村山由佳の新作のモチーフは自らが抱いた「静かな殺意」だった

写真拡大 (全2枚)

幅広い作風で男女問わず支持を受ける小説家、村山由佳さん。

その最新作『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』(集英社刊)は、自身の新境地を拓くサスペンス小説であり、女性の静かな情念をまざまざと描いた意欲作。

夫・道彦の抑圧的な態度に従うばかりの咲季子。そんな彼女にとっての唯一自由にできる場所が趣味のガーデニングが高じて作った薔薇が咲き誇る庭だった。自宅でフラワーアレンジメント教室を開く傍ら、日々の庭の様子をつづったブログが評判を呼び、2冊目のムック本の制作が始まる。そこで出会ったのが年下のデザイナー堂本だった…。

咲季子の気持ちを揺るがす年下の男の言葉、夫に抱いたあまりにも静かな殺意、そして殺人。夫婦関係や不倫、モラルハラスメントなど、現代に蔓延る問題と人間の欲望と闇を描ききった、最後までノンストップで読みきることができる物語です。

村山さんにこの衝撃のサスペンスについてお話をうかがってきました。

■モチーフとなったのは自分が抱いた「殺意」だった

――『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』についてうかがっていきたいのですが、この物語はどのようなモチーフをもとに書かれたのでしょうか

村山:この小説の核となる部分は殺意の場面です。傍から見れば幸せに溢れた春の日の光景の中で、包丁がキッチンに並んでいる。「殺意とはこんなに静かなものなのか」というあの場面は、私自身の経験に基づくものなんです。

その殺意の話を『小説すばる』の前編集長だった高橋秀明さんに伝えたところ、「それだけで小説の一部分になるから、そこを核に村山さんに一つの小説を書いてほしい」と言っていただいて生まれたのが、この『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』という小説です。

――作中にはイプセンの戯曲『人形の家』の名前が出てきます。確かに抑圧された環境下にある女性が自分を解放していくというところでこの物語と重なるところがありますが、それも下敷きの一つなのでしょうか。

村山:女性が社会に進出していると言われてはいますが、実際に社会の中で活躍をしている女性も、いざ家庭に戻ると、夫や恋人、親といった近しい関係の中でも昔と違うように振る舞えているのか。まだ男性が自分の力を誇示するような場面があったり、女性が反発できない場面もあるのではないかと思うんですね。

『人形の家』は19世紀のノルウェーで書かれました。国も時代も違うけれど、その本質はあまり変わっていないように感じます。

――この小説は、主人公の咲季子、夫の道彦、咲季子の担当編集である川島孝子、本のデザイナーの堂本という4人によって進んでいきます。その4人の間の関係の濃さが絶妙です。

村山:登場人物がほとんどその4人だけですからね。咲季子は夫の道彦によって付き合いが限定されている女性で、自分で作り上げた薔薇の庭で評判を得て、本を作ることになるわけですけど、それがなければずっと目をつぶって、道彦の価値観の中だけで生き続けていたかもしれません。

ただ、川島と堂本という人物と出会い、関わりを持ってしまったばかりに、彼女は目を開かれてしまったわけです。

■自分とかつてのパートナーを重ねた登場人物たち

――「咲季子」という主人公はどのように作っていったのでしょうか。

村山:「殺意の場面を核に書いてほしい」と言った高橋前編集長は、この連載が始まる少し前に急逝しました。

この小説を読んでいただく前に逝ってしまわれたことは残念ですが、その意思を引き継いで、雑誌と書籍の担当2人とどのように物語を作っていくかを話していたんです。

そこで「村山さんは庭いじりを趣味にしているので、ぜひとも(小説の中で)庭に穴を掘ってほしいと言われまして(笑)。そこでもう、咲季子が夫の道彦を殺めてしまうことは決まっていたんですね。

そのときどのように犯罪を隠ぺいするか、女性一人なら大の男を遠くへ運ぶことはできない。ならば庭に埋めてしまおう。その庭は、咲季子が育てた薔薇が咲き誇っている。そのようにしてジグゾーパズルのように組み合わさっていきました。タイトルも早い段階から決まりましたし。

――それが『ラヴィアンローズ』ですね。

村山:そうですね。すでにエディット・ピアフの歌と重ねて描くことも決めていました。



――「薔薇の庭」の描写が非常に丁寧に書かれているのが印象的でした。

村山:「薔薇の庭」についてはかなり克明に書いています。

咲季子の造形は、とにかく庭に命を懸けている、庭を守りたいと思っているところが核です。彼女は透明な檻の中にいるけれど、その檻の存在には気付いていない。ただ、薔薇の庭が自分にとってただひとつの自由の場であり、庭だけを支えに生きています。

それがこの結末を呼びこむわけで、男がきっかけでいざこざが起きてしまい、それがどんどん引き返しがたい方向に進んでいってしまうんです。

――咲季子の夫である「道彦」は亭主関白な性格で、デザイナーとしても活躍しているように見えるけれど裏があるという人物です。

村山:道彦は、かつて私の身近にいた男性がモデルです。私が殺意を抱いたのもその男性に対してでした。

だから、書きながらとてもしんどかったですね。モデルとなった人は長い年月にわたって深く関わった人で、いろいろあって一時は殺意を抱いたとはいえ、今は恨みがあるわけではないんです。むしろ感謝しかなくて、彼個人に対する感情は無色透明なんです。

それなのに、かつて自分が浴びた言葉や、その時の想いをもう一度掘り起こして書いていくと、平静ではいられないものがありました。言葉にはこんなにも効力があったのかと。まだ過去と冷静に向き合えない自分がいて驚きました。

(中編は8月31日配信予定!)

【関連記事】

作家が小説で「不倫」を描く理由 「いけないと分かっていてもおちる恋もある」
「アニメプロデューサー」という仕事は“危ない人”ほど向いている