「競合他社への転職」で法的な問題とは何か
「転職活動をする前に知っておきたい法的ポイント」とは?(写真:kokouu / iStock)
こんにちは、弁護士の宮川舞です。「なんとなくアリかナシかはわかるんだけど、実際のところ法的にはどうなの?」という話題を取り上げていくこのシリーズ。近年の景気回復を受け求人数が増えている中、今こそ転職のチャンスか?と考えている方も多いかと。今回は、「転職活動をする前に知っておきたい法的ポイント」です。
「これまでの知識・経験を活かして転職を」と考えた場合、転職先の有力な候補として、同業他社、つまり競合会社が挙がりますよね。
労働者は、会社に在籍している間は会社に対し、会社と競合する会社に就職したり、競合する会社を自ら設立したりするなどの競業行為を行ってはならないという義務、つまり競業避止義務を負っています。
「職業選択の自由」があるが…
じゃあ退職後はどうなのか?というと、退職後は、原則として競業避止義務は負いません。つまり、競合会社への転職はできます。労働者には、憲法上職業選択の自由があるからです。
ですが、原則があるということは例外があります。例外として、転職前の会社との間で、退職後の競業避止の誓約書を出したり合意書を交わしたりした場合には、退職後も競業避止義務を負います。
ちなみに、退職に際し、退職後の競業避止の誓約書や合意書にサインをする義務はないので、サインをするかどうかは慎重に検討してくださいね。
ただし、就業規則の中に「退職後の競業避止義務規定」がある場合は、それは労働者と会社の契約内容になります。「競業避止義務に関する誓約書や合意書にサインしていないから大丈夫!」とは限らないので、転職前の会社の就業規則はチェックしましょう。
就業規則や誓約書などから見て、転職前の会社に対してあなたが退職後も競業避止義務を負う形になっている場合、「競合会社にいっさい転職ができないのか? 競合会社に転職すると競業避止義務違反と言われて訴えられちゃうのか?」というと、そうとは限りません。
前記のとおり、労働者には憲法上職業選択の自由があり、一方で、会社にはその会社独自の技術、ノウハウ、顧客情報といった営業上の財産を守る必要があります。この両者のバランスを取るため、裁判では、「無制限の競業避止義務は労働者にひどすぎるから無効。ただし、労働者の地位や業務内容からして競業避止の必要性が高いケースで、競業避止義務の内容を限定している場合や競合を制限することの代償措置を取っている場合には、競業避止義務は有効」といった判断がされることが多いです。
会社の機密情報その他の重要な情報を扱う部署に在籍していた人や、会社の経営戦略等重要な内容を知る職位にあった人は「競業避止の必要性が高い人」といえますね。また、会社が相当の費用や労力をかけた営業活動を行って得た顧客を担当していた営業部門の人も、競業避止の必要性が高い人と判断される可能性がありますが、こういった事情がない人は、競合会社への転職だけで競業避止義務違反として訴えられることは通常ないと思いますよ。
「競業避止の必要性が高い人」は要注意
競業避止の必要性が高い人は、ちょっと注意が必要です。競業避止の必要性が高い人に対する具体的な競業避止義務が有効となるかどうか、といった判断については個別的な検討が必要になるので、気になる方は専門家に相談してみてくださいね。
競合会社としてはライバル会社の営業秘密を知りたいところでしょうが、転職前の会社の顧客情報などの営業秘密を無断で持ち出すのは、競業避止義務違反の問題とは別に、不正競争防止法違反として刑事罰の対象となったり、損害賠償請求をされたりする可能性がありますので、要注意です。
さて、転職が無事できたとして、転職者は、即戦力として結果を出すことを期待されることが多いです。転職先の会社が過剰な期待をしていた場合、会社が「中途採用したはいいけど、期待していた能力が不足している」と考えることもありえます。
中途採用者は能力不足を理由に解雇できるのでしょうか。新卒の場合とは解雇の基準は違うのか? 上級経営コンサルタント、会計法人の税務アドバイザー、上級システムエンジニアなどの専門職や管理職や「営業部長」などの特定の職位としての中途採用といった、各種キャリアを見込まれての比較的高待遇での中途採用(以下、キャリア中途採用)の能力不足による解雇については、裁判では、それ以外の解雇、たとえば新卒採用者の能力不足による解雇と比べて、多少緩やかに、つまり会社側に有利に判断されているといえます。
中途採用の中でも特にキャリア中途採用の場合、基本的に会社はほかの職位への配置転換は予定していません。こういった実態を踏まえ、キャリア中途採用者の能力不足を理由とする解雇が争われる裁判では、「会社には、別の職種や下位の職位への配置転換などといった方法での解雇回避措置義務まではない」という判断がなされたり、能力の有無の判断についても、「中途採用時の地位・職位に通常要求される能力を有しているかを検討すれば足りる」という判断がなされたりする結果、中途採用時の地位・職位に通常要求される能力の不足を理由とする解雇が認められやすい傾向があります。
加えて、労働条件を記載した書面に、具体的な「中途採用後に達成すべき成績の数字」といった数値条件が書かれていると、それを達成できなかった場合に能力不足と判断されるリスクは高まります。
納得できない書類は受け取らない
キャリアを活かしての転職には、華々しい面だけでなく上記のようなシビアな面もあります。転職時には、過剰な数値条件が記載されていないか、労働条件を記載した書類の内容を詳しくチェックすることをお勧めします。転職交渉時の条件よりも過剰な数値条件が記載されているような場合は、当該条件が記載されている書類は受け取らず、交渉して自分で納得できる内容に変更してもらってから受け取るなりサインをしましょう。
最後に、基本中の基本。法律上、使用者(雇用主)は労働者に対して、賃金、労働時間そのほかの労働条件を明示しなければなりません。その明示のパターンとしては、使用者(雇用主)と労働者双方で結ぶ「雇用契約書」の場合、「労働条件通知書」という使用者(雇用主)からの通知書類の場合、両方の場合、が主なものです。「転職交渉時のときと話が違う」といったトラブルが起こらないよう、労働条件を明示した書類は必ず会社からもらうようにしましょう。