金正恩氏

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9日に投開票された韓国の大統領選で、議会最大勢力「共に民主党」の文在寅氏が当選。10日、第19代大統領に就任し、公務をスタートした。

注目された就任演説の内容は、「国民すべての大統領になる」「機会は平等、過程は公正、結果は正義を期す」と訴える、国内向けメッセージの強いものだった。今回の選挙が、朴槿恵前大統領の弾劾・罷免を受けた混乱の中でのものだっただけに、まずは妥当な内容と言えるだろう。

外交面では北朝鮮を念頭に「安全保障の危機を速やかに解決する」と強調。米国、中国、日本の訪問に意欲を示した上で、「条件が整えば平壌も訪れる」と語った。朝鮮半島の平和のために「私にできることはすべてやる」とも訴えた。

その一方、南北統一に向けた新時代をひらく、というような、大きな理想は語られなかった。

北朝鮮に「融和的」とも言われる文氏だが、北朝鮮問題が日々、難しさを増している現実を直視しているものと思われる。

スキャンダルに塗れて大統領の座から引きずり降ろされた朴氏だが、北朝鮮問題については重要な言葉を発してもいた。当初は南北統一への強い意欲を示しながらも、北朝鮮との安保危機を繰り返し経験しながら、徐々に北朝鮮国民の人権問題を優先するスタンスに変えた。昨年8月の光復節(解放記念日)の演説では、次のように語っている。

「北朝鮮当局はこれ以上、住民の基本的人権と最低限の人間的な生活を営む権利を無視すべきでないでしょう。 私たちは、北朝鮮当局の誤った選択のせいで苦しみの中にある、北朝鮮住民の惨状から目をそらさないでしょう。 今からでも、人類の普遍的価値を尊重し、国際的な義務と規範を遵守する正常な国際社会の一員となるよう願います」

自国民に対して暴虐な国家は、隣人にとって安全な存在とはなり得ない。人権を保障された北朝鮮国民のつくる、民主的な体制とのみ平和共存は可能である――朴氏がこのような結論に近づいていたのなら、それはまったく正しいと思う。

なぜなら、北朝鮮が核開発を強行し続けられるのは、金正恩氏が明確に「核武装した独裁者」を目指しているからであり、その陰で国民に多大な犠牲を強いながらも、世論の反発を受けて退陣させられる心配がゼロだからだ。国民が核開発への反対を唱えようものなら、軍隊に虐殺されるか、政治犯収容所で拷問され処刑されてしまう。

文氏は就任当日、さっそくトランプ米大統領と電話会談を行い、「韓米同盟が韓国の外交・安保の根幹」と述べた上で、北朝鮮の挑発抑止と核問題解決に向けたトランプ氏の姿勢を高く評価したという。

文氏は今後、このように関係各国とコミュニケーションしながら、平壌を訪問して金正恩党委員長と会談するための環境を整えていくものと思われる。

それはそれで結構なのだが、どのような道を進もうとも、文氏もまた、朴氏と同様に北朝鮮の人権問題という深刻な課題にどこかでぶち当たるはずだ。ぶち当たらないならば、それは間違った道でもあるとも言える。

政治犯収容所に象徴される北朝鮮の人権蹂躙は、「この世の地獄」とも言われるほど凄惨なものだ。そこから目をそむけたままでは、朝鮮半島の安保問題を本質的に解決することはできず、つまりは韓国大統領としての使命を果たせないことになる。

(参考記事: 謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態…元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」

いま、金正恩氏がもっとも嫌うのは、人権問題で責任追及を受けることだ。だから文氏は北朝鮮との対話を優先するため、人権問題への言及に消極的になるかもしれない。

しかしそれでは、安保危機解消のため近道を行くように見えて、結局は遠回りになってしまうのだ。

人権弁護士として名をはせた文氏が、北の同胞の人権から目を逸らすようなことがあっては絶対にならない