マツコ・デラックスは、なぜ出たくなかった『SWITCH』のインタビューを受けたのか?
「今だから、木村拓哉さんの特集を『アウトローへの道』というタイトルで仕掛けたんです。
木村拓哉という一人の人間が、これからどういう風に生きていくのかという興味を持っています。だからこそこの後、彼にどうインタビューしていくのか。どう話を聞いていくのかというところが鍵になるでしょう」
これは、『SWITCH』と『Coyote』(いずれもスイッチ・パブリッシング刊)の編集長である新井敏記氏がインタビューの中で語った言葉だ。
7月20日発売の『SWITCH Vol.34 No.8』では、木村拓哉が表紙を飾っている(残念ながらネット上では表紙が見られないので、ぜひ書店で見てみてほしい)。8月14日に年内をもっての解散を発表したSMAP。その騒動を通して、彼に対して厳しい批判の声があがっているのも事実だ。
『SWITCH』はインタビューを軸にしたカルチャー誌であり、時代を映し出す表現者たちの言葉を届ける雑誌だ。木村拓哉がそこで何を語るのか、『SWITCH』がどんな言葉を彼から引き出すのかというところが気になるのだ。
■マツコ・デラックスは、なぜ出たくなかった『SWITCH』のインタビューを受けたのか?
『SWITCH』のインタビュー特集は、時に普通のインタビューとは一線を画することを平気でやってしまう。突き抜けたものが多いのだ。
例えば、今年4月発売の『SWITCH Vol.34 No.5』では、一般誌としては初めてマツコ・デラックスを表紙に起用した。ところが、その中を読んでみると、いきなりマツコ・デラックスが『SWITCH』を「エセ・アバンギャルド雑誌」と言い放ち、新井編集長を「田舎者」と指摘する。なんだ、これは。新井編集長も、「その評価に言い返す言葉が見つからない。まさに的を得、正しく思えた」と認めている。
雑誌には出ないマツコ・デラックスが、なぜ新井編集長のインタビューに応じたのか。緊迫する空気をそのままに残しているこの特集は一体どのようにして生まれたのか。
◇ ◇ ◇
――『SWITCH Vol.34 No.5』では、マツコ・デラックスさんに7時間ものロングインタビューを行ったそうですが、マツコさんはあまり雑誌のインタビューを受けない方です。新井編集長はどのようにアプローチをされていったのですか?
新井:まずは手紙を書いて、自分の聞きたいことを伝えます。そこで断られるわけですが、マツコさんは誠実な方ですから、断るにも会って断ってくださるんです。でもお会いすると、魅力的な方なのでどんどん話は弾んで、また新たに聞きたいことが生まれます。
そこで次にもう一度会ってくださいとお願いをすると、会ってくれる。その繰り返しでいつの間にかインタビューが成立していったんです。
最初は「嫌です」と言われていたけど、断られるところから書くことで、マツコさんは認めてくれた。「勝手にしなさい。でも私は悪口も言うからね」というように。自分にとってはその過程がとても面白く思えた。怒られて、悪口を言われながらも、マツコさんの独特の示し方があった。僕はマツコさんの人に対する誠実さを見たのです。その濃密な時間をなるべく忠実に再現したいと思ったんです。
マツコさんはもともと雑誌編集者ですし、雑誌が本当に好きな方です。編集者として目は確かで、『SWITCH』を「エセ・アバンギャルド」と批判されても、どこか愛情があってこちらは何も言い返せない。それはマツコさんが『SWITCH』を嫌いといいながらも長く読んでいてくれたからなんです。
――マツコさんは『SWITCH』をちゃんと読んでいて、その上で批判をされていますよね。ただ、その批判をそのまま誌面に載せてしまうことも、率直に驚きました。
新井:もちろんカットした部分も多いのですが、批判そのものを受け入れて、その批判に対して自分がどう答えていくか、それはインタビューの一つの醍醐味だったと思います。単なる言葉の表層をなぞるのではなく、厳しい言葉の行間にあるマツコさんの優しさをどう伝えるか。僕にとってのこのインタビューの核でした。
何十年も生きてきた一人の人間の歴史は、1時間、2時間ではわかるわけがないんです。表から見えない年輪があるもので、その部分を深く知りたい。そういう気持ちで僕が質問すると、それにマツコさんが付き合ってくれる。ちゃんと原稿もチェックして、赤字を入れるんです。「何でこんなこと書いてあるのよ!言ってないじゃない!」とやりとりを重ねながら。まさに共同作業ですね。
マツコさんは雑誌編集者だったこともあって、「語り言葉」と「書き言葉」は違うということを知っています。編集者の役目は「語り言葉」をトランジットして「書き言葉」に換えて読者に伝えることですから、そのフィルターの通し方について、やりとりをしていた部分もあります。
インタビューは表現者とどのようにセッションするかによって、大きく変わります。一方通行だとつまらなくなるだけです。何度も会って話を聞く中で、新しい発見を見つけて、それを絶えずインタビュイーに聞いていく。そういう積み重ねがあって関係が深まっていくんですよ。
◇ ◇ ◇
「表現者とセッションする」という表現は、マツコ・デラックスを表紙に据えた『SWITCH Vol.34 No.5』を読めばわかるはずだ。
■「この人だったら話してもいい、という人になる」
新井編集長はインタビューの名手である。それは揺るぎない事実であるのだが、なぜこんなにも表現者の言葉を引き出すことができるのだろうか。
私自身、インタビュアーとして誰かに話を聞きにいく機会は多いが、本音を言ってもらったり、自分だけに語ってくれるような話を引き出すのはとても困難だ。それが特にメディアを通じて多くの人の目に触れるとなれば、なおさら相手は身構えてしまう。
◇ ◇ ◇
――インタビュアーとして相手のお話を聞く際に、どんなことを念頭に置かれているのですか?
