左が、最新型プリウスのシフトレバー。右は、カローラアクシオ(MT)のシフトレバー。

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連日のように高齢者ドライバーの事故が報道されていることを受け、ネットのまとめサイトで「高齢ドライバーがプリウスでドライブとバックを間違えるのはシフトパターンが原因ではないか?」という考察が話題になっている。実は1年近く前に上がったものなのだが、「なるほど」と思う人が少なくないらしく、時々思い出したようにSNSで拡散され、そのたびに話題になる。

写真を見て分かるように、プリウスのシフトレバーは、右下がD(ドライブ)、右上がR(リバース=バック)になっている。一方、マニュアルトランスミッションの5速車の場合、Rの位置は右下が一般的だ。これに慣れている人は「Rに入れたつもりで右下にレバーを操作し、バックのつもりでDに入れ、前進してしまうのではないか?」というのがこの説の論旨だ。

■本当にプリウスは誤発進事故が多いのか

ただ、この説は怪しいところがある。最大の疑問は「本当にプリウスは誤発進事故が多いのか?」という点だ。プリウスが他のクルマに比べて、特別に事故が多いというデータを、少なくとも筆者は見たことがない。保険会社の資料を見ても、プリウスの型式別料率は9段階のうち、車両でランク5、対人ではランク4とごく普通の料率で、特に事故が起きやすいクルマとは考えていないことが分かる。つまりそもそもの前提である「プリウスは高齢者の誤発進事故が多い」という認識そのものが、思い込みである可能性は高い。

……このように説明しても、この議論は白熱するのだ。高齢者ドライバーが急増しているのは事実だし、もう一つの理由は主語が「プリウス」だからだろう。プリウスは長いこと、日本国内で最も売れているクルマの一つだ。従ってオーナーはたくさんおり、「プリウスはダメだ」と言われれば母数が多い分「何を? 俺のクルマの悪口を言うな!」と頭に血が上る人も多いのだ。また、プリウスはアンチの多いクルマでもある。アンチの理由は様々だし、ここでは特に取り上げない。要するに、プリウスの話はとかく対立が起きやすい。ある種の有名税だと考えていい。

■Bモードが紛らわしい?

もう一つ、この議論の中でしばしば出てくるのが「プリウスのシフトパターンは独特で分かりにくい」という意見だ。特に多くの人にとって見慣れない「B」がいつも問題になる。大抵の場合、旧来のAT車(トルコン・ステップAT)のLまたは2に該当すると思っているようだ。だから「バックのBと混同しやすいBを表示に使うのが間違っている。なぜLや2と書かないのか」と主張する人が出てくる。

では、この「B」とは何か? Bの表記は「(エンジン)ブレーキ」から来ている。プリウスは変速機のみならず、動力源そのものが他のクルマと大きく違う。普通のクルマであれば、エンジンの回転を変速機が減速し、駆動輪に伝える。アクセルをオフにした時、同じ速度でもギヤが低いと、運動エネルギーで回される駆動輪の力で、エンジンが余分に回されて強いエンジンブレーキが得られる。旧来のATではLや2がこの「低いギヤ」に当たる。

しかし、プリウスのBモードは、仕組みが全く違うのだ。トヨタのハイブリッド車は、アクセルオフで回生ブレーキが作動する。回生ブレーキとは、車両の運動エネルギーで回される駆動輪が発電機を回して発電させ、エネルギーを回収してバッテリーに蓄える仕組みだ。

プリウスでは、低燃費を実現するためにD(ドライブ)レンジでアクセルオフにした時に、この回生ブレーキがあまり効かないようにしてある。「コースティング」と言って、アクセルをオフにした時に回生ブレーキであまり減速Gを発生させず、比較的無抵抗に空走する様に仕立ててあるのだ。これがトヨタ型ハイブリッド車の低燃費の大きな柱になっている。

しかし、長い下り坂でエンジンブレーキが効かないと物理ブレーキがフェード※してしまうので、Bレンジを別途設ける必要がある。これだけ見るとLレンジと変わらないが、大きく違う点がある。

※フェード……坂道を下るときなどにブレーキを踏みっぱなしにすると、熱を持って効かなくなること。

■Lでも2でもない「B」の意味

Bレンジに入れると、Dレンジに比べて回生ブレーキの効きが強まる。上手く使えば、アクセルを踏むと加速、放すとブレーキというワンペダル運転に近い使い方ができる。最近ではこの回生ブレーキをプリウスのBモードよりはっきり強く効かせるクルマも増えており、こうしたクルマではかなりワンペダルでの運転が可能になっている。例えば最近出たばかりの日産ノート e-POWERやテスラ、BMW i3などは、デフォルトの設定のまま、アクセルオフでブレーキペダルを踏んだ時と同様に減速することができ、減速Gを計測してブレーキランプを点灯させる制御まで行っている。

プリウスのBレンジはこれらの仕組みの先祖のようなものだ。現在の最先端からすると減速Gは小さいが、アクセルペダルのオフで回生ブレーキを作動させるという考え方のハシリとも言える。

Bモードでは、アクセルを踏んでいる限りはDとほぼ変わらない。ギヤが低い訳ではないので、そのまま最高速度まで加速することができる。だから、ギヤ比を下げて固定してしまうLレンジとは、意味も仕組みも違うのだ。つまり、Bレンジは従来のLでも2でもない。運転者にとって、BとL・2はアクセルオフ時の運転感覚が似ているので、もちろん「Bという表示が紛らわしい」という批判は一理あるのだが、両者は本質的に違うものなのだ。

プリウスのBレンジとは何か。それはDレンジのコースティングの副産物である。エコを追求していこうと思うと、従来のプロトコルでは越えられない燃費の壁があり、そこを越えるために、アクセルをオフにしても空走させる必要があった。そのためには既存の操作スキームを変えざるを得なかった。それは技術の進歩に伴うクルマの変化だと思う。もちろん「安全に関わることだから分かりにくいのはダメだ」という意見もあるだろうが、一方で環境問題を放置していいのかという話でもある。Bレンジの存在は、一筋縄では行かない問題なのだ。

■「自動ブレーキ」が問題を解決する

最後にもう1つ。最近のクルマは「ぶつからない」技術が進化している。レーダーやカメラで前後の安全を確認し、誤発進だと認識すればアクセルを踏んでもクルマが動かないような自動ブレーキの仕組みが、新型車には次々と搭載されている。

少子高齢化が進む日本で、高齢者ドライバーの誤発進による事故は放置できない問題だ。しかしこれは、もうしばらくすれば解決すると筆者は考えている。

(文=池田直渡)