「働かざる者食うべからず」から大転換が起きるのか?(写真:xijian/iStock)

AI(人工知能)が爆発的発展を遂げる10〜20年後、日本でも49%の人が職を奪われるという研究報告がある。生産活動をAIが担う未来は、人間にとってユートピアなのか、それともディストピアなのか。そんな時代に著者が強く訴えるのがBI(ベーシック・インカム)の導入だ。『AIとBIはいかに人間を変えるのか』を書いた経営コンサルタントの波頭亮氏に詳しく聞いた。

餓死者や凍死者が毎年出ている日本

――BIとはどんなものですか?

最低限の生活を営むに足る額の現金を、国民全員に無条件・無期限で給付する制度です。生活保護や国民年金と同水準の1人当たり8万円と設定すると、夫婦に子ども2人の家庭では32万円の給付になる。もちろん使途は自由です。

長所は国民であることのみが条件というシンプルさ。そして官僚や行政の差配が利かないこと。

昨日ツイッターでこんな記事を見ました。生活困窮者が民生委員と生活保護申請に行ったら、「財布に今いくらあるの?」と聞かれ、「全財産3200円です」と答えた。すると、「それだけあれば1週間生きられる。出直してこい」と追い返されたという。

生活保護で不正給付なんて日本はたった0.39%。「微妙な場合は給付せず」で、受給資格者1000万人に対し200万人にしか給付していない。8割がふるい落とされているんです。国家としてこれだけ豊かなのに、餓死者や凍死者が毎年出ているってクレイジーですよね。

――財源的には可能なのですか?

計算上、十分賄えます。不要になる国民年金・基礎年金、生活保護の生活扶助費、雇用保険の失業保険費や、“強者の年金”といわれる厚生年金の分を充当する。現在42%の国民負担率を欧州諸国並みの60%へ引き上げ、消費税率は8%から15%にする。

富裕層の富の再分配

本丸は富裕層の富の再分配です。これまで日本の財政改革は消費税率を上げる一方で、法人税減税と富裕層に対する累進課税の緩和をしてきた。強者ばかり優遇し弱者からカネを吸い上げ、あるべき公的機能の逆ばかりをやってきた。世界で日本だけが20年間ゼロ成長である最大の理由がそこにあります。BIで富裕層から貧困層へ富の再分配をすれば、格差が解消され景気もよくなるし、いろんな問題が一気に解決する。そのためにも法人税増税や累進課税の強化、特に金融資産課税が必要です。

──働かない人のフリーライダー(タダ乗り)問題は起きない?


波頭亮(はとう りょう)/1957年生まれ。東京大学経済学部を1980年に卒業、フリーター生活をしながら同大のゼミで経営戦略論を学ぶ。1983年マッキンゼー&カンパニー入社、マレーシアや中国の国家政策作りに携わる。1988年に独立、経営コンサルティング会社XEEDを設立(撮影:今井康一)

これまでいくつかの国や地域で行われたBIの導入実験で、その問題は顕在化しませんでした。ケニアの実験例ではBIが漁網の購入や学費に充てられた。ホームレスを対象としたロンドンの例では、半数の人が家屋に住めるようになり、他にも社会に関与するための職業訓練など投資に回された。

何かしたくても、貧しさから機会が与えられないこと自体が貧困問題の根本的理由。少数のフリーライダーの何十倍、何百倍の人が餓死せず、人としてまっとうに生きる権利を得られるなら、よくなる総量のほうが圧倒的に大きい。GDPがこれだけあるのなら、生きていくための保障くらい弱者にしようよ、というのが私の理念的ポジションです。

──実質的に負担増となる富裕層や企業の反発必至では?

BIには一方で、企業や産業界を活性化するメリットもある。典型的なのが北欧です。60〜70%の高負担で企業も富裕層も高率の税金を課され、消費税率も20%と重い。人口増のボーナスもない。それでも成長しているのは、BI導入以前の段階で再分配が利いているから。

繊維会社がIT企業になろうとしたら従来社員の大半が不要になる。BIが保障すれば解雇規制は大幅に緩和でき、企業は合理的で柔軟な経営戦略を取れる。そもそも労働者の生活保障を企業に負わせること自体、資本主義経済として合理的ではない。企業は法人税を厚く負担して生活保障は国家に移管する。現在企業が抱え込む400兆円もの内部留保は国が再分配したほうが、世の中の景気はよくなるはずです。

──AI時代の到来とBIはどうつながるのですか。

AIが仕事を奪うとか脅威論がありますが、人間がAIの能力を生かす場面と使い方を正しく規定しさえすれば、怖がる必要は全然ない。今後実現が期待されるAIは習得した学びを他に転用し臨機応変な対応をする、たとえば自動運転をし碁を打ち翻訳もする「汎用型AI」ですが、大量の情報を組み合わせどう総合的に判断させるか、その目的を設定するのは人間です。悪意で人間を攻撃するAIが作られたら危ないけど、そこはもう核兵器と一緒。どこぞの太った刈り上げクンがボタン押さなきゃいいな、というのと同じ。

むしろ懸念すべきは、AIだけが知的に高度な生産活動をするようになると、AIを所有する資本家が経済の絶対的支配者になること。資本家が富を独占し、豊かな社会どころかほとんどの人が仕事に就けないディストピアになってしまう。そこでBIによる強力な再分配機能が必須になります。

何のために生きるのか

──「働かざる者食うべからず」から「働かなくても食ってよし」へ、夢のような大転換が起きる?


でも、働かなくてもいい世界は単純にユートピアとは限りません。退屈の不幸がある。人間はラクがいいという怠惰な一面もあれば、よきことのために努力したり興味を持ったりする一面もある。何らかの鍛錬、修練、学びを欲するネイチャーが人間にはあるんだと思います。経済活動に人間のかかわる割合が減る分、自己実現なり社会貢献なりのために生きられるようになる。でも何のために生きるか、何がやりたいかを見つけ出すのは案外難しい。それを助ける何らかの機能を国が提供しないといけないのかも。

──国民の6人に1人が貧困で、年々格差が開いている日本こそ、BI導入を本気で考えてもいい?

それはもちろん。戦争放棄をうたう日本国憲法第9条は人類の英知ですが、それに次いでかそれ以上に、BIを1億人規模で導入したら歴史的所産になる。生まれながらの自由と平等を保証するのが民主主義。でも今多くの日本人が教育を受ける権利すら実質的に得られていない。普通に生きていくための経済的平等性を担保するBIは全然非常識じゃないということ。産業革命が人類に新時代を開いたように、AIとBIの両輪が人類を次の新しいステージへ連れていってくれるのです。