吉田研作・上智大学言語教育研究センター長

写真拡大

新学習指導要領によって大学入試はどう変わるのか。英語教育改革に関わる『起きてから寝るまで英語表現』シリーズ著者に聞いた。

■新学習指導要領を前提とした大学入試改革

【三宅義和・イーオン社長】これからの英語教育改革を考える時、中学校および高等学校の英語の教師の役割は非常に重要になってきます。以前、何かの記事で「英語教員で学習指導要領を読んだことのある人があまりいない」ということを読みました。

確かに、これまでなら特に読む必要はなかったかもしれません。読解を中心とした教え方で、生徒が難関高校・大学に合格すれば「先生、合格できました。ありがとうございます」という感謝の言葉をもらえました。それが社会で出て役立つかとなると、はなはだ心もとない。けれども大学入試が、4技能に変わるわけですから、教師の意識も改める必要がありますね。

【吉田研作・上智大学言語教育研究センター長】その通りですね。今回、学習指導要領を一応前提とした大学入試改革が行われようとしています。現在の大学入試センター試験というのは、元々が「高大接続」の産物なんです。個々の大学はセンター試験の成績を勘案し、「自分たちはこういう学生がほしい」と、大学のポリシーに基づいて作られる個別試験を実施しています。

つまり、センター試験というのは「高校生として必要な能力をこれだけしっかりと身につけていますよ」という出口テストです。そこがまさに高校と大学の接続の部分に相当するわけです。だから、そこのところをきちんと4技能化しないと、せっかく小・中・高と4技能でやってきても、結局、何のためにやってきたのかということになってしまうでしょう。ですから、少なくとも新しい試験に関しては、きちんと4技能測定を図っていくという方向で進んでいます。

【三宅】教科書についても同じことが言えますね。新しい指導要領に沿ったものが、なかなか使われないという現実があるようです。教師にしてみれば、慣れたものの方がいいでしょう。教科書を採択する教育委員会、教育指導主事の意識も必要です。

【吉田】実は、予備校の講師の意識がとても前向きで、4技能化しているのです。しかも、志望校合格は彼らの仕事ですから大学入試も対応できています。

【三宅】それはすごいですね。

【吉田】先生たちが持っている意識が影響していると考えています。意識と教える内容は、往々にして乖離しやすいのですが、「4技能を身につけることが大切だという意識を持って生徒に接しています」という人だと、受験勉強を教えていても、そこに少しずつ4技能の大切さといったものが心情として滲み出てくる。そうすると、生徒たちもそういうものを少しずつ身につけていきますよね。それはとても重要なプラスアルファになりえます。

センター試験を一時的に残すという意見も

【三宅】それは非常によくわかります。私どもイーオンには「学校英語感情込めれば英会話」という格言があります(笑)。何となく学校英語と実際に使われる英語は違う思いがちですが、そんなことはまったくない。学校英語をしっかり声に出して、感情込めて練習すれば、そのまま会話に使える表現はたくさんありますよね。

中学校の文法テキストに載っている基本構文は宝の山だと私は思っていまして、あれを暗記して使えるようにしておけば、会話の場合でもそのまま使える。私は中高生に講演をする機会があると、「あなたたちが苦労している英語の勉強は全然無駄にならないよ」と話しています。

【吉田】中学校で習う単語と簡単なセンテンスだけで、自分が伝えたいことが相当言えるはずです。何せ、聞いて理解できたり、読んで訳せるレベルの英語と、自分が実際に書いたり、話したりする英語って絶対違います。だから、それを一緒にしようと思って、聞いて理解できたものも全部しゃべらなければいけないと思うから話せないわけです。

書く方はまだ辞書を引きながらでも文章化できますから、それなりに難しい構文も書けるのですが、しゃべるという行為はその場で、リアルタイムで進めなければいけないので、よく知っている語彙や表現でないと使えません。だから、難しいものではなく、基本的な語彙を覚えておく。それが大事なんです。

【三宅】イーオンに通う生徒たちを見ていましても、話せる、使えるという子はたくさんいます。そして、そうした人は学校における英語の成績も良いし、英検にも合格しているのです。やはり、しっかりとした英語力を身につけているからです。

