外彫刻展でした。毛利庭園を舞台にポケモン彫刻が、クラシカルなキネティックアートからサイバネティック彫刻まで、様々なアート表現が試みられて、それがARで存在する。それをスマホやタブレットのカメラを通して見ると、あるいは望遠鏡のようなもので覗くと、とてもリアルにそこに実在している。とても小さなオブジェもあるので、みんなで探そう、みたいな展覧会のイメージでした。それを川島さんに相談していく過程で、もっと参加性の高いもので、ARに加えて位置情報で音を定位させる技術なども盛り込んで、と話がどんどん拡がって、今回の『Pokémon GO AR庭園』へと変わっていきました。これはこれで面白い試みとなったと思います。いつか『ポケモンをテーマとしたAR野外彫刻展』もやりたいとは思っていますが(笑)」

川島:BGMというのは僕からのリクエストなんです。真鍋さんが、ちょうどこのプロジェクトの前に、森美術館の「建築の日本展」に参加していたんですよね。

真鍋:はい。あれは齋藤(精一/ Rhizomatiks Architecture代表)の作品ですね。僕は打ち合わせにちょっと参加した程度ですが。

「建築の日本展」齋藤精一+ライゾマティクス・アーキテクチャー《パワー・オブ・スケール》メイキング動画

川島:これが素晴らしい展示で、自然の音とライゾマさんらしい電子音が重なり合って響いていて。だから、毛利庭園でも、自然の音、ポケモンの鳴き声、そしてライゾマっぽい音があると、もっとかっこいいんじゃないかと思ったんです。

ミーティングでそのことを伝えたら、真鍋さんは「ちょっと考えてみます」みたいな感じで。そうして仕上がってきたのが、東西南北を示す音。別に東西南北って意識すれば分かるんです。でも、意識しないと分からないし、普通は考えない。それを音に置き換えたってのが素晴らしくて。

「隠し味」としての音

真鍋:方角ごとに四つの音を考えました。作曲は、時間がインプットで、それに合わせて音を配置していく作業だと思いますが、位置情報や頭の向きで作曲ができるのではないか?と。 今回は公園だけでしたが、もう少し大きいスケールで街とか方角とか、その場所の特性をインプットにして音を生成するような。今回そのアイディアを試せて、いろんな人に体験してもらえたのはよかったですね。

川島:そういう音が作品に深みを与えていて、料理でいうと隠し味じゃないですけど、入っているか入っていないかで決定的に面白みが違う。あとはライゾマの原田克彦さんのお仕事にも感動しましたね。集音器のアイディアを考えてくれたときに、同じような形のものがどこかで安く売ってないかとも考えたんですけど、そう上手くは見つからなくて。

すると原田さんが「3Dプリンターで作っちゃいましょう!」って。それで、2、3日後には「できました!」って報告してくれて。そんな一手一手が本当にありがたくて。少しでも遅れていたら間に合わないギリギリのスケジュールだったんで。

馬場:そうですよね。1カ月切ってましたものね、すでにさっきの段階で。

川島:今回は本当にタイミングが良かった。ちょうどその時期にライゾマさんが空いてるっていうのも奇跡的なことだったんですよ。

真鍋:スケジュールを詰め過ぎると、面白い案件がやって来たときに断らないといけなくなるので、意識的に空けて研究開発の時間を取っています。1カ月の半分ぐらい研究開発や自主制作のためにスケジュールを空けていることも、ライゾマのリサーチチームは結構あったりする。

馬場:ライゾマがどういう組織形態なのか正確に分かっていないところがあるんですが、確か同じくらいの時期に新宿御苑でもプロジェクトをやられてましたよね?

真鍋:『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩』ですね。あれは僕らとは別のアーキテクチャーチームの仕事なんです。ライゾマの中には「Research」「Architecture」「Design」という3つのチームがあって、僕はリサーチチームです。

川島:ちょうど「Pokémon GO AR庭園」の直後にファションブランドのANREALAGEのショーもありましたよね。音楽はサカナクションで、演出がライゾマで。

真鍋:ありましたね。10月19日の開催だったから、ポケモンのイベントの1週間後。でも、やる内容が決まったのが1週間前だったので、そこから準備しました。

馬場:え、1週間で何ができるんですか……!?

