「納豆」でアジアの辺境民族と仲良しに!? 食べ物の力の偉大さとは
『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』(新潮社刊)でアジアの辺境地域に広がる謎を追いかけているノンフィクション作家・高野秀行さん。
日本の伝統食だと思われがちな納豆が、アジアの辺境地域の少数民族の間でも日常的に食べられていることを発見したことから始まり、あまりにも深すぎる納豆紀行が展開されています。
タイ、ミャンマー、ラオスの一帯から始まり、ブータンやネパール、中国から日本へ。飽くなき納豆の探究の旅の果てに見つけたものとは…? 高野さんにとってはこれまで行った場所の再訪が多かったという「センチメンタルジャーニー」の全貌と、アジア納豆の奥深さについてお話をうかがいました。今回はその2回目です。
(取材・文:金井元貴、写真:山田洋介)
■取材は海外よりも日本の方がキツイ
―普段は紛争地域や危険地域に行かれることも多いですが、納豆紀行は今までの旅とどういうところが違いましたか?
高野:大きな違いは、納豆に関する取材だと言うと誰も警戒しないことですね(笑)。ソマリアなどソマリ人のエリアでは「スパイじゃないか?」と疑われることがあるし、警戒されることが多いんですけど、今回は「納豆?なんでこんなものを調べているんだ?」って不思議がられるだけですね。
でも、納豆は彼らが日常的に食べているものでしょ。それが自分の民族以外でも食べられていることを知ると、自然と打ち解けられるんですよ。
―自分が普段よく食べているものを、相手も好きだといってくれたら嬉しいですよね。
高野:そうそう。それと同じですよ。日本人も外国人に「納豆のことが知りたい。納豆大好きです」といわれたら嬉しいですよね。だからこんなに取材が楽しかったことはなかなかないですよ。
―逆に大変だったことはなんですか?
高野:日本での取材が多かったことかな(笑)。
―日本の方が大変なんですか。
高野:日本での取材は、特に地方だと純粋にお金がかかるんです。東南アジアやネパールなんかは全くお金がかからないですよ。宿泊代も食費も交通費も大したことない。レンタバイクも一日、数百円程度。日本だと交通費はバカにならないし、取材先でレンタカーも借りないといけない。安い宿もなかなかないし…。
あとは、(日本の場合)取材をするときはアポ取りから始めなきゃいけないですからね(笑)
―そこですか!
高野:そこなんですよ。外国だと成り行きでどんどんいっちゃうことが多くて、市場で珍しい納豆を見つければ、すぐに作っている人に会いに行って、「納豆作りを見せてくれ」と言えばそれで見せてくれる。「こんな人がいるよ」と聞けば、その日が無理でも次の日にすぐに行けちゃうわけです。
日本の場合、まずスーパーで納豆を買って、良い納豆だから作り手のところに行って見せてほしいといっても、見せてくれるものでもありませんよね。だから、ちゃんと手順を踏んで取材しに行く。これだと旅にならないんです。仕事って感じで。
―起こり得ることが想像できてしまう。
高野:それはきついです。あとは効率的に(取材先を)まわろうとしてしまうんですよね。それでも僕は家族旅行といって無理やり遊びにしましたけれど(笑)
■辺境人たちがすべきは減塩運動?
―高野さんが納豆旅行の末に行き着いたのが、日本の岩手県西和賀町で作られている「雪納豆」でした。
高野:日本の納豆は後半に出てきますが、これはアジアの納豆を調べて行くうちに、日本の納豆はどうだろうと思って調べ始めたという時系列通りの流れですね。
最後の「雪納豆」は世界的に見てもすごく変わった作り方をしています。納豆はある程度の温度がないと発酵しないんですよ。でも、それを雪の中に入れるわけで、冷やしているんですよね。それが謎。また、ぜひこの本を読んでほしいのですが、作り方もかなり特徴的です。
―「雪納豆」に辿り着いたところで、この本は終わっていますが…
高野:ところが最近知ったのですが、新潟の山古志村でも雪納豆が作られてあるという話を耳にしたんです。20年前にNHKが取材をして放送しているそうなんですよ。しかも、こちらもかなり独特な作り方をしていて、僕も取材をしなくちゃいけないなと思っています。
―次々と新しい発見が出てきますね。
高野:アジアはもちろん日本でもそうですが、納豆って研究している人がすごく少ないんです。だから、研究者でも納豆専門でやっている人はそうそういないし、微生物学の中における納豆菌の作用みたいなことは詳しくても、文化や歴史まで知っている人はいません。
歴史もすごく面白くて、日本の場合、幕末までは今のような納豆をそのままごはんにかけて食べるのではなく、納豆汁が一般的だったようです。日本でも食べ方のバリエーションがあったはずで、そういうところとミャンマーや首狩りのナガ族の料理と比較すると面白みが出てくるんですよね。
―納豆は日本だと健康食品として認識されていますが、アジアの辺境地域でも「健康に良いもの」という認識があるのでしょうか。
高野:全然ないですね。むしろ「納豆の食べ過ぎには注意しろ」と何度か言われました。
というのも、向こうの納豆、特に生で食べる場合は塩辛いことが多くて、日本だと一時代前の味噌みたいな感じです。日本ではその後、減塩運動があったりして、高血圧を抑えようという風潮が出てきましたけど、アジアの納豆民族の中にもまさに同じような状況になっているところがあるんです。
―それは意外です(笑)。
高野:冷蔵庫のない場所で保存食にするためには、しょっぱい味付けにしないといけないんですよね。でも、納豆に注意というよりは、塩に注意しないといけないわけで(笑)、減塩運動をしないといけないと私はいつも言っていましたよ。
(第3回は後日配信予定!)