新井:僕はインタビューで、相手から大事な言葉をもらいたい。僕にしか言わない言葉を引き出して、僕しか聞けないことを聞きたいと思っています。
例えば意図的に相手を怒らせて本音を話してもらうという手法があるけれど、それは映像向けの方法論です。怒らせてしまえば、深く話を聞くための濃密な時間はなくなってしまうだろうし、怒った様子を書いても何も引き出せていなければそのインタビューは失敗です。
この人だったら大事なことを話せるという存在になることが、インタビュアーの一番の喜びだと思います。そこには信頼が必要で、怒らせても信頼は得られませんよね。
――信頼を得られるにはどうすればいいのでしょうか。
新井:本当に思っていることを伝える。その人のことを誰よりも深く勉強して、知る。そして誰よりも深く、斬新な企画を出す。その繰り返しだと思います。
インタビューは「氷山の論理」と一緒です。言葉として表出してくる部分はわずかですが、水面下には、外からは見えない大きな氷の塊があるんです。つまり、膨大な時間をかけて得た情報が蓄積されていないといけない。それはインタビュアーとして最低限、クリアしておかないといけない部分だと思います。
◇ ◇ ◇
もう一つ、新井編集長の言葉の中で繰り返し出てきたことが「何度も会う」ということだ。マツコ・デラックスのインタビューは何度も会うことによってその誌面が構成されていった。
何度も会うことで、新しい発見を繰り返していく。
そんな新井編集長の言葉を体現しているのが、『SWITCH』とともに編集長を務める『Coyote』である。その最新号となるVol.59では、没後20年を迎えた写真家・星野道夫を特集している。
新井編集長はかねてより星野道夫からの強い影響を公言しているが、それは一体なぜなのだろうか?
(後編へ続く)
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木村拓哉という一人の人間が、これからどういう風に生きていくのかという興味を持っています。だからこそこの後、彼にどうインタビューしていくのか。どう話を聞いていくのかというところが鍵になるでしょう」
これは、『SWITCH』と『Coyote』(いずれもスイッチ・パブリッシング刊)の編集長である新井敏記氏がインタビューの中で語った言葉だ。
『SWITCH』はインタビューを軸にしたカルチャー誌であり、時代を映し出す表現者たちの言葉を届ける雑誌だ。木村拓哉がそこで何を語るのか、『SWITCH』がどんな言葉を彼から引き出すのかというところが気になるのだ。
■マツコ・デラックスは、なぜ出たくなかった『SWITCH』のインタビューを受けたのか?
『SWITCH』のインタビュー特集は、時に普通のインタビューとは一線を画することを平気でやってしまう。突き抜けたものが多いのだ。
例えば、今年4月発売の『SWITCH Vol.34 No.5』では、一般誌としては初めてマツコ・デラックスを表紙に起用した。ところが、その中を読んでみると、いきなりマツコ・デラックスが『SWITCH』を「エセ・アバンギャルド雑誌」と言い放ち、新井編集長を「田舎者」と指摘する。なんだ、これは。新井編集長も、「その評価に言い返す言葉が見つからない。まさに的を得、正しく思えた」と認めている。
雑誌には出ないマツコ・デラックスが、なぜ新井編集長のインタビューに応じたのか。緊迫する空気をそのままに残しているこの特集は一体どのようにして生まれたのか。
◇ ◇ ◇
――『SWITCH Vol.34 No.5』では、マツコ・デラックスさんに7時間ものロングインタビューを行ったそうですが、マツコさんはあまり雑誌のインタビューを受けない方です。新井編集長はどのようにアプローチをされていったのですか?
