金正恩氏

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朝日新聞は5月30日付朝刊に、「正恩氏の涙、異例の映像が示すもの 核廃棄へ転換の裏で」と題した記事を掲載した。北朝鮮で4月、金正恩党委員長が涙を流すシーンの収められた記録映画が、朝鮮労働党の地方組織や国営企業といった、末端の機関に属する党幹部向けに上映されたとする内容だ。

海辺で、男性(金正恩氏)が水平線を遠く望んで立っている。 ほおを涙がつたう。 そこに、こんな趣旨のナレーションが流れる。 ――強盛国家を実現するため努力してきたのに、改革がうまくいかないもどかしさから、涙を流しておられる――

記事は、脱北者の証言に基づき映像の内容をこのように描写。そのうえで「3代独裁が続く北朝鮮で、最高指導者は神に近い存在。涙を流す姿を見せることは異例だ」と解説している。

事実なら、実に興味深い話ではある。ただ一点、指摘して置くべきことがある。金正恩氏は2015年12月、交通事故で死亡した金養建(キム・ヤンゴン)朝鮮労働党書記の遺体と対面した際、自分の「泣き顔」を広く公開しており、彼の「涙」は必ずしも「異例」とは言えないのである。

(参考記事:【写真】側近を亡くし、悲しみを隠さない金正恩氏

ちなみに金養建氏は、韓国との交渉経験も豊富な北朝鮮外交のキーパーソンのひとりだったが、その死因については「謀殺説」も取り沙汰された。しかし筆者は、本当に事故死だった可能性が高いと考えている。北朝鮮では、金正恩氏自身も「走り屋」と知られている通り、高位幹部がクルマでガンガン飛ばし、事故を起こす例が珍しくないとされるためだ。

本題に戻ろう。たしかに朝日が指摘するとおり、金日成主席にせよ金正日総書記にせよ、北朝鮮の最高指導者は国民に弱気な表情を決して見せなかった。しかし彼らと比べ、金正恩氏のスタイルは独特である。上記のように自分の「泣き顔」を公開したこともあれば、2017年1月1日には、自らの肉声で発表した「新年の辞」の中で、自分の「能力不足」を詫びたこともある。

また、2014年5月に首都・平壌で、約500人が犠牲になったとされるマンション崩壊事故が起きたとき。金正恩氏は、犠牲者の遺族を集めた場で建設工事の責任者である当局幹部に頭を下げさせ、その写真を労働新聞に掲載させた。

北朝鮮の権力が庶民に謝罪するとは、これこそまさに異例の出来事だった。

金正恩氏は恐らく、自分なりに「民を思う慈愛深き指導者」を演出しているのだろう。しかし本人には残念なことだが、北朝鮮国内からは、国民が金正恩氏をそのように評価しているという話はまったく聞こえてこない。

それもそうだろう。視察したスッポン養殖工場の管理不備に激怒して支配人を銃殺し、その際の動画をテレビで公開するような指導者がちょっと涙を流したぐらいであっさりごまかされるほど、北朝鮮国民もお人よしではないのだ。