スムーズに曲がれる、進化する鉄道の台車
東京メトロ丸ノ内線の新型車両2000系にも自己操舵台車が装着されている(筆者撮影)
2019年2月運行開始予定の東京メトロ丸ノ内線の新型車両2000系。その特徴のひとつに、自己操舵台車がある。東京メトロとしては銀座線1000系、日比谷線13000系に続く3例目となり、日比谷線に乗り入れる東武70000系も自己操舵台車を装着している。自己操舵台車とはカーブ区間で輪軸をステアリングさせる台車のことだ。
鉄道模型の曲線レールと台車による例。赤い線が輪軸の方向で、青い線がラジアル方向を示す。この2本の線の角度差がアタック角となる(筆者撮影)
通常の台車の輪軸はレール方向とは直角の向き、すなわち枕木方向と平行に固定配置されている。しかしカーブ区間では枕木方向がカーブ半径の中心点から放射状(ラジアル方向)に開くのに対して輪軸はそのままなので、アタック角という角度差が発生する。
このアタック角によって台車の前軸はカーブの外側へ向けて横クリープ(粘着)力を発生させる。一方後軸にはレールの接線方向の縦クリープ力が作用し、この結果前軸車輪からカーブ外側のレールに対して強い横圧が発生する。横圧は車輪やレールを傷める原因となるほか、高周波音(きしみ音)などの騒音源となる。また、一定の横圧を超えると乗り越し脱線の原因にもなりかねない。
そこで輪軸をラジアル方向に転舵させて、カーブ内側の車輪の軸距(前車軸と後車軸の間の距離)よりもカーブ外側の車輪の軸距を拡げることで横圧の低減を図ったのが自己操舵台車である。自己操舵台車は東京メトロ、東武鉄道以外にもJR北海道、JR東海、小田急電鉄などで採用されおり、各社でそれぞれ構造が異なる。
東京メトロの採用例
東京メトロで最初に自己操舵台車を装着した銀座線1000系(筆者撮影)
丸ノ内線2000系の台車。向かって右側が操舵軸で、軸箱と台車枠の間にあるリンクの形状が複雑になっている(筆者撮影)
操舵リンクは写真左に見えるボルスタと連結されていて、カーブ区間ではボルスタと台車枠のボギー角に連動して自己操舵する(筆者撮影)
東京メトロの自己操舵台車は車体中央寄りの1軸が操舵軸で、車端部寄りの1軸は非操舵軸となる。このため、車体に対して輪軸は進行方向前方台車の非操舵軸(第1軸)、操舵軸(第2軸)、後方台車の操舵軸(第3軸)、非操舵軸(第4軸)の順番で並ぶ。
前方台車では第2軸を操舵して縦クリープ力を低減させることで、第1軸の横圧を低減させた。後方台車では第3軸を操舵することでアタック角と横圧を減少させた。
台車はダイレクトマウント方式のボルスタ台車(台車枠と車体の間に枕はりを配置した台車)をベースとして、リンク式操舵装置を搭載。ボルスタと台車枠、軸箱(輪軸を支持する装置)をリンク機構で連結した構造となっている。
カーブ区間ではカーブに合わせて首を振る台車と車体に固定されたボルスタの間にボギー角が発生する。このボギー角の大きさに比例してリンク機構が動作し、輪軸を操舵する仕組みだ。
この操舵機構はパッシブ式と呼ばれる信頼性の高い方式を導入し、また1軸のみの操舵としたため、操舵装置の小型軽量化が図られた。
東京メトロ02系で自己操舵台車を試験した際のデータでは第1軸の横圧は約32%低減したほか、第2軸リンク荷重および第3軸のアタック角の大幅な減少が確認された。また、銀座線1000系でカーブ区間左右方向の振動加速度測定を行ったところ左右振動加速度が大幅に低減しており、レールへの負荷低減も確認できた。
また、半径172m、カント111mm、スラック量13mmのカーブ区間の床下騒音レベル評価では1kHz以下の低周波数領域および4〜7kHzの高周波数領域の騒音の大幅な低減が確認された。
JR北海道の採用例
キハ283系「スーパーおおぞら」は制御付自然振子装置と自己操舵台車を搭載している(筆者撮影)
キハ283系の台車。台車中央部の操舵てこから写真左右に操舵リンクが伸びて軸箱を連結している。操舵はりはこの位置からは見えない(筆者撮影)
JR北海道では石勝線・根室本線向けに導入された振子式気動車キハ283系に自己操舵台車を採用している。
操舵機構は東京メトロと同じくボギー角に連動したリンク式だが、キハ283系は2軸とも操舵させる方式であることと、振子台車がベースとなるため、その構造は東京メトロの自己操舵機構とは異なる。
操舵機構は操舵はり、操舵てこ、操舵リンクで構成。操舵はり左右には操舵てこが連結され、操舵てこの前後に連結された操舵リンクがそれぞれ軸箱と連結された構造となっている。
