子どもたちの笑顔に出会える保育の仕事は大きなやりがいに満ちているが…。写真は本文とは関係ありません(写真:Ushico / PIXTA)

筆者のもとには、多くの保育士から、「保育園の職場環境の劣悪さ」を訴える声が届く。2018年2月にお話を伺ったのは、首都圏で働く30代女性保育士のトモさん(仮名)。ご自身の経験してきた過酷な職場体験について明かしてもらった。

トモさんの保育経験は10年足らず。保育士資格は最近取得したが、それまでも保育補助として公立、小規模園、私立、認可、無認可とさまざまな保育園で働いてきた。

トモさんは乳幼児の生活全般を援助したいと考え、保育の道を選んだという。ほかの仕事についた時期もあったが、「やっぱり子どものそばに戻りたい」と思い、これまで続けてきたという。保育のやりがいは「子どもの成長が見られることと、信頼してもらえること」だという。

正規職員が職員間のいじめで辞めていく現場

まず最初に勤務したのが、都内の公立保育所。2010年から2013年まで、非常勤保育士として働いた。そこでは40代の正規職員が職員間のいじめで辞めていく現場を目撃した。ロッカー室でいじめがあり、そのことは副園長も把握していたが、改善させることができなかった。いじめたのは20代の非常勤保育士。退職の知らせが入ると「今すぐ辞めたらいいのに」と言っていたという。「公務員なのに退職にまで追い込まれることがあるのだ」とトモさんは衝撃を受けた。

トモさんはこの保育所での勤務を続けたかったが、3年目で契約が打ち切られた。契約期限の3月下旬になって園長から「来年度は更新しない」という通達の紙を渡されたため、年度が替わるまで就職活動をする時間も取れなかった。

後日、トモさんは自分がいた園の保育士採用求人広告を見つけて、役所の人事担当者に電話をした。「なぜ自分が更新できなかったのか」と問いただすと、「理由があります」と返答があった。

「昨年、勤務中に職員のAさんから注意をされたことが何度かあったでしょう。そのために年度内に担当クラスも変わっていますね」と断定された。何人かの保育士がその現場を見ており、人事担当者に話が回ってきたのだという。

ところがトモさんが記録をたどると、Aさんは当時、産休で休んでおり、保育所でトモさんの様子を見ることなどできなかった。担当クラスも年度内に変わったことはなかった。役所の人事担当者は事実を調べもせずに、同じ職場の保育士の話を鵜呑みにして、トモさんの雇用を打ち切ってしまったらしい。

保育士の人間関係は保育室内や園内で完結するため、外部に問題が知られにくい。そのため、「都合のいい仲間だけで心地よく仕事をしたい」と考える者も少なくない。トモさんは、仲間はずれのターゲットになったのだろう。

トモさんはその後、小規模の無認可保育園でパート保育者として働いた。マンションの一室で常勤の保育者が2人、パート保育者が4〜5人という体制で20人弱の子どもたちをみていた。常勤の2人は幼稚園教諭免許だけをもつ40代の先生と、ベビーシッターとチャイルドマインダーの資格だけをもつ20代の先生。パート保育者にも、トモさんの知る限り保育士資格を持つ人はいなかったという。

つまり、その園には保育士資格をもつ保育者がいない、もしくは多くの時間いなかったことになる。東京都福祉保健局の『認可外保育施設指導監督基準』では、「保育に従事する者のおおむね3分の1(保育に従事する者が2人の施設にあっては、1人)以上は、保育士又は看護師(助産師及び保健師を含む。)の資格を有するものであること」とされているが、この条件を満たしていなかった可能性がある。また、同基準では「常時、保育士又は看護師の資格を有する者が配置されていることが望ましい」とされているものの、こちらも強制ではないこともあってか守られていないようだ。

その園では、子どもたちの昼食にお弁当が配布されるが、2歳から年長児まで同じ量を食べなければいけないことになっており、2歳児には明らかに多い量を無理に食べさせていた。トモさんはお昼寝中、寝ている子どもの口の中に食べ物がたくさん詰まっているのを発見した。窒息するのではないかと感じたが、トモさんもすぐに退職したため、その後このようなやり方が改善されたかどうかはわからない。

夏場は道路沿いにビニールプールを出しており、園舎の前で丸裸になってタオルで拭かれていた。その様子を見た若いサラリーマン男性から冷やかすような言葉をかけられることもあった。

そもそも、筆者の調べにより、この保育園は開業届けが出ていないこともわかった。経営者は、他にも仕事を持っている30代の男性。保育園の仕事は、事実上、パートタイムだった。本人は「物品を発注した」と言い張るがその記録がなかったり、「保護者に電話をした」と言っているのに発信履歴がなかったり……ということが何度もあり、職員からは信用されていない人物だったという。

