なぜ、富裕層の子は下町の子より運動能力が高いのか?

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■小学生の体力「良好」率 中央区53.5%、荒川区29.2%

東京都は毎年、独自の体力テストを実施しています。『東京都児童・生徒体力・運動能力、生活・運動習慣等調査』で、対象は都内の公立学校の全児童・生徒です。

こういう調査をやっている自治体は他にもありますが、東京都では、結果が市区町村別に公表されています。競争を煽るなどの理由から、地域別や学校別の結果公表は控えられるものですが、東京都は情報の公開に積極的です。

興味本位で都内23区の結果を整理してみたところ、「おや?」という傾向が出てきました。今回は、それをご報告しようと思います。

東京都の体力テストは、8種目(握力、上体起こし、反復横とび、50m走、立ち幅とび、など)の記録から合計点を出し、それをもとに5段階の総合評価(A〜E)をつける形式です。私は、区切りのいい10歳という年齢の小学校4年生に注目し、そのうち男子のAもしくはBの評価を得た児童の割合を見てみました。

はて、良好な評価を得た児童の割合は、地域によってどれほど異なるか。

2013年度の都内23区のA・B評価率をみると、最高は中央区の53.5%、最低は荒川区の29.2%となっています。両者では、20ポイント以上も開いています。

これは両端ですが、都内23区の小4男子のA・B評価率を地図で表現してみましょう。図1は、4つの階級を設けて各区を塗り分けたものです。大都市・東京の子どもの体力地図をご覧ください。

都心の色が濃くなっています。

都心では、体育の授業を屋上でやっている学校も少なくないと聞きますが、ちょっと意外です。私は、公園などの遊び場が多い周辺の区で、子どもの体力は高いと思っていましたが、そういう条件とは関連していません。

■富裕層が多い中央区、港区の子は「頭も運動も上」

関連しているのは、住民の平均年収です。

濃い色のゾーンには、タワーマンションが林立する中央区、六本木ヒルズの港区など、富裕層が多い区が含まれています。横軸に平均世帯年収、縦軸に小4男子の体力成績をとった座標上に、都内23区を配置すると、図2のようになります。各区の平均世帯年収は、2013年の総務省『住宅土地統計調査』のデータから計算しました。

平均世帯年収が高い区ほど、子どもの体力が高い傾向にあります。相関係数は+0.7482で、1%水準で有意です。

学力と家庭の経済力がリンクしていることはよく知られていますが、体力もそうであることがうかがわれます。学力は、通塾の費用を負担できるか、落ち着いて勉強できる環境があるか、といった条件によるでしょう。体力も、幼少期よりスポーツクラブに通える子どもが有利になるのかもしれません。こちらも結構な費用がかかるそうですし。

サンマ(時間、空間、仲間)の減少により、子どもの外遊びが減っている(できなくなっている)といいます。東京のような大都市では、とくにそうです。子どもを狙った犯罪が多発しているので、児童だけでの外遊びを禁止している小学校もあると聞きます。こういう状況の中、子どもが体を動かす機会を人為的に用意できる家庭が有利になるということでしょうか。

■東京都が今すべき「頭と体の格差」解消策

データでみても、スポーツの習い事や運動の実施率は、家庭の年収と相関しています。図3は、そのグラフです。登山・ハイキングは、学校の遠足などによるものは除きます。

ご覧のように、右上がりの傾向がみられます。スポーツの習い事の代表格は水泳ですが、それをしている12歳児の割合は、年収200万未満の家庭では9.5%ですが、年収800万以上では15.6%となっています。

家族ぐるみの登山やハイキング実施率も階層によって異なるようで、年収300万未満の家庭では9.7%、年収1500万以上では21.6%と、倍以上の差があります。こうみると、図1の地図の模様もうなづけます。

家庭環境とリンクした学力格差はよく知られていますが、体力格差の問題にも注意を払う必要がありそうです。サンマ(時間、空間、仲間)の減少により、子どもの自発的な外遊びが減っている(難しくなっている)のですが、3つの「間」のうちの「空間」は、公的に用意する努力がなされるべきでしょう。

学校教育法第137条は、「学校の施設を社会教育その他公共のために、利用させることができる」と定めていますが、こうした学校開放を進めるのも、一つの策です。土日や祭日、広い校庭や体育館をガラガラにしておくのはもったいない。

開放時間中の管理は、地域住民の協力を得てもよいでしょう。これから先、自地域で余暇を過ごす退職高齢者などが増えてきます。その中には、教員OBなど、教育に関する識見を持った人材もいるかと思います。近年、学校と地域社会の連携の必要がいわれていますが、今述べたことも、その具体的な姿のひとつといえるでしょう。

また、子どもの体力と家庭環境の関連に関する実証データの提示も求められます。ここでお見せしたのは、地域単位、それも東京都内23区という局地のデータです。それがどれほど一般性(普遍性)を持つかと問われたら、心もとないものがあります。

2013年度の全国学力テストでは、対象児童・生徒の家庭環境も調査され、年収が高い家庭の子どもほど教科の正答率が高いという、衝撃の事実が明らかになりました。

全国体力テストでも、同じ分析がなされることを希望します。大規模な個票データにて、家庭の経済力と体力の関連が実証されれば、体力格差の解消に向けた政策を支持するエビデンスになるでしょう。

なお、学力格差や体力格差に加えて、健康格差という現象もあります。子どもの健康不良も、家庭の経済力と関連している可能性があります。この点についても、回を改めてデータを紹介しようと思います。

(武蔵野大学、杏林大学兼任講師 舞田敏彦=文 )