「家には男が一人きりで趣味に没頭できる書斎が必要だ」と断定する本。なぜ男限定なのか
書斎というのは、勉強や書きものをする場所かと思っていました。
ところが建築家・杉浦伝宗(でんそう)さんは、「書斎」をつぎのように定義し直しています。
〈書斎とは、その家の主〔あるじ〕(世帯主である夫や父親)が専有できる、趣味や仕事など好きなことに没頭するための独立した部屋である〉(『ミニ書斎をつくろう 自宅にスペースがなくても書斎を持てる!』メディアファクトリー新書、15頁)。
好きなことに没頭するための独立した部屋。男限定。それってオタク部屋のことだよね! 「書」とあっても、本は必ずしも関係ないようです。
「書斎」を英語に翻訳するとstudyやlibraryになるけれど、den(巣、隠れ家、くつろげる奥まった空間)という語が書斎や個人用ワークスペースの意味で使われていて、むしろdenの意味あいが大事なのだ、というのです。
杉浦さんは断言します。
〈家には男が一人きりで趣味に没頭できる書斎が必要だ〉(10頁)。
それにしても、なぜ男限定?
それは〈そもそも、「家」は女性のために存在するものである〉(17頁)からだ、と続くのでした。
〈女性であれば、家を丸ごと一棟自分のテリトリーにすることができます。
女性であろうと男性であろうと、家事を多く分担するほうが家を自分が使いやすいようにカスタマイズするのは当たり前です。
とはいえ女性に比して〔…〕男性は、「世帯主」という名称を冠せられながら、実は決まった居場所を持っていないことが多い。
こんなことでは、男性は自宅に帰っても、心から安らぐことができません。〔…〕
男ならいくつになっても、自宅に自分だけの「秘密基地」を持ちたくなるものではないでしょうか〉(引用者の責任で改行を加えた)。
男のほうが外で働いてる率が高いという社会的傾向のせいだ=女が外で働き男が家を守るケースなら女のほうに書斎が必要、という説明なのか?
それとも〈男なら〉秘密基地がほしいと思うようにプログラムされている(幼稚だから)という説明なのか?
どちらなのかイマイチわからない書きかたなんだけど、読んでいくとどっちかというと後者の理由で書かれているような気がします。動物行動学的な意味で、男には「こもり感」が必要、といったニュアンス。
「こもり感」は本書をつらぬくコンセプト、杉浦さんのタームです。
理由はともかく、現状、日本では男には書斎が必要だという主張はわかりました。そういうことなら私も乗りましょう。
私は自宅作業のスペースについて不自由は感じたことがありませんでした。ただしそれは〈独立した部屋〉ではなく居間と仕切なしで繋がっているものでしたから、杉浦伝宗さんの〈書斎〉の定義からはずれるものでした。
それが昨年末、家のなかの配置換えをやったさいに、作業スペースを個室に移したところ、効率がアップしたんです(そういう気がしただけかもしれませんけど)。杉浦伝宗さんが書いていたことって当たってるのかもしれない、と思ったわけです。
杉浦伝宗さんが『ミニ書斎をつくろう』で提案している「ミニ書斎」は、独立した一室ではありませんが、といって居間とシームレスに繋がった空間ではダメ、というもので、以下のように定義されています。
〈寝室・リビング・廊下・階段などの一角に設けられた、広さ3畳以下の世帯主が専有できるスペース〉(50頁)
杉浦さんによれば、「床」「壁」「天井」の3要素に囲まれていれば、そこが「空間」と認識される、というのが建築のほうでの考えかただとか。
「壁」のない「ミニ書斎」で壁の代わりになる間仕切りは「書棚」とのこと。だから「机」「椅子」「書棚」が〈ミニ書斎の「三種の神器」〉。これも「書」棚とはいえ、本はマストじゃなさそうだから、たんに棚ってことなのかも。
だから居間のかどっこにデスクのかどを合わせ、デスクの奥の辺とかたほうの端がふたつの壁に接するようにして、もうかたほうの端に1.8メートル幅の書棚をくっつけると、デスクと椅子が壁と書棚に挟まれた「ミニ書斎」ができる、ということになるわけです。
以下この本では、押し入れや階段下や廊下を利用した案、さらには玄関やクローゼットに作ってしまう奇手、限られた空間で圧迫感を回避する〈空間3原則〉(編目素材で向こうが「透ける」、複数の機能を「兼ねる」、視界を遮らず壁の一部が「抜ける」)、日曜大工で空間を自作する秘策など、狭小住宅を手がけてきた著者ならではのアイディアが紹介されています。
ただし書斎はあくまで、家族と平和裡に〈共生〉していくために必要なもの、とのこと。
いくら「こもり感」でほっとしたくても、そのままひきこもり続けると、家族を捨て、世をも捨てた隠遁者になってしまうので、それには注意ですね。
最終章にもあるとおり、ゆくゆくは「ミニ書斎」を複数化したり(パソコン用と手仕事用、とか)、ミニ書斎から独立した個室書斎へと昇格させたりといった、侵略、じゃなくて進出、ていうか雄飛? というささやかな野望を視野に入れて書かれた本なので、「ミニ書斎ができたせいで…」みたいな不満だけは家族に持たせてはならぬ、という家庭内外交の心得まで書いてありました。
「こもり感」があるとホッとする動物、それが男。
籠を黒い布で覆うと安心して昼でも寝る小鳥みたいな、男ってはかない生きものなのだなあ。
(千野帽子)
ところが建築家・杉浦伝宗(でんそう)さんは、「書斎」をつぎのように定義し直しています。
〈書斎とは、その家の主〔あるじ〕(世帯主である夫や父親)が専有できる、趣味や仕事など好きなことに没頭するための独立した部屋である〉(『ミニ書斎をつくろう 自宅にスペースがなくても書斎を持てる!』メディアファクトリー新書、15頁)。
「書斎」を英語に翻訳するとstudyやlibraryになるけれど、den(巣、隠れ家、くつろげる奥まった空間)という語が書斎や個人用ワークスペースの意味で使われていて、むしろdenの意味あいが大事なのだ、というのです。
杉浦さんは断言します。
〈家には男が一人きりで趣味に没頭できる書斎が必要だ〉(10頁)。
それにしても、なぜ男限定?