正規職員2名が他園に移る同じタイミングでトモさんも退職を決意。そのため、残されるのはパート職員4〜5名だけになってしまう、という事態になった。心配する保護者らに対して、経営者は「3月までは運営するが、その後のことはわかりません」と発言し、不信感を助長したという。

トラブルメーカーのような扱いを受けることに

次に働いた都内の保育園では、トモさんはトラブルメーカーのような扱いを受けることになった。「一度失敗をしただけで何をやってもダメと判断されてしまう」と感じたという。

本人の「失敗」とは何なのか。問いただすと、同じミスを繰り返したことがあり、連絡しなければならない内容の一部を報告し忘れることもあったと告白する。そのことは決して褒められたことではないが、ミスを頻発したわけではないようだ。

連絡ミスの一件から、「あなたは絶対に保護者対応をするな」と言われたという。しかしある日、保育中に園児がトモさんにぶつかって軽いケガをしてしまった。翌日、その子が父親と登園してきたとき、受け入れ対応をできるのはトモさんだけだったため、「昨日はすみませんでした、大丈夫でしたか?」と声をかけた。当然のことといえるだろう。

父親からは、「何の問題もありませんよ」と聞いて安心したが、その様子をみていた同僚の保育士が問題視した。「やるなと言っていたにもかかわらず保護者対応をした」ととがめられ、厳重注意を受けてしまったのだ。

トモさんはこの園では、常勤保育士の補助としてクラス担任をしていたが、年度の途中の12月で退職を求められた。

担任クラスをもつ保育士は、基本的には4月から翌年3月までの年度を同じクラスでみる。年度中に保育士が異動することは、子どもたちへの悪影響が予想されるためだ。

しかしトモさんと他のクラス担任の人間関係がうまくいかず、トモさんが何度あいさつをしても無視されるようなギスギスした関係になっていた。12月での退職を求められたということは、その関係を3月末まで続けるなという意味である。

トモさんが勤務を続けたいと主張すると、上司は1週間ほど様子を見せてもらうと言った。だが上司は実際に保育場面を見に来ることはなく、それなのにトモさんには「主担任とうまくできないので続けるのは難しいと思う」と告げた。トモさんが「どこで見ていたんですか?」と聞くと、上司は「園内の監視カメラで」と返答。しかしカメラは園内に複数あるために、画面が数秒おきに切り替わる。トモさんだけをカメラで見続けることはできない。体よく追い払われたかっこうだ。

退職後にトモさんが再就職した4つ目の保育園は、企業が運営していた。入社式がホテルの大ホールで行われ、国会議員なども来賓として呼ばれていた。表向きは立派な様子だったが、ぎりぎりの人員配置で保育士が休憩なく働いていた。園長が職員にも園児たちにも、大きな声で毎日のように怒鳴る園であったという。

職員の離職率が高く、1カ月もたない人、欝で退職する人などが続出。トモさんが勤めた2年間でほとんどの正規職員が入れ替わったという。その一方で退職希望を出したベテラン保育士が、「辞めさせてもらえない」という状況もあったという。

トモさんの話ではこの園では給与の支払いミスが続発していた。トモさんの出勤日数を数え間違えられて、給与が少ないなどのケースがあり、退職後に本部に問い合わせた。「担当者に伝える」と言われたが、その後連絡が来ない。1週間にわたって4回ほど問い合わせてやっと振り込まれたという。本部職員は「システムトラブルだった」というが、トモさんは「私が問い合わせなければ、間違いに気づかなかったのではないか」と話した。

保育園独特の職場環境の閉鎖性にメスを

ここに記したのは保育経験10年足らずのトモさんひとりの経験談である。あまりにも過酷であり、「トモさん個人になんらかの問題があるのではないか」と疑いたくもなるだろう。たしかに、本人にも問題はあったのだろうが、それにしても酷すぎるといえないだろうか。

こうした過酷な職場の実態について書くと、たいていは「命を預かる保育士の仕事は使命感をもって取り組むべきもの。苦労があったとしても子どものために乗り越えるべき」という批判が来るのだが、そんな精神論で済まされるレベルの話ではないことがトモさんの経験からもわかるだろう。

いじめや賃金未払いといった問題が起こっている現場を放置しておいて、「使命感」で片付けるのは無理がある。まずは、保育園ならではの職場環境の閉鎖性にメスを入れて透明性を持たせる必要があるだろう。トモさんの話からは、園児の健康被害やケガなどにつながりかねない危険性が透けて見えてくるからだ。

トモさんは、それでも「次も保育現場で働きたい」という。子どもたちの笑顔に出会える保育の仕事は大きなやりがいに満ちているからだ。その気持ちが搾取されるような厳しい環境のなかで、保育士たちは毎日、子どもを守り続けている。