川島:そうとは思えない仕上がりでしたけどね。

既存の土台を調整し、システムを構築

真鍋:ゼロから作るというよりも、今、研究している技術をカスタマイズするというか。1週間で開発してるわけではないんですよ。リサーチで研究してきたことを、そのブランドに合わせて最終調整するというか。研究開発でネタを常にためているからできることですね。

馬場:それで言うと、少し話を遡って聞きたいことがあるんですが、さっき真鍋さんがミーティングの時にヘッドホンにスマートフォンをくっつけていたじゃないですか。あのスマートフォンの中では何を起動させているんですか? 何かこのためのプログラムをその場でパッと書いているんですか? それとも何か既存のシステムを使っているとか?

真鍋:取りあえずOSC(シンセサイザーやコンピュータなどの機器において、音楽演奏データをネットワーク経由でリアルタイムに共有するための通信手順)でジャイロ(物体の角度などを検出する計測器)などの値を送れるソフトをその場で買ったって感じですね。それでOSCでMacに送って……。

馬場:じゃあ、Mac経由で作業して。

真鍋:そうですね。そのときはMacで作業して、それをまたiPhoneに送って。iPhoneにOSCを送ると、その音を定位させられるし、どこの位置から音が出るかをコントロールできるんです。そういったテスト用のソフトはもう作っていたので。

馬場:すでに事前に作ってたんですか! なるほど、そういう資産があるんですね。

真鍋:はい、なので元々あるものにジャイロの値を組み込んだ感じ。もちろん、1、2時間あればすべての工程を含めたソフトも作れるんでしょうけど、その時はすぐ試したかったので、100円のアプリをとりあえずインストールしました。

真鍋:やはり、ひとつのソフトで全部の機能を持たせると大変なので、プロトタイプを開発する際は、例えばパソコンでいじりやすいところはパソコンでいじって、iPhoneでしかできないものはiPhoneでするみたいに、開発のときはあえて環境を分けてますね。

馬場:なるほど。ないものは100円のアプリを買うというように、パッと思考を切り替えられるのもすごいし、その信号を受けられるシステムを常日頃から開発したり整備していることもすごい。そういった研究資産があるからこそ、外部システムをポンっと接続させて、まったく新しい体験がすぐに試せるんですね。

真鍋:ひとつのアプリに落とし込むのは結構、面倒くさい作業なんですよね。でも、設計さえできてしまえば、割とどのエンジニアでもできる。それよりも、最初のトライ&エラーが大事で、とにかくいろんなことを試せたほうがいい。ライゾマはその環境が揃っているんです。

モーションキャプチャーも設置しているので、うまくいかなかったらモーキャプでも試そうと考えていましたし、最初は現場にカメラを大量に設置するというプランもあったんです。超音波で位置情報を取得する方法も試してみた。

毛利庭園は電源を取れる箇所が少なくて、なおかつ、雨天でも対応できなきゃいけないですし、状況と自分たちの技術の引き出しを瞬時に把握して、ベストかつ、短納期でやれることを考えていく。訓練というか、経験値みたいなところもあるとは思うんですけど。

馬場:僕、昔は自分でプログラムを書いていたこともあったんですけど、今はもうやらなくなっちゃったんですよね。

真鍋:そうなんですか?

