朝井リョウが直木賞授賞式で見せたとっさの機転とは
出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。第85回は、新刊『何様』を刊行した朝井リョウさんです。
朝井さんといえば2013年、大学生が就職活動で抱えるジレンマや葛藤を描いた『何者』で、直木賞を史上最年少で受賞したことが大きな話題となりました。
今回の『何様』は、『何者』のサイドストーリー集。光太郎や理香、隆良ら『何者』の登場人物の数年後や、数年前の物語が描かれています。
この作品と『何者』との関係。そして、直木賞受賞から3年、人気作家の道を歩み続ける朝井さんの「今」についてお話をうかがいました。(インタビュー・記事/山田洋介)
■「『何者』で就活生を書いたので、『何様』では“就活生を導く側の人”を書きたかった」
――朝井さんのことでよく憶えているのは、2013年に受賞された直木賞の受賞挨拶です。直前に選考委員代表としてスピーチをした渡辺淳一さん(故人)が話していた「作家は家を建てなきゃダメですよ。なにしろ“作(る)家(を)っていうんだから」というくだりを、ご自身の挨拶の冒頭にもってこられた。ものすごく頭の回転の速い方だなと。
朝井:とんでもないです。あのときはトップバッターじゃなかったのがよかったですね。自分の前にステージに立つ方がいて、その人がしゃべっているのを見ると「スピーチをしている人」を客観的に捉えられるからか、緊張がほぐれるんです。渡辺先生のスピーチを見ていて気持ちが楽になったのかもしれません。
それと、その時の渡辺先生のスピーチがものすごく笑いを取っていたので、これは乗っかっておこうと(笑)。
――今回の新刊『何様』は、その時に受賞した『何者』のサイドストーリー集です。このアイデアというのは、『何者』を書かれた頃からあったのでしょうか。
朝井:実は今回の本の一編目である「水曜日の南階段はきれい」は、『何者』を書くより前に完成しているんです。この短編の「光太郎」というキャラクターを借りてきて『何者』を書いた、という順番です。
そして『何者』刊行後、あるテーマに沿って色々な作家が競作をするという仕事を立て続けにいただき、そのとき書いた短編にそれぞれ『何者』のキャラクターを使ったんです。『何者』には、自分の中では細かく設定を決めていても本編にはそこまで落とし込んでいなかったりするエピソードがあったので、それをきちんと書きたいな、という思いがありました。
たとえば『何様』2編目の「それでは二人組を作ってください」は、【二人暮らし】をテーマにした『この部屋で君と』っていうアンソロジーに参加した作品で、このテーマをいただいた時はちょうど自分の中で「テラスハウス」があらゆる意味でブームでした(笑)。
二人暮らしという設定でどんな小説を書こうかな、と考えているうち、「そういえば『何者』に、一緒に住んでいる理由をいまいちきちんと読者に説明できていない二人がいるな」と思い出して、理香と隆良の話を書きました。この「それでは二人組を作ってください」は個人的にものすごく気に入っています。
最初にお話した「水曜日の南階段はきれい」は【最後の恋】というテーマで、サワ先輩というキャラクターが出てくる「逆算」は【クリスマス】というテーマでそれぞれ別のアンソロジーに参加した作品です。このあたりまでくると枚数もかなりの量になっていたので、「いずれ一冊の本にまとめられないかな」とずっと思っていました。『何者』映画化のタイミングで実現できて本当に幸せです。
――『何者』では、就活生である登場人物がそれぞれに悩みや葛藤を抱えていました。『何様』でもそれは変わらないのですが、悩みの内容が幅広くなりましたし、質も変わった気がします。社会人ならではという葛藤もありましたし。
朝井:『何者』は就活生の話だったので、『何様』ではその就活生を操る、導く側の人間、つまり人事部の面接官や就活セミナー講師などの視点を絶対に書きたいと思っていました。そういった人について書こうとすると、やはり考えることや悩みの質も広がりますよね。
それと、各作品を書いた時期がバラバラで、最初に書いた作品から最後に書いた作品まで4、5年かかっています。その間に、僕自身も学生から社会人になったりと、会社の中でも異動したりと変化があったので、そのあたりも影響しているのかもしれません。
――やはり、ご自身の悩み事が作品に投影されたりもするんですか?