操舵はりは、台車枠の心皿上に搭載された横はりの上に載っており、さらにその上には振子はり(ボルスタの役割も持つ)が搭載されている。これらはカーブ区間で車体と同じ動きを取るため、首を振る台車枠に対してボギー角が発生。この結果操舵機構が動作してカーブ内側の軸距を縮め、外側の軸距を拡げることで前後輪軸を均等にラジアル方向に開いて横圧を低減させる。
操舵量は半径500mのカーブで約2mm、半径100mでも約10mmと非常に小さい。しかしこれだけでも横圧の低減効果は高いという。
ボギー角に連動したパッシブ機構なので、信頼性が高いという点は東京メトロと同様。しかし前後輪軸を均等に動作させるため、操舵装置の構造は大きく重くなるのが弱点だといえる。
JR東海の採用例
383系「しなの」は中央西線の特急で名古屋―長野間を結んでいる。ちなみに「しなの」は振子車のパイオニア(筆者撮影)
JR東海では「しなの」用の383系に自己操舵台車を採用した。
この台車は東京メトロやJR北海道のように輪軸を操舵せずに、軸ばねの特性を利用して横圧の低減を図ったのが特徴で、東京大学の須田義大教授が提案した前後非対称操舵台車と呼ばれる方式となっている。
383系の台車の外観は一般の台車と変わらない。写真の台車は右側の軸ばねが柔支持となっている(筆者撮影)
これは車端部寄りの第1・4軸の軸ばねを柔支持として輪軸の拘束力を弱め、カーブ区間に入った際に外側のレールから受ける力を受け流すように操舵させるものだ。
一方車体中央寄りの第2・3軸は従来通り軸ばねを剛支持として直進走行安定性を重視した。
当初383系先行車では進行方向に対して常に前方の軸ばねを柔支持として、方向転換の際に支持硬さを切り換える柔剛切換式を採用していた。これは従来のボルスタ台車では第1・3軸の横圧が高くなる傾向があったからである。
しかし、試験の結果ボルスタレス台車では第1・4軸の横圧が高くなる傾向にあることが判明。その結果柔剛固定式に変更された。なお、383系の横圧は30%以上の低減が確認された。これは時速25kmのスピードアップ分に相当する軌道保守量の抑制効果があるという。
メリットは通常の台車と構造が全く変わらないことで、コスト面でも非常に有利だと言える。
小田急電鉄の採用例
小田急VSEでは連接台車に自己操舵機構を搭載している(筆者撮影)
写真手前の空気ばね支持柱の後ろに見えるのが自己操舵用のダンパ(筆者撮影)
小田急は50000形VSE車に自己操舵台車を採用した。この台車は輪軸を操舵するものではなく、台車ごと操舵する方式を採用しているのが特徴である。
VSEの自己操舵装置は車体間に装着する連接台車に搭載されている。VSEの連接台車の中心ピンの左右にはダンパを取り付けるポイントがあり、それぞれ前後の車端部と連結している。ダンパを上から見ると中心ピンを挟むように点対称となっている。
VSEがカーブに進入すると、車体の動きに対応してカーブ内側のダンパの反力が台車枠に作用。これによって台車をカーブの内側に転向させるモーメントが発生し、前軸の横圧を低減させる。
この操舵機構も東京メトロ、東武、JR北海道、JR東海同様パッシブ式なので信頼性は高い。
自己操舵台車の今後はどうなる?
このように国内で採用されている自己操舵台車は、いずれもパッシブ方式である。では能動的に操舵を行うアクティブ方式の強制操舵台車の可能性はあるのだろうか。実は国鉄時代にアクティブ操舵台車の研究が行われた。
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国鉄DT953形台車は台車制御用油圧シリンダと輪軸制御用油圧シリンダを搭載しており、カーブの地点を検知するとシリンダを駆動させて台車の転向および輪軸の操舵を行う。なお、カーブの地点検知は制御付自然振子と同じシステムを使用する。
DT953形は381系の制御付自然振子試験用編成に装着して試験を実施した。しかし制御の信頼性が不十分だったため本線走行はしていない。
なおDT953には強制操舵や半強制操舵、自己操舵など8種類の操舵方式を組み込んで比較試験を行っており、このうち、車体や台車のロール角に連動した半強制操舵方式については本線走行試験を実施したものの実用化されていない。
キハ283系で説明したとおり、自己操舵台車の軸距変動量は非常に小さいため、アクティブ制御は非常に繊細なものとしなければならず、実用化は容易ではないと言われている。
カーブ区間を安全に走る技術だけでもこれだけの事例がある。鉄道の安全運行のためのたゆまぬ努力は今後も続く。