馬場:だから、頭にアイディアが思い浮かんだとしても、パッとはできないんですよね。誰かにお願いしないといけない。でもそれだと、もうその人のインスピレーション次第になってしまうので、お願いしておいて比べるのもあれですけど、自分で試行錯誤するときに比べてスピード感が3分の1ぐらいに落ちてしまう感覚があります。

結局、その初速の違いが最終アウトプットに決定的に響いてくる。今日一番、驚いたことはこの「スピード感」ですね。発想から試作までが早い。だからこそ、これだけの規模とクオリティと、そしてたくさんのプロジェクトができるんだな、と。

さまざまな人の手を借り、完成したAR庭園

川島:UIに関しては、Nianticのサンフランシスコオフィスから3Dアーティストの上田真子が参加してくれたり、AR庭園の名前はポケモン社の田中雅美さんが、ロゴは『Pokémon GO』のUXデザインをしている石塚尚之が、ヒーローグラフィックの原案はポケモン社の藤本明恵さんが作ってくれています。みんな本来の仕事が別にある中、手を動かしてくれました。

今回、ポケモンのAR庭園の横で、VRのヘッドセットを被って、ポケモンのジムに上がっていくという展示もやったんです。東京大学廣瀬・谷川・鳴海研究室と長尾涼平氏が作った「無限階段」を応用して共同開発しましたが、デザインや実装の部分は僕がやってるんですよ。会期中も現場で、VRゴーグルをつないでバクの修正とかしてました。

馬場:え! 川島さんも自分で……絶対にお忙しいはずなのに。

川島:やらないと寂しいんですよ。自分で手を動かせるところをどうにか探してはやってるみたいな感じです。あと今回、ライゾマチームと一緒にやってすごく勉強になったのは、真鍋さんがスタッフの意見を聞きながら大きな部分のディレクションをしっかり握っているところ。僕と真鍋さんが最初に仕事でコラボレーションしたのは、Ingressが文化庁メディア芸術祭でグランプリを取ったプロジェクトなんですが、その時の展示のことを思い出しましたね。

馬場:それがお二人の馴れ初めなんですね。

川島:それ以前からの知り合いですが、展示プロジェクトのコラボレーションとしては、それが初めてですね。その時から思っていたことなんですけど、真鍋さんが自らスタッフに背中を見せていくというか。その姿を見て、スタッフも一丸となって進んでいくという空気がすごくよくて。

その時は、国立新美術館の3カ所にポータルを作って、そのポータルのリアルタイムの状況を壁三面に投影していくというものだったんです。3つのポータルの状況で展示が変化していく、ユーザーが『Ingress』を通してインタラクションできる展示でした。

『Ingress』のデータを利用できるAPIを芸術祭の展示で使ったのはこのときが初めてで、うまく動かない部分が出たり、23時くらいまで真鍋さんがやっているんですけれど、真鍋さん自身も個人の作品が受賞されていてその展示もあるのに、大変そうな空気を微塵も出さずにずっと自分で手を動かしながらやられていて。

真鍋:手を動かしているのが結局、いちばん楽しい時間なんですよね。よし、きた!みたいな。これでも昔と比べれば、やはり自分でやる時間ははるかに減っていますけれどもね。

川島:僕らはその部分が似ているのかもしれないですね。

真鍋:チームの上に立つようになると、未来の話ばっかりになって、現在のプロジェクトに関われなくなることはあると思います。実際に動いているプロジェクトはエンジニアがやってる、というような。それはそれで寂しいですよね。なので、老害と言われない程度に現場にも関わっていきたいです。

五感へのアプローチでARは次のステージへ

馬場:今回何よりもすごいと思ったのは、視覚ではなく聴覚をハックして、気配みたいなものでポケモンを現実世界にあらしめていること。これまでのARとはレベルがまったく違っていた。

川島:目だけじゃなくて、そのほかの五感も使えば、現実をもっと面白くしていけるんじゃないかと思っているんですよね。

馬場:真鍋さんの仕事だと、少し前にYCAM(山口情報芸術センター)で発表されたダンスパフォーマンス「border」を体験したんです。椅子に座って自分の意思では動けない状態にさせられて、感覚器官をすべて奪われて代替させられるんだけれど、その五感へのアプローチの仕方が、Nianticが五感をゲームの1要素にしていく考え方と引かれ合う部分があったのかな、と。