新井:まずは手紙を書いて、自分の聞きたいことを伝えます。そこで断られるわけですが、マツコさんは誠実な方ですから、断るにも会って断ってくださるんです。でもお会いすると、魅力的な方なのでどんどん話は弾んで、また新たに聞きたいことが生まれます。
そこで次にもう一度会ってくださいとお願いをすると、会ってくれる。その繰り返しでいつの間にかインタビューが成立していったんです。
最初は「嫌です」と言われていたけど、断られるところから書くことで、マツコさんは認めてくれた。「勝手にしなさい。でも私は悪口も言うからね」というように。自分にとってはその過程がとても面白く思えた。怒られて、悪口を言われながらも、マツコさんの独特の示し方があった。僕はマツコさんの人に対する誠実さを見たのです。その濃密な時間をなるべく忠実に再現したいと思ったんです。
マツコさんはもともと雑誌編集者ですし、雑誌が本当に好きな方です。編集者として目は確かで、『SWITCH』を「エセ・アバンギャルド」と批判されても、どこか愛情があってこちらは何も言い返せない。それはマツコさんが『SWITCH』を嫌いといいながらも長く読んでいてくれたからなんです。
――マツコさんは『SWITCH』をちゃんと読んでいて、その上で批判をされていますよね。ただ、その批判をそのまま誌面に載せてしまうことも、率直に驚きました。
新井:もちろんカットした部分も多いのですが、批判そのものを受け入れて、その批判に対して自分がどう答えていくか、それはインタビューの一つの醍醐味だったと思います。単なる言葉の表層をなぞるのではなく、厳しい言葉の行間にあるマツコさんの優しさをどう伝えるか。僕にとってのこのインタビューの核でした。
何十年も生きてきた一人の人間の歴史は、1時間、2時間ではわかるわけがないんです。表から見えない年輪があるもので、その部分を深く知りたい。そういう気持ちで僕が質問すると、それにマツコさんが付き合ってくれる。ちゃんと原稿もチェックして、赤字を入れるんです。「何でこんなこと書いてあるのよ!言ってないじゃない!」とやりとりを重ねながら。まさに共同作業ですね。
マツコさんは雑誌編集者だったこともあって、「語り言葉」と「書き言葉」は違うということを知っています。編集者の役目は「語り言葉」をトランジットして「書き言葉」に換えて読者に伝えることですから、そのフィルターの通し方について、やりとりをしていた部分もあります。
インタビューは表現者とどのようにセッションするかによって、大きく変わります。一方通行だとつまらなくなるだけです。何度も会って話を聞く中で、新しい発見を見つけて、それを絶えずインタビュイーに聞いていく。そういう積み重ねがあって関係が深まっていくんですよ。
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「表現者とセッションする」という表現は、マツコ・デラックスを表紙に据えた『SWITCH Vol.34 No.5』を読めばわかるはずだ。
■「この人だったら話してもいい、という人になる」
新井編集長はインタビューの名手である。それは揺るぎない事実であるのだが、なぜこんなにも表現者の言葉を引き出すことができるのだろうか。
私自身、インタビュアーとして誰かに話を聞きにいく機会は多いが、本音を言ってもらったり、自分だけに語ってくれるような話を引き出すのはとても困難だ。それが特にメディアを通じて多くの人の目に触れるとなれば、なおさら相手は身構えてしまう。
◇ ◇ ◇
――インタビュアーとして相手のお話を聞く際に、どんなことを念頭に置かれているのですか?
新井:僕はインタビューで、相手から大事な言葉をもらいたい。僕にしか言わない言葉を引き出して、僕しか聞けないことを聞きたいと思っています。
例えば意図的に相手を怒らせて本音を話してもらうという手法があるけれど、それは映像向けの方法論です。怒らせてしまえば、深く話を聞くための濃密な時間はなくなってしまうだろうし、怒った様子を書いても何も引き出せていなければそのインタビューは失敗です。
この人だったら大事なことを話せるという存在になることが、インタビュアーの一番の喜びだと思います。そこには信頼が必要で、怒らせても信頼は得られませんよね。
――信頼を得られるにはどうすればいいのでしょうか。
新井:本当に思っていることを伝える。その人のことを誰よりも深く勉強して、知る。そして誰よりも深く、斬新な企画を出す。その繰り返しだと思います。
インタビューは「氷山の論理」と一緒です。言葉として表出してくる部分はわずかですが、水面下には、外からは見えない大きな氷の塊があるんです。つまり、膨大な時間をかけて得た情報が蓄積されていないといけない。それはインタビュアーとして最低限、クリアしておかないといけない部分だと思います。
◇ ◇ ◇
もう一つ、新井編集長の言葉の中で繰り返し出てきたことが「何度も会う」ということだ。マツコ・デラックスのインタビューは何度も会うことによってその誌面が構成されていった。
何度も会うことで、新しい発見を繰り返していく。
そんな新井編集長の言葉を体現しているのが、『SWITCH』とともに編集長を務める『Coyote』である。その最新号となるVol.59では、没後20年を迎えた写真家・星野道夫を特集している。
新井編集長はかねてより星野道夫からの強い影響を公言しているが、それは一体なぜなのだろうか?
(後編へ続く)
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