野茂と清原のあの一騎打ちから20年。実はあの時……『漫画・うんちくプロ野球』
1994年のプロ野球のペナントレース終盤、同率首位で並んだ読売ジャイアンツと中日ドラゴンズが最終戦でセ・リーグ優勝を賭けてぶつかった、いわゆる「10・8決戦」から今年でちょうど20年が経つ。この試合を題材にした鷲田康の『10・8――巨人vs.中日 史上最高の決戦』は、第45回大宅壮一ノンフィクション賞の書籍部門(今回から雑誌部門とともに新設)の候補にあがっている。受賞作が決定するのは明日(4月3日)だが、はたして大宅賞初の野球ノンフィクションの受賞となるだろうか。
さて、20年前のプロ野球では、シーズン最終戦だけでなく、開幕戦でもドラマが生まれていた。それは1994年4月9日、パ・リーグの西武ライオンズと近鉄バファローズによる開幕戦でのこと。バファローズ先発の野茂英雄は最終回までライオンズ打線を無安打に封じ、史上初の「開幕戦ノーヒット・ノーラン」まであと3人に迫ったところで打席に清原和博を迎えた。その4年前のデビュー戦で清原からプロ初奪三振をとった野茂は、以後も彼とは何度となく名勝負を繰り広げてきたが、このときはどうだったのか。最近刊行された『漫画・うんちくプロ野球』所収のコラム「この一騎打ちがすごい」には次のように書かれている。
《この場面で野茂は、得意のフォークではなくストレートでの真っ向勝負にこだわり、結果、清原が二塁打を放って野茂の偉業を封じた》
なお、野茂はその後、1死満塁にまで追いこまれて降板。試合は伊東勤(現・千葉ロッテマリーンズ監督)の通算1000本安打となる逆転サヨナラ満塁本塁打により、4ー3でライオンズが勝利している。開幕戦での逆転サヨナラグランドスラムはプロ野球史上初であった。
先に引用した『漫画・うんちくプロ野球』は、井上コオのマンガのあいまに、監修者の小野祥之(野球古書店ビブリオ店主)とライターの鈴木雷人・オグマナオトによるコラムが挟まるという構成となっている。井上コオというと、1970年代の人気マンガ『侍ジャイアンツ』(梶原一騎原作、「週刊少年ジャンプ」連載)を思い出す人も多いだろう。
本書に登場する、破天荒な新人選手・岩村飛斗(ひっと)も、やはり『侍ジャイアンツ』の主人公・番場蛮を彷彿とさせる。ただし番場蛮が雑誌連載時、V9を達成しようとしていたジャイアンツに入団したのに対し、社会人野球出身の飛斗が入団するのは架空の弱小球団「江戸川ファームズ」であった。そんな彼の前にことあるごとに現れるのが、雲竹(うんちく)雄三というトレンチコートに身を包んだ謎の男である。雲竹のセリフ一つひとつには、その名のとおりうんちくがぎっちり詰まっていて、ふと往年の学研まんがを思い出した(もっとも、学研まんがには、主人公が彼女とホテルでしっぽり……なんて本書に出てくるような場面は絶対ありませんが)。
一例として、ふたたび清原にまつわるうんちくを紹介しよう。最近、某証券会社のCMに出演し、妹役のローラから「お兄ちゃんも1位とれなかったんだよ」とツッコまれている清原だが(実際、打点王や本塁打王の獲得に一歩およばず2位に終わったことが何度かあった)、オールスターゲームについていえばこれは当てはまらない。プロ1年目の1986年のオールスターで史上最年少の18歳11カ月でMVPに輝いて以来、通算7回もこのタイトルを獲得している。もちろんこれは最多記録だ。オールスター通算34打点、通算26得点、通算打率3割6分5厘という数字(いずれも歴代1位。ただし打率は100打席以上の打者にかぎった順位で、落合博満と並ぶタイ記録)を見れば、それも納得だろう。
本書にはこのほかにも、野球談議ですぐ使えそうなうんちくが満載である。「第7話 ファームはつらいよ!」に出てくる、元ジャイアンツの大森剛(現・ジャイアンツ育成部ディレクター)の二軍(ファーム)時代のうんちくも印象深い。
《大森はファームで本塁打王を3回 打点王を2回獲得
1992年に放った27本塁打は 2009年 中田翔(日本ハム)が抜くまでずっとイースタン・リーグの記録であった
通算の二軍本塁打数120本は歴代2位の記録であり まさに二軍の歴史に名を残す名選手であった》
昨年、娘の美優がAKB48の研究生から正規メンバーに昇格したとき、大森は「ようするに育成選手が支配下選手になったってことでしょ」と野球に置き換えて自分を納得させたという。これを「二軍選手が一軍に上がった」と表現しなかったのは、二軍生活が長く、人一倍プロの厳しさを知っている大森ならではともいえよう。
今年もペナントレースが開幕したものの、応援するチームの立ち上がりの悪さに「今年は(も)うちはダメかも……」とすでにあきらめモードに入っているファンもいるかもしれない。だが、そんな人には本書での雲竹雄三の次のセリフをぜひ贈りたい。これは、飛斗の活躍もあり快進撃を続ける江戸川ファームズに対し、「このまま行けば優勝もあり得るかもな」「まさか、万年最下位のチームだぜ。それはないだろ」とささやき合っていた記者たちに向かって雲竹が言い放ったものだ。
《そんなことはない!
