レストランのトレードマークは、てへっと笑って、ぺろっと舌を出す“てへぺろ”マインドを表している。撮影/渡邉智裕

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「ご注文を繰り返します。フォークで食べる汁なし担々麺が1つ……」と、愛くるしいおばあちゃんのホールスタッフが確認するや、「あ、担々麺じゃなくてオムライスです」と、笑みをこぼしながら訂正するお客さん。

認知症スタッフの声

 店内が、牧歌的で柔らかい雰囲気に包まれたのは、『注文をまちがえる料理店』という名のレストラン。9月16日〜18日の3日間、東京・六本木に期間限定でオープンした。

 実は、この料理店、ホールを担当するスタッフが全員、認知症を抱えている女性と男性で構成されているという、なんとも不思議なレストラン。今年6月3日〜4日に開催された、プレオープンでは大きな反響を呼び、海外メディアからも取材申し込みが殺到。認知症を抱える人たちへの新しいアプローチとして、国内外問わず熱視線を送られているのだ。

 それにしても、どうしてこのようなレストランが誕生したのか?

「認知症介護のドキュメンタリー番組を作っていたときに体験した“間違え”がきっかけでした」と語るのは、発起人であるテレビ局ディレクターの小国士朗氏だ。

「グループホームを取材していた際に、認知症を抱えるおじいさんやおばあさんに料理を作っていただく機会がありました。その日の献立はハンバーグと聞いていたのですが、いざ出てきたご飯を見ると餃子だったんです」(小国氏、以下同)

 ハンバーグじゃないんですか? と言いかけたものの、「その言葉を口にすると気持ちが窮屈になるような気がした」と、振り返る。

 そうした経験から、少しだけでも気持ちが寛容になれれば、認知症に対する認識が変わるのではないかと考え、“間違えることを目的とするのではなく、間違えたときは許してね”ということをコンセプトにしたレストランが生まれた。

「間違えることを受け入れたり、ともに楽しめたりすることのできる料理店を作ることで、新しい価値観を作りたかった。介護施設の方にご協力いただき、働く意欲がある方を対象に募集し、限定という形で開催することができました」

 本来、注文を間違えようものなら殺伐とした空気が支配してしまうことも珍しくないが、この料理店には、間違えを受け入れる寛容さが至るところに存在している。

 都内から訪れた20代の女性は、「私も飲食店で働いているのですが、お店とお客さんの関係性が素敵だなって。スタッフ同士が支え合い、お客さんとスタッフも同じ空気を吸っている。認知症の方に限った話ではなくて、今後は外国人の店員さんやお客さんも増えてくる。お店とお客がお互いに寛容性を持つ飲食店が増えてくれたら」と、店の魅力に声を弾ませる。

自信とやりがいを感じ、モチベーションがUP

 3日間で延べ18名の認知症を抱える方がホールスタッフとして従事。交代制で、本人や家族と相談し、ケアスタッフが見守るなか、過度な負担がかからないようにサービスに努める。料理はすべてプロのシェフが担当している。

「体力や気持ちの面を考慮する福祉の専門家からの視点と、効率よくオペレーションするために必要なアイデアを出す飲食の専門家からの視点は違うので、十分な議論が必要でした」

 レストランとしてもきちんと機能させ、ロゴや内装などのデザインにもこだわって、認知症当事者とお客さん双方が楽しめる環境づくりを目指した。プレオープンのアンケートでは、「また来店したい」と、回答した人が90%という数字が物語るように、ただ単に認知症を抱える人たちを働かせる料理店というスタンスに帰結していないことも、支持を集めている理由だろう。

 2日間、ホールスタッフとして活躍した都内のグループホームに入居する70代女性の山田さん(仮名)は、「間違えても、みんなでサポートしてくれるので楽しい。お客さんの笑顔を見ると、やる気が湧いてくるの(笑)。自分ひとりでは何もできないってわかっているから、おかしな話だけど認知症当事者同士のコミュニケーションも抜群。私はもともと接客業をしていたから、こういう機会があるとやりがいを覚えるわ」と、穏やかな笑顔の中にも充実した表情をのぞかせる。

 山田さんのように、前回に引き続きホールスタッフを担当した方も多く、「また機会があるならやってみたい」と、早くも次回の開催を心待ちにしている参加者もいるほど。

 6月のプレオープンでは60%ほどあった“間違え”が、今回は25%ほどに減っている。

 認知症を抱える人であってもサポートをすればきちんとサーブ(給仕)ができることを実証した結果であると同時に、やりがいを感じることが当事者のモチベーションアップにつながることを示した好例ともいえる。

「認知症の方は、自分でできることが少なくなっていくと自信を失い、みずからの存在意義を疑うという悪循環に陥ります。活躍することや認められることで自信を取り戻すため、『注文をまちがえる料理店』のような存在は心強いです」

 こう語るのは、山田さんが入居するグループホームのケアスタッフ。

 自分でやることの大切さを再認識させる場でもある同店の取り組みは今後、ますます大きな注目を集めそうだ。

認知症と向き合うためには、認知症に触れることが大事

 その一方で、問題がないわけではない。限定オープンという形式をとる同店は、インターネット上で賛同者を集め、その資金をもとに企画を実現するクラウドファンディングによって運営されている。常設を望む声も少なくないが、定期開催ですら大きな資金とサポートを伴うため、その道のりは決して容易ではない。

「まずはしっかりと年に何回か期間限定で続けていくこと。やはり認知症と向き合うためには、認知症に触れることが大事ですから、関心を持ってもらえるきっかけとなる場を作ることが大事だと思います。だからといって肩ひじを張って来場するような場ではなく、自然体で知ることができるような場でありたい」

 美味しいご飯を食べに行った料理店でたまたま認知症についても知る。頼んだはずの料理と違うものが出てきたけど、“ま、いっか。こっちも美味しそうだし(笑)”……そんなライトな感覚で、まずは認知症に触れることができたら、よりたくさんの人に理解が深まるに違いない。

「マタニティーマークのように認知症を抱えている方が、『注文をまちがえる料理店』のトレードマークにもなっている“てへぺろ”(てへっと笑って、ぺろっと舌を出す動作)マークをつけるような機会につなげることができたら。

 “てへぺろ”マークをつけている人と接したときに、われわれも笑って受け入れる“てへぺろ”の気持ちを持って向き合う。そういった社会づくりに貢献できればうれしいですね」

(取材・文/我妻アヅ子)