朝井:この中で最も投影されているとしたら、書下ろしの「きみだけの絶対」や、最後に収録されている「何様」あたりだと思います。ただ、自分の悩みをダイレクトに書いているわけではないです。
――「何様」の主人公は企業の人事部に勤めていて、まさに「学生を導く側の人」です。
朝井:『何者』では何者かになりたがっている就活生を書きましたが、社会人になって数年経ち、生きていくことは何者かになったつもりの自分に裏切られ続けることだな、と感じました。それからずっと「自分は今の立場にふさわしいのか」というテーマを考えていて、それを書くならば人事部、つまり就活の面接官がベストだろうと。
社会人になるとみなさんあるんでしょうけど、異動って、わりと急に知らされますよね。その瞬間に、自分の肩書が変わる。営業部だった自分が、何週間後には人事部に、学生を選別する面接官になっていたりする。そうすると、「今の自分は人を選ぶ立場に見合っているのか」という心境になりやすいんじゃないかと。これは会社内の話に関わらず、自分は人の親になれるのか、とか、自分は今の年齢に見合った中身なのかとか、そういう大きな出口につながっていく感情だと思っています。
第二回 『何者』は「幸せな映像化」 につづく
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今回の『何様』は、『何者』のサイドストーリー集。光太郎や理香、隆良ら『何者』の登場人物の数年後や、数年前の物語が描かれています。
■「『何者』で就活生を書いたので、『何様』では“就活生を導く側の人”を書きたかった」
――朝井さんのことでよく憶えているのは、2013年に受賞された直木賞の受賞挨拶です。直前に選考委員代表としてスピーチをした渡辺淳一さん(故人)が話していた「作家は家を建てなきゃダメですよ。なにしろ“作(る)家(を)っていうんだから」というくだりを、ご自身の挨拶の冒頭にもってこられた。ものすごく頭の回転の速い方だなと。
朝井:とんでもないです。あのときはトップバッターじゃなかったのがよかったですね。自分の前にステージに立つ方がいて、その人がしゃべっているのを見ると「スピーチをしている人」を客観的に捉えられるからか、緊張がほぐれるんです。渡辺先生のスピーチを見ていて気持ちが楽になったのかもしれません。
それと、その時の渡辺先生のスピーチがものすごく笑いを取っていたので、これは乗っかっておこうと(笑)。
――今回の新刊『何様』は、その時に受賞した『何者』のサイドストーリー集です。このアイデアというのは、『何者』を書かれた頃からあったのでしょうか。
朝井:実は今回の本の一編目である「水曜日の南階段はきれい」は、『何者』を書くより前に完成しているんです。この短編の「光太郎」というキャラクターを借りてきて『何者』を書いた、という順番です。
そして『何者』刊行後、あるテーマに沿って色々な作家が競作をするという仕事を立て続けにいただき、そのとき書いた短編にそれぞれ『何者』のキャラクターを使ったんです。『何者』には、自分の中では細かく設定を決めていても本編にはそこまで落とし込んでいなかったりするエピソードがあったので、それをきちんと書きたいな、という思いがありました。
たとえば『何様』2編目の「それでは二人組を作ってください」は、【二人暮らし】をテーマにした『この部屋で君と』っていうアンソロジーに参加した作品で、このテーマをいただいた時はちょうど自分の中で「テラスハウス」があらゆる意味でブームでした(笑)。
二人暮らしという設定でどんな小説を書こうかな、と考えているうち、「そういえば『何者』に、一緒に住んでいる理由をいまいちきちんと読者に説明できていない二人がいるな」と思い出して、理香と隆良の話を書きました。この「それでは二人組を作ってください」は個人的にものすごく気に入っています。
最初にお話した「水曜日の南階段はきれい」は【最後の恋】というテーマで、サワ先輩というキャラクターが出てくる「逆算」は【クリスマス】というテーマでそれぞれ別のアンソロジーに参加した作品です。このあたりまでくると枚数もかなりの量になっていたので、「いずれ一冊の本にまとめられないかな」とずっと思っていました。『何者』映画化のタイミングで実現できて本当に幸せです。
――『何者』では、就活生である登場人物がそれぞれに悩みや葛藤を抱えていました。『何様』でもそれは変わらないのですが、悩みの内容が幅広くなりましたし、質も変わった気がします。社会人ならではという葛藤もありましたし。
朝井:『何者』は就活生の話だったので、『何様』ではその就活生を操る、導く側の人間、つまり人事部の面接官や就活セミナー講師などの視点を絶対に書きたいと思っていました。そういった人について書こうとすると、やはり考えることや悩みの質も広がりますよね。
それと、各作品を書いた時期がバラバラで、最初に書いた作品から最後に書いた作品まで4、5年かかっています。その間に、僕自身も学生から社会人になったりと、会社の中でも異動したりと変化があったので、そのあたりも影響しているのかもしれません。
――やはり、ご自身の悩み事が作品に投影されたりもするんですか?
朝井:この中で最も投影されているとしたら、書下ろしの「きみだけの絶対」や、最後に収録されている「何様」あたりだと思います。ただ、自分の悩みをダイレクトに書いているわけではないです。
――「何様」の主人公は企業の人事部に勤めていて、まさに「学生を導く側の人」です。
朝井:『何者』では何者かになりたがっている就活生を書きましたが、社会人になって数年経ち、生きていくことは何者かになったつもりの自分に裏切られ続けることだな、と感じました。それからずっと「自分は今の立場にふさわしいのか」というテーマを考えていて、それを書くならば人事部、つまり就活の面接官がベストだろうと。
社会人になるとみなさんあるんでしょうけど、異動って、わりと急に知らされますよね。その瞬間に、自分の肩書が変わる。営業部だった自分が、何週間後には人事部に、学生を選別する面接官になっていたりする。そうすると、「今の自分は人を選ぶ立場に見合っているのか」という心境になりやすいんじゃないかと。これは会社内の話に関わらず、自分は人の親になれるのか、とか、自分は今の年齢に見合った中身なのかとか、そういう大きな出口につながっていく感情だと思っています。
第二回 『何者』は「幸せな映像化」 につづく
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