君たちは あの東北楽天がこんな短期間で優勝すると予想したか!?》
そんなわけで、プロ野球ファンのみなさん、今年も張り切ってまいりましょう!
(近藤正高)
《この場面で野茂は、得意のフォークではなくストレートでの真っ向勝負にこだわり、結果、清原が二塁打を放って野茂の偉業を封じた》
なお、野茂はその後、1死満塁にまで追いこまれて降板。試合は伊東勤(現・千葉ロッテマリーンズ監督)の通算1000本安打となる逆転サヨナラ満塁本塁打により、4ー3でライオンズが勝利している。開幕戦での逆転サヨナラグランドスラムはプロ野球史上初であった。
先に引用した『漫画・うんちくプロ野球』は、井上コオのマンガのあいまに、監修者の小野祥之(野球古書店ビブリオ店主)とライターの鈴木雷人・オグマナオトによるコラムが挟まるという構成となっている。井上コオというと、1970年代の人気マンガ『侍ジャイアンツ』(梶原一騎原作、「週刊少年ジャンプ」連載)を思い出す人も多いだろう。
本書に登場する、破天荒な新人選手・岩村飛斗(ひっと)も、やはり『侍ジャイアンツ』の主人公・番場蛮を彷彿とさせる。ただし番場蛮が雑誌連載時、V9を達成しようとしていたジャイアンツに入団したのに対し、社会人野球出身の飛斗が入団するのは架空の弱小球団「江戸川ファームズ」であった。そんな彼の前にことあるごとに現れるのが、雲竹(うんちく)雄三というトレンチコートに身を包んだ謎の男である。雲竹のセリフ一つひとつには、その名のとおりうんちくがぎっちり詰まっていて、ふと往年の学研まんがを思い出した(もっとも、学研まんがには、主人公が彼女とホテルでしっぽり……なんて本書に出てくるような場面は絶対ありませんが)。
一例として、ふたたび清原にまつわるうんちくを紹介しよう。最近、某証券会社のCMに出演し、妹役のローラから「お兄ちゃんも1位とれなかったんだよ」とツッコまれている清原だが(実際、打点王や本塁打王の獲得に一歩およばず2位に終わったことが何度かあった)、オールスターゲームについていえばこれは当てはまらない。プロ1年目の1986年のオールスターで史上最年少の18歳11カ月でMVPに輝いて以来、通算7回もこのタイトルを獲得している。もちろんこれは最多記録だ。オールスター通算34打点、通算26得点、通算打率3割6分5厘という数字(いずれも歴代1位。ただし打率は100打席以上の打者にかぎった順位で、落合博満と並ぶタイ記録)を見れば、それも納得だろう。
本書にはこのほかにも、野球談議ですぐ使えそうなうんちくが満載である。「第7話 ファームはつらいよ!」に出てくる、元ジャイアンツの大森剛(現・ジャイアンツ育成部ディレクター)の二軍(ファーム)時代のうんちくも印象深い。
《大森はファームで本塁打王を3回 打点王を2回獲得
1992年に放った27本塁打は 2009年 中田翔(日本ハム)が抜くまでずっとイースタン・リーグの記録であった
通算の二軍本塁打数120本は歴代2位の記録であり まさに二軍の歴史に名を残す名選手であった》
昨年、娘の美優がAKB48の研究生から正規メンバーに昇格したとき、大森は「ようするに育成選手が支配下選手になったってことでしょ」と野球に置き換えて自分を納得させたという。これを「二軍選手が一軍に上がった」と表現しなかったのは、二軍生活が長く、人一倍プロの厳しさを知っている大森ならではともいえよう。
今年もペナントレースが開幕したものの、応援するチームの立ち上がりの悪さに「今年は(も)うちはダメかも……」とすでにあきらめモードに入っているファンもいるかもしれない。だが、そんな人には本書での雲竹雄三の次のセリフをぜひ贈りたい。これは、飛斗の活躍もあり快進撃を続ける江戸川ファームズに対し、「このまま行けば優勝もあり得るかもな」「まさか、万年最下位のチームだぜ。それはないだろ」とささやき合っていた記者たちに向かって雲竹が言い放ったものだ。
《そんなことはない!
君たちは あの東北楽天がこんな短期間で優勝すると予想したか!?》
そんなわけで、プロ野球ファンのみなさん、今年も張り切ってまいりましょう!
(近藤正高)