「ソフトクリーム」が真冬の渋谷で売れるワケ
北海道産ソフトクリームの期間限定ショップ「MILKLAND HOKKAIDO → TOKYO渋谷店」は3月11日まで(筆者撮影)
牛乳といえば、家の冷蔵庫に当たり前にある身近な飲み物。だからこそ、あまり喜んで飲む人はいないかもしれない。しかしその“当たり前”を“おいしい”に意識変革してもらいたいと、生産者によるある取り組みが進行している。
なぜこの寒い時期にソフトクリーム?
平日昼間も人通りが絶えない渋谷の一角、幾多の店舗が競い合う雑多な街路上に、ひときわ目立つ白黒牛柄の店舗がオープンした。北海道産ソフトクリームの期間限定ショップ「MILKLAND HOKKAIDO → TOKYO」だ。観察していると、三々五々、牛柄に吸い寄せられるように次々と人が入っていく。女性2人連れ、カップルはもちろん、男性の組み合わせも。
店内は、壁も階段も牛柄だ(筆者撮影)
「なぜこの寒い時期にソフトクリーム?」と感じる方も多いだろうが、実は東京でのオープンは3回目で、さらに今回は吉祥寺店との2店舗展開。リピーターも存在し、東京での評価を着々と得ている店舗のようだ。吉祥寺店では、日に1000〜1500人が訪れ、週末には行列もできるという。
店舗概要を大まかに説明しよう。店名にも入っている「ミルクランド北海道」とは、北海道産牛乳・乳製品をアピール、消費拡大するために、2006年から進められている一連の運動。期間限定ショップだけでなく、テレビCMやスーパー・イベント会場における乳製品フェアなどを行っている。母体は北海道の農協団体であるホクレン農業協同組合連合会で、資金は酪農家からの拠出金で賄っているという。2015年12月、東京スカイツリー内ソラマチにオープンして以来、翌年12月にうめきたのグランフロント大阪、2017年2月二子玉川ライズ、11月の吉祥寺と展開を続けてきている。
では、実際の店舗では、どのようにアピールを行っているのだろうか。
テイクアウト専門の渋谷店の目玉は、お好みのトッピングが楽しめる「北海道ソフトパフェ」(550円)。
「北海道ソフトパフェ」のトッピング前とトッピング後(筆者撮影)
注文カウンターで、まずはベースとなるソフトクリームを選択する。北海道産ソフトクリームに道産純生クリームをプラスした「超濃厚」と、道産ヨーグルトクリームを組み合わせた「超さっぱり」の2種類だ。
好きなものをいくらでも選んでトッピング
ソフトクリームを手に、牛柄の階段を上って店舗2階に行くと、そこはトッピングコーナー。チョコレートやクッキー、ウエハース、マシュマロなど、カラフルで種類豊かなトッピング用菓子から、好きなものをいくらでも選んでトッピングすることができる。
トッピングコーナー(筆者撮影)
ここで味についてもリポートしておこう。今回試食をしたのはヨーグルトを加えた「超さっぱり」タイプ。甘さは控えめで、牛乳そのものの味が味わえる。ヨーグルトの酸味が加わっているので、トッピングに甘いお菓子を選んでもバランスが取れそうだ。なおトッピングとして選んだのはウエハース、チョコレート、グラノーラ、マシュマロ、ジェリービーンズなど。おすすめは、パリパリした小気味よい食感のグラノーラ。北海道産米「ゆめぴりか」の乾燥玄米入りという。
渋谷店は扱う商品が限られており、その北海道ソフトパフェのほかに、代表的なブランド「よつ葉牛乳」を使った北海道ソフトクリーム(350円)や、2〜3日ごとの日替わりで北海道各地の牛乳が味わえる北海道ホットミルク(200円)、ホットいちごミルク、ホットチョコミルク(各450円)などの4種類がある。
なお11月15日〜3月25日まで開店予定の吉祥寺店は、ショッピング施設にテナントとして入居してのこれまででもっとも長期間の展開だ。
ホットミルクには、北海道内のさまざまな産地の牛乳を2〜3日ごとの日替わりで使っている(筆者撮影)
目玉は「ミルクランド・マウンテン」(1200円)。商品説明には“雪のようにふんわり軽い生クリームのなかに、濃厚な生クリームとみずみずしいフルーツがどっさり”とある。つまり、ほとんど生クリームだけを味わうスイーツだ。そのほか、ティラミスなどの各種スイーツや、12種類のうちから選んで飲み比べられる「北海道牛乳3種の飲み比べ」(250円)などがある。また、牛乳そのものや、チーズやバターといった乳製品の販売も行っている。
