■ある日突然、父親が寝たきりに

父親の介護に追われる日々は突然訪れました。

昨年11月初旬の朝のことです。89歳になる父は高血圧気味でもあり、朝7時に私が血圧を測るのが日課になっていました。いつも通り父の寝室のドアを開けると、ベッドにその姿がありません。アレッと思い足元を見ると、ベッドの横に父が這いつくばるような形で倒れていました。

「どうした!」と声をかけると「トイレに行こうとしたんだが」との返答。立ち上がれず、その場でへたり込んだようです。

意識はしっかりしており脳梗塞などの血管障害を起こしたわけではなさそうなので、まずは父親をベッドに戻すことにしました。が、父は体重が65キロほどあるうえ全身に力が入らない状態。体はなかなか持ち上がりません。うつ伏せだった体を仰向けにし、両脇を持って体を起こして、なんとか腰をベッドの縁まで引き上げ、ベッドに横たえました。

息を切らせながら私は「これは一時的なものだ」と思い込もうとしました。

父は足元が覚束なくなったこともあり介護保険の「要支援1」の認定を受けていましたが、この日の直前までごく普通の日々を送っていました。風呂やトイレに入るのも問題はないし食欲も旺盛。食べたいものがあれば近所のスーパーに買いにでかけるほどでした。

ただし、前兆ともいえる異変はありました。4日前の深夜にお腹が苦しいと訴え、救急車でかかりつけの病院に搬送されたのです。が、この不調は強度の便秘ですぐに回復し、3泊4日の入院で帰宅しました。これまでも入院は何度かあり、退院直後はふらつくことがありましたが、すぐに普通の日常生活に戻ったので今回もそれと同じだろうと思ったわけです。

しかし、何時間たっても父は自力で立つことができませんでした。寝たきりの状態になり、その日から手探りの介護が始まったのです。

■唐突な現実に直面し、まずやったこととは

高齢化社会を迎えた今、介護は社会問題のひとつとなり新聞や雑誌などで取り上げられることも少なくありません。そうした記事を読み、自分が介護をする立場になった時のことを思い巡らせている方もいるでしょう。しかし、親が元気なうちは、やはり他人事。どう対処するかを具体的に考え、その時に備えている人は少ないのではないでしょうか。

私もそのひとりで、唐突に直面した現実に慌て混乱しました。この事態を誰に相談したらいいのか、介護保険利用に必要な介護度の認定や介護サービスの手続きのことなど、さまざまなことが頭をよぎりましたが、それよりも前に目の前にいる父親が求めていることに対応しなければなりません。

私はドラッグストアに紙パンツを買いに走りました。下の始末をするためです。父は黙っていましたが、匂いでそれを察しました。

「ついにこの時が来たか」と思いました。

が、覚悟を決めるといった大袈裟なものではなく、「するのは当然」という気持ちでした。その手順も考え、ウェットティッシュを厚手にしたお尻拭きも購入しました。

紙オムツではなく、紙パンツにしたのは、排尿障害の気がある父が以前から使っていたこと、いきなり紙オムツでは父に抵抗感があると思ったからです。

しかし、いざ紙パンツを持ってベッドの横に立つと、何をどう始めていいかわかりません。固まった状態の私を見た父が「病院の看護婦さんはこうしてくれた」と言ったのでそれに従うことにしました。

まず、かけ布団を取り、腰を浮かせてパジャマのズボンを脱がせます。次に体をこちら側に向ける。紙パンツのサイドが手で引きちぎれるようになっており、そこを切ります。そして寝返りを打つ要領で体を向こう側に向け、反対側のサイドを引きちぎる。

現れたお尻をトイレットペーパーとお尻拭きで拭き、紙パンツを外してゴミ袋に捨てる。体を仰向けにして新しい紙パンツとパジャマをはかせ布団をかけて終了、という手順です。

■要介護者の気持ちと、家族の覚悟

後で訪問看護師さんに聞いたのですが、要介護者にとって家族に下の始末をしてもらうことは精神的にかなりつらいものがあるそうです。そんなことをさせなければならなくなった自分に対する情けなさは耐えられないものだと。

私もなんとなくそれを察し、できるだけ淡々と事務的に行うように努めましたが、父がそうした態度をどう受け止めたのかはわかりません。介護にはそうした難しさがあることを感じました。

親の下の世話をする心境は、経験したことのない方にはわからないでしょうし、人それぞれなのかもしれません。私の場合は意外なほど冷静だったと思います。

今、自分がやらなければ事態は収まらない。やるしかないのだ、と思ったからでしょう。そのせいか初めて間近で見た父親の下半身や排泄したものにも、さほど動揺はありませんでした。

その一方で、初めてのため失敗もありました。シーツを汚してしまったのです。人がベッドに横たわっている状態でシーツを取り替えるのはかなりの手間がかかるものです。最初で慣れないこともあって、この手順を終えるまで1時間近くかかりました。

ただ、回数を重ねるごとに手際も良くなり時間は短縮されていきました。また、シーツを汚してしまった失敗から、前もってビニールと新聞紙を敷いておく工夫もするようになりました。

初回から下の話はどうかと思いましたが、これが介護の現実。敢えて書かせていただきました。親とは別居で物理的に介護に通えない方、あるいは同居でも仕事の関係でホームヘルパーなどの専門職に委ねなければならない方もいると思います。

しかし深夜でもそうしたことをