『ファイナルガール』藤野可織/扶桑社

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昨年の芥川賞受賞者・藤野可織の、『おはなしして子ちゃん』に続く短篇集『ファイナルガール』(扶桑社)が出た。
 『おはなしして子ちゃん』を読んだときも、ものすごく自由自在なことをやっている作家だなーと思ったんだけど、今回の『ファイナルガール』もまた、やりたい放題の短篇集だ。

・藤野作品としては珍しいヤングアダルト的な恋愛小説「大自然」
・どんどんエスカレートするストーカーの物語「去勢」
・映画館の屋上での奇妙なできごとを語る「プファイフェンベルガー」
・伊藤潤二のキュートでシュールなホラー漫画を思わせる「プレゼント」
・アンジェラ・カーターふうの男の子版赤ずきん譚「狼」
・ダルい日常に見えたものが語りのマジックで一転する「戦争」
・ハリウッドアクション映画を濃縮したかのような「ファイナルガール」
の7篇が収録されている。

冒頭の「大自然」を除き、すべてが「アッチェレランド&クレシェンド」で書かれている、と思った。
アッチェレランドとはイタリア語で、音楽用語ではテンポを次第に速めることを言う。略号accel.を見ればわかるとおり、自動車のアクセル(アクセレレイター)と関係のある語だ。
クレシェンドも音楽で使う。イタリア語で「だんだん強く」だ。直訳すると「増大しながら」ということで、フランス語で言うとクロワッサン。三日月型のあのパンをさす語は、満ちつつある(だんだん大きくなりつつある)月をさす語なのだ。

7篇中6篇が、冒頭あるいは中盤に、ある「傾向」を静かに提示したのち、その傾向(できごとなり、登場人物や作中世界の性質なり)がノンストップでエスカレートしつづける。そして最高潮になったときに短篇がぷつんと終わる。
だから前作『おはなしして子ちゃん』のなかでは「ピエタとトランジ」とか「ホームパーティーはこれから」が好きだった、て人には、ほぼ全篇これお好みの作品と言える。自信をもってお奨めできる。
でも藤野可織作品は、こういう構造やストーリーや語り口だけがおもしろいのではない。細部にイケてるフックみたいなものがあって、それがまたうまくこちらの興味に引っかかってくる。ふたつだけ紹介しよう。

ここで紹介するひとつ目のフックは4番目の短篇「プレゼント」の一節。主人公の小林は21歳で、5歳年下のガールフレンドがいる。小林が歯科医院に行く場面があって、そこに小林と同い年くらいの歯科助手が一瞬だけ出てくる。
この歯科助手はストーリーに直接関係ない、というかその後もう出てこない。そして、多くの人は以下の一節をさらっと読み直して、「あーそう、たんに登場人物がそう考えてるわけね」とさっさとつぎの行に読み進むだろう。

〈たいして美人ではなかったが、化粧や髪型の端々に、自分をかわいく見せようとする努力のあとがきちんと見える子だった。あの子はどんな私服を着ているのだろう。小林は、あんな子とつきあいたかった〉。

登場人物の感慨として読めばなんの変哲もない一節かもしれない。けどそれで済ますのはもったいない。
だってもし飲み会の席でだれかが〈化粧や髪型の端々に、自分をかわいく見せようとする努力のあとがきちんと見える子〉とつきあいたい、とか言い出したと想像してみてくださいよ。
そのあといろいろめんどくさい論議を呼びそうな、ときには激論に展開しそうな、そういう地雷なのですよこれは。努力ってなんだとか、かわいくの定義はなにかとか。あと一段上に立った感じで「そう言ってる男に見る目がない」って言う奴もいるよねきっと。見た目の話を見る目の話にすり替えんじゃねーよ。

もうひとつのフックは3番目の短篇「プファイフェンベルガー」の題名そのものだ。この短篇の語り手は俳優マイケル・プファイフェンベルガーの主演映画が大好き。

〈みんな、プファイフェンベルガーの映画をひとつやふたつは観ているはずだ。なのに、プファイフェンベルガーは軽んじられる傾向にある。プファイフェンベルガーのファンを公言する者は、もっと軽んじられる傾向にある〉。
自分が〈プファファン〉(マイケル・プファイフェンベルガーのファン)だなんて友だちに言うと、〈みんなに馬鹿にされる〉ので黙ってる。

わかるなー。僕も四半世紀以上プファファンだからね。「筋肉ムキムキの俳優が出てるあんなアクション映画が好きなの? ウケようと思って言ってる?」とか言われてきたよ。

〈プファイフェンベルガーは、あまりドアをふつうに開閉したりしない。車やトラックのドアなら、だいたいもぎ取って捨てる。座席をもぎ取ったこともある。そうでなければ体当たりしてぶち破る。あるいは、敵の体を投げ飛ばしてぶち破る〉
〈彼はものすごく殺した。殺して殺して殺して殺しまくった。ピストルや機関銃を乱射すると、おおむね命中した。敵の頭を鈍器で砕いた。首をひねり、切り裂き、のど笛を握りつぶした。四肢のどれかをやすやすと切断し、お腹をえぐった。パイプのようなもので宗を突き、貫通させた〉

そうだった。あのとき、貫通した太い金属パイプは敵の背中から突き出て、背後のボイラーかなんかに刺さった。敵の喉からは断末魔の唸りが、胸をつき出したパイプからは真っ白い蒸気が、噴き出したのだった。
〈成熟しきった男性であるにもかかわらず純潔であり、返り血で濡れそぼっているにもかかわらず無罪〉なプファイフェンベルガーを愛するものにとって、彼がデビュー前に〈イェール大学〉で〈ギリシャ彫刻〉で〈博士号〉を取得したこととか、功成り名遂げてから〈ホロコーストの生存者や遺族のための基金を設立してる〉こととか、そういう〈立派〉なところは、わりとどうでもいいことだったりするんだよね。

小説読んでいて怖くなったり、お腹がすいたり、ヤラしい気分になったり、人に親切にしたくなったりすることはあるけど、小説読んでいて近所のTSUTAYAに駆け込みたくなったのは、これが初めてだ。こんな素敵なフックが随処に埋め込まれた短篇集をほっとく手はないよなー。
(千野帽子)