さて、大学入試センター試験が廃止され、20年度からは新しいテスト「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」が導入されます。多様な能力を多元的に評価、選抜する方向とされています。英語に関しては、特に話す、書く技能の測定を民間試験、例えば、英検やTOEIC、TOEFLのなどを活用するという原案が先ごろ示されました。

現場では真面目な教師ほど悩んでいるといった側面がありまして、学習指導要領に沿って、コミュニケーションの4技能の英語を教えている人ほど、保護者とか生徒から「それは大学入試に役立たないから、大学入試に役立つ指導をしてくれ」と言われてしまうのです。しかし、原案を見る限りでは、新しい大学入試の英語は4技能を測定し評価するという方向に進むということは間違いないようですね。

【吉田】そうです。ただ、問題は、4技能のすべてを一般的な民間のテストに置き換えてしまうと、たぶん対応しきれない教師が多い。センター試験ならば、これまでの蓄積がありますから問題はないのですが、そのあたりも考慮していく必要はあると思います。

いずれにしても、教育の現場では、かなり混乱が起きるだろうという懸念はあるのです。そこで、20年度以降も、少なくとも新しい学習指導要領で勉強した高校3年生が受験するまでの間は、一時的に、センター試験を何らかの形で残そうという話もあります。

とはいえ、非常に難しいのは「では、スピーキングとライティングどうするの」となった場合、民間のテストから、スピーキングとライティングを切り離すということはできません。

例えば、TOEFL iBTであれば120点満点で、話すと書くに30点ずつ配分されています。この30点というのは、120点の中の30点ずつですから、それだけを切り離せるという性格のものではありません。TEAPなら400点満点で、話す・書くは100点ずつですが、同じことです。つまり、4技能テストから、単純にこの2つを切り離すわけにいかない。

民間テストを使わないとしたら、まったく独自にスピーキング、ライティングテストをセンター試験に合わせて作るしかないわけです。それを作る力が、果たしてセンターにあるかというと、たぶん無理でしょう。いずれにしても、これまでより良い形にはするにしても、まだまだクリアしなければならない問題は少なくないと言えます。

とにかく、センター試験に相当するものという以上、高大接続の最後の段階という位置づけでやらないと意味がありません。当然、高校までの学習指導要領を前提としたテストでなければいけない。そうなると、もはや4技能化するしかないでしょう。

■新テストは受験生の経済格差も影響する

【三宅】過渡的な措置は必要ということですね。その間は民間のテストで話すと書くは測定するしかない。4技能で受けて、そのスコアを考慮するということになりますね。

【吉田】それは大学によって、どういう考慮をするかは違ってくると思います。これまでも国公立大学はだいたいセンター試験を受験生に課していました。今後も、新しいテストを必須にするのかどうか。常識的に考えれば、課さないとおかしいと思いますが、その点数の扱い方は各大学に任せることになるかもしれない。

たぶん、大学側はもう「自分たちはこういう風にやりますよ」という方針を打ち出してきます。「こういうテストのスコアを重視しますよ」という方法は始まっていますが、それが一番現実的なやり方なのではないでしょうか。

【三宅】新テストは、現役であれば21年4月に入学するいまの中学3年生から対象になります。原案では、英語の民間試験は2回まで受けられ、結果の良いほうを採るということですね。一発勝負ではなくて、複数回のチャレンジでスコアを上げていくことができます。費用負担など経済的格差の問題もあるでしょうが。

【吉田】やはり議論でも「何回でもいい」というわけにはいかないだろうということになっています。回数を限定しないと、いまご指摘された経済格差のほかにも、首都圏と地方では受験会場が近くにあるかないかといった問題もあります。そうした受験機会平等もめざさなければなりません。

ただ、民間試験の中には内容がビジネスや留学を想定しているものもありますから、学習指導要領に沿った問題になっているかを確認する必要があります。さらに、そのスコアを各大学が個別試験の出願資格や試験免除、得点の加算というように、どう使うかはこれからの課題ということになります。

受験時期にしても、あまり早めてしまうと、高校教育が混乱します。もう試験のための勉強しかやらなくなってしまって、本来の授業の目的から逸脱することになってしまいます。今回の原案を踏まえ、6月に実施方針が公表されるでしょうから、それまでにより細かい議論を進め、環境整備、条件整備を詰めていく必要があるでしょう。

(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、上智大学言語教育研究センター長 吉田 研作 岡村繁雄=構成 澁谷高晴=撮影)