それは〈そもそも、「家」は女性のために存在するものである〉(17頁)からだ、と続くのでした。
〈女性であれば、家を丸ごと一棟自分のテリトリーにすることができます。
女性であろうと男性であろうと、家事を多く分担するほうが家を自分が使いやすいようにカスタマイズするのは当たり前です。
とはいえ女性に比して〔…〕男性は、「世帯主」という名称を冠せられながら、実は決まった居場所を持っていないことが多い。
こんなことでは、男性は自宅に帰っても、心から安らぐことができません。〔…〕
男ならいくつになっても、自宅に自分だけの「秘密基地」を持ちたくなるものではないでしょうか〉(引用者の責任で改行を加えた)。
男のほうが外で働いてる率が高いという社会的傾向のせいだ=女が外で働き男が家を守るケースなら女のほうに書斎が必要、という説明なのか?
それとも〈男なら〉秘密基地がほしいと思うようにプログラムされている(幼稚だから)という説明なのか?
どちらなのかイマイチわからない書きかたなんだけど、読んでいくとどっちかというと後者の理由で書かれているような気がします。動物行動学的な意味で、男には「こもり感」が必要、といったニュアンス。
「こもり感」は本書をつらぬくコンセプト、杉浦さんのタームです。
理由はともかく、現状、日本では男には書斎が必要だという主張はわかりました。そういうことなら私も乗りましょう。
私は自宅作業のスペースについて不自由は感じたことがありませんでした。ただしそれは〈独立した部屋〉ではなく居間と仕切なしで繋がっているものでしたから、杉浦伝宗さんの〈書斎〉の定義からはずれるものでした。
それが昨年末、家のなかの配置換えをやったさいに、作業スペースを個室に移したところ、効率がアップしたんです(そういう気がしただけかもしれませんけど)。杉浦伝宗さんが書いていたことって当たってるのかもしれない、と思ったわけです。
杉浦伝宗さんが『ミニ書斎をつくろう』で提案している「ミニ書斎」は、独立した一室ではありませんが、といって居間とシームレスに繋がった空間ではダメ、というもので、以下のように定義されています。
〈寝室・リビング・廊下・階段などの一角に設けられた、広さ3畳以下の世帯主が専有できるスペース〉(50頁)
杉浦さんによれば、「床」「壁」「天井」の3要素に囲まれていれば、そこが「空間」と認識される、というのが建築のほうでの考えかただとか。
「壁」のない「ミニ書斎」で壁の代わりになる間仕切りは「書棚」とのこと。だから「机」「椅子」「書棚」が〈ミニ書斎の「三種の神器」〉。これも「書」棚とはいえ、本はマストじゃなさそうだから、たんに棚ってことなのかも。
だから居間のかどっこにデスクのかどを合わせ、デスクの奥の辺とかたほうの端がふたつの壁に接するようにして、もうかたほうの端に1.8メートル幅の書棚をくっつけると、デスクと椅子が壁と書棚に挟まれた「ミニ書斎」ができる、ということになるわけです。
以下この本では、押し入れや階段下や廊下を利用した案、さらには玄関やクローゼットに作ってしまう奇手、限られた空間で圧迫感を回避する〈空間3原則〉(編目素材で向こうが「透ける」、複数の機能を「兼ねる」、視界を遮らず壁の一部が「抜ける」)、日曜大工で空間を自作する秘策など、狭小住宅を手がけてきた著者ならではのアイディアが紹介されています。
ただし書斎はあくまで、家族と平和裡に〈共生〉していくために必要なもの、とのこと。
いくら「こもり感」でほっとしたくても、そのままひきこもり続けると、家族を捨て、世をも捨てた隠遁者になってしまうので、それには注意ですね。
最終章にもあるとおり、ゆくゆくは「ミニ書斎」を複数化したり(パソコン用と手仕事用、とか)、ミニ書斎から独立した個室書斎へと昇格させたりといった、侵略、じゃなくて進出、ていうか雄飛? というささやかな野望を視野に入れて書かれた本なので、「ミニ書斎ができたせいで…」みたいな不満だけは家族に持たせてはならぬ、という家庭内外交の心得まで書いてありました。
「こもり感」があるとホッとする動物、それが男。
籠を黒い布で覆うと安心して昼でも寝る小鳥みたいな、男ってはかない生きものなのだなあ。
(千野帽子)