川島:人間って、耳を澄ましたり、遠くを見たり、歩き回ったりするために体がデザインされていると思うんです。でも今の世の中は、そういった行為を一切しなくてもいい未来をつくろうとしている。もし、狩りをしている時代なら、どこから動物の鳴き声がするのか、どこに気配があるのか、耳を澄まさないと分からないわけで。そういう体験を体はしたがっていて、だけれどなかなかそういう機会がないんじゃないかな、と。


演出振付家MIKIKO率いるダンスカンパニーelevenplayとのコラボレーション。 Rhizomatiks Research × ELEVENPLAY “border” (2015)(写真:Muryo Homma"Rhizomatiks Research")

真鍋:昔、『風のリグレット』のような、映像がない音だけのゲームソフトがありましたけど、人は映像がなくても、音だけで十分楽しめると思うんですよね。これからのアートのジャンルとして「diminished art」や「diminished reality(隠消現実感)」って絶対に出てくるのではないかと。

現実世界から何かを消すといった表現が、ARやVRの後に生まれてきているんです。「diminished reality」はある意味、今の人たちはもう体験していること。耳も澄ましてなければ、見るものも見てない。個人個人でそれぞれリアリティーが限定されていますよね。

馬場:毛利庭園が自分の現実にないみたいなことですね。

川島:両極端ですよね。VRのように現実とは違う世界をつくったり、最新のデバイスで現実世界をシャットダウンしたり。

イベントを振り返って

馬場:「diminished」って「減じる」という意味ですよね。でも逆にその結果「不在を自覚する」ってことでもあると思う。こうやって話していくと、人の感覚ってやっぱり面白いなと思いますね。

川島:なので、Pokémon GOやIngressは、そういう様々な人間の感覚を呼び覚ますものであったらいいなと思うんです。今回、毛利庭園で「耳を澄ます」という、忘れかけていた感覚を思い出せたように。

馬場:そうですね。Nianticの作るものって、単なるゲームというよりは、現実世界にエンターテイメントのレイヤーを重ねることで、人の生活がちょっと豊かになるみたいなことだと思うんですけど、そこに「感覚器官」へのダイレクトなアプローチのようなものが追加されると、さらにどう豊かになるのか。

今回の「Pokémon GO AR庭園」はこれからのARの可能性を示唆するものだったと思うし、真鍋さんの五感へのアプローチの話も刺激的だった。ただ、それより何より、自分の手を自分で動かすことの大事さですよね。プロジェクトをたくさんリードされている多忙なお二人がそれを実践されていることに、本当に恐れ入りました。

(Photo by Koichi Tanoue
Edit & Text by Yuka Uchida)

■STAFF
Rhizomatiks:真鍋大度、石橋素、小幡倫世、石井通人(2bit)、原田克彦、望月俊孝
Niantic Inc.:川島優志、上田真子、石塚尚之、廣井隆太、斎藤香、成沢千明、山崎富美、須賀健人
株式会社ポケモン:田中雅美、江上周作、小川慧、新藤貴行、福嶋ゆかり、諸月紗保子、藤本明恵、郄草真生
森ビル株式会社:福田恭平、豊間友佳子
テクニカルディレクター:金築浩史
運営:株式会社スプリングフィールド
展示デザイン:東京スタデオ


(画像:©2018 Niantic, Inc. ©2018 Pokémon. ©1995-2018 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.)

Pokémon GO AR庭園
森ビルとNianticが共催したイベント「INNOVATION TOKYO 2018」(2018年10月12日〜21日開催)のプログラムのひとつとして発表されたARプロジェクト。六本木ヒルズの毛利庭園に隠れたポケモンたちを、オリジナルの集音器型のデバイスを使って探し出し、その鳴き声を収集する。開放型でAR体験に適したイヤホン「ambie」を用いて、ポケモンの気配や鳴き声だけでなく、周囲の環境音に耳を傾ける面白さも体験できる。鳴き声を集めたポケモンは、毛利庭園の芝生のエリアで遊ばせることができ、NianticのARプラットフォーム「ARDK」も活用された。

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