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(取材・文:金井元貴、写真:山田洋介)
―普段は紛争地域や危険地域に行かれることも多いですが、納豆紀行は今までの旅とどういうところが違いましたか?
高野:大きな違いは、納豆に関する取材だと言うと誰も警戒しないことですね(笑)。ソマリアなどソマリ人のエリアでは「スパイじゃないか?」と疑われることがあるし、警戒されることが多いんですけど、今回は「納豆?なんでこんなものを調べているんだ?」って不思議がられるだけですね。
でも、納豆は彼らが日常的に食べているものでしょ。それが自分の民族以外でも食べられていることを知ると、自然と打ち解けられるんですよ。
―自分が普段よく食べているものを、相手も好きだといってくれたら嬉しいですよね。
高野:そうそう。それと同じですよ。日本人も外国人に「納豆のことが知りたい。納豆大好きです」といわれたら嬉しいですよね。だからこんなに取材が楽しかったことはなかなかないですよ。
―逆に大変だったことはなんですか?
高野:日本での取材が多かったことかな(笑)。
―日本の方が大変なんですか。
高野:日本での取材は、特に地方だと純粋にお金がかかるんです。東南アジアやネパールなんかは全くお金がかからないですよ。宿泊代も食費も交通費も大したことない。レンタバイクも一日、数百円程度。日本だと交通費はバカにならないし、取材先でレンタカーも借りないといけない。安い宿もなかなかないし…。
あとは、(日本の場合)取材をするときはアポ取りから始めなきゃいけないですからね(笑)
―そこですか!
高野:そこなんですよ。外国だと成り行きでどんどんいっちゃうことが多くて、市場で珍しい納豆を見つければ、すぐに作っている人に会いに行って、「納豆作りを見せてくれ」と言えばそれで見せてくれる。「こんな人がいるよ」と聞けば、その日が無理でも次の日にすぐに行けちゃうわけです。
日本の場合、まずスーパーで納豆を買って、良い納豆だから作り手のところに行って見せてほしいといっても、見せてくれるものでもありませんよね。だから、ちゃんと手順を踏んで取材しに行く。これだと旅にならないんです。仕事って感じで。
―起こり得ることが想像できてしまう。
高野:それはきついです。あとは効率的に(取材先を)まわろうとしてしまうんですよね。それでも僕は家族旅行といって無理やり遊びにしましたけれど(笑)
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―高野さんが納豆旅行の末に行き着いたのが、日本の岩手県西和賀町で作られている「雪納豆」でした。
高野:日本の納豆は後半に出てきますが、これはアジアの納豆を調べて行くうちに、日本の納豆はどうだろうと思って調べ始めたという時系列通りの流れですね。
最後の「雪納豆」は世界的に見てもすごく変わった作り方をしています。納豆はある程度の温度がないと発酵しないんですよ。でも、それを雪の中に入れるわけで、冷やしているんですよね。それが謎。また、ぜひこの本を読んでほしいのですが、作り方もかなり特徴的です。
―「雪納豆」に辿り着いたところで、この本は終わっていますが…
高野:ところが最近知ったのですが、新潟の山古志村でも雪納豆が作られてあるという話を耳にしたんです。20年前にNHKが取材をして放送しているそうなんですよ。しかも、こちらもかなり独特な作り方をしていて、僕も取材をしなくちゃいけないなと思っています。
―次々と新しい発見が出てきますね。
高野:アジアはもちろん日本でもそうですが、納豆って研究している人がすごく少ないんです。だから、研究者でも納豆専門でやっている人はそうそういないし、微生物学の中における納豆菌の作用みたいなことは詳しくても、文化や歴史まで知っている人はいません。
歴史もすごく面白くて、日本の場合、幕末までは今のような納豆をそのままごはんにかけて食べるのではなく、納豆汁が一般的だったようです。日本でも食べ方のバリエーションがあったはずで、そういうところとミャンマーや首狩りのナガ族の料理と比較すると面白みが出てくるんですよね。
―納豆は日本だと健康食品として認識されていますが、アジアの辺境地域でも「健康に良いもの」という認識があるのでしょうか。
高野:全然ないですね。むしろ「納豆の食べ過ぎには注意しろ」と何度か言われました。
というのも、向こうの納豆、特に生で食べる場合は塩辛いことが多くて、日本だと一時代前の味噌みたいな感じです。日本ではその後、減塩運動があったりして、高血圧を抑えようという風潮が出てきましたけど、アジアの納豆民族の中にもまさに同じような状況になっているところがあるんです。
―それは意外です(笑)。
高野:冷蔵庫のない場所で保存食にするためには、しょっぱい味付けにしないといけないんですよね。でも、納豆に注意というよりは、塩に注意しないといけないわけで(笑)、減塩運動をしないといけないと私はいつも言っていましたよ。
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