「ミルクランド北海道」の成り立ちや思い
このように同店は、楽しくおいしく、北海道の牛乳・乳製品を体感できるショップとなっている。この、ミルクランド北海道という運動の立ち上げからかかわってきた事務局スタッフの1人は、成り立ちや思いについて次のように語る。
「国内で酪農家の数が激減しており、そのなかで北海道は比較的踏みとどまっているものの、2016年時点の8000戸以上から今では6000戸余りへと減少しています。減少の理由としては、酪農という事業そのものが、投資が大きく経営が困難であることや、後継者問題などがあります。さらに、TPPなどの外的な要因が加わり、将来への不安に拍車をかけています。このままでは、国産100%の牛乳が口に入らなくなる日がくるかもしれません。日頃当たり前のように飲んだり食べたりできる牛乳や乳製品に対して、意識を変えていく必要があります」(ミルクランド北海道事務局スタッフ)
冷蔵庫のなかに当たり前に牛乳がある日常、それを支えているのは、北海道をはじめとする国内の酪農家の存在だ。全国にある酪農家16400戸のうち、北海道には38%の酪農家が存在し、国内生産の約53%に当たる生乳を生産。1戸当たりの牛の頭数が増える傾向にある。酪農の仕事といえば、「朝が早くて重労働でキツい」と誰もが思い浮かべる。ただ最近では機械化するところや、さらに労働にシフト制を取り入れているところも出てきている。そのほか、効率化も進み、たとえばコストは上がってしまうが、飼料づくりを外注し、その分の労働力を乳牛の世話に充てるといったことも行われているそうだ。
そのほか注目に値するのが輸送過程だ。まず酪農家では、しぼりたての30℃程度の牛乳を、バルククーラーという専用のタンクに集めて4℃以下まで冷却する。そして、温度、見た目、におい、味などをチェック後、ミルクローリーで集乳所や牛乳工場に輸送。さらにミルクタンクに詰め替えて、トラックや船で運ぶ。北海道から本州を結ぶルートは太平洋側と日本海側の2本があるが、そのうちの太平洋ルートでは、日に2隻が釧路と茨城県の日立港を往復している。18時に出港し、翌14時に着港、約20時間というスピーディな輸送、そして輸送を通して4℃以下という温度が守られていることによって、新鮮な牛乳が本州に届けられている。だからこそ、北海道の牛乳は「おいしい」のだそうだ。
「お客様の反応としてはシンプルに『やっぱり濃いね』『ふだんの牛乳と違う』などという声が多いです。でも、ショップで使っている牛乳は、スーパーなどで並んでいる北海道産の牛乳と同じものなんです。『ここだけの限定のおいしさ』ではなく、『いつものおいしさ』に気づいてもらいたい。そのための目新しい環境や、味のバリエーションをショップでご提供しています」(ミルクランド北海道事務局スタッフ)
確かに、「北海道ソフトパフェ」の、生クリームやヨーグルトクリームとの組み合わせや、「ミルクランド・マウンテン」の濃度の違う生クリーム同士の組み合わせなど、乳製品そのもののおいしさを伝えるレシピとなっている。
生産者と消費者をつなぐ運動
またショップには、観光地のように、非日常性を感じさせる仕掛けも加えられている。1つには、搾乳の疑似体験が行える牛の等身大模型を店内に設置。子連れの客が多い吉祥寺店では不定期にイベントも開催し、喜ばれているそうだ。
搾乳の疑似体験が行える牛の等身大模型(筆者撮影)
そのほか、店内の一角にフォトスペースがあり、備え付けられたパッドのボタンで操作しながら、模型の牛とともに記念撮影することができる。ソフトクリームを片手に持っている状態なので、スマホで自撮りするのはちょっと大変。店舗のフォトスペースを利用すれば、手軽に撮影が可能なほか、牛柄のフォトフレームや、牛の角、耳、鼻などのデコレーションを記念写真に加えられる。
事務局によると、ミルクランド北海道の活動は北海道での認知度はほぼ100%とのこと。また、活動を通じ、消費者の意識の変化も感じるようになったそうだ。外国産の農産物も入ってきやすくなっているなか、安全で質のよい農産物を自分で見つけなければならない、という意識が高まっているのだろう。
消費者にとっては、このように味などで体感しながら、楽しく、そして気軽に学べることは非常に大切で、実際の消費行動にもつながりやすい。生産者と消費者をつなぐ運動がもっと広く、多様に、活発になっていくと、日本の食も大きく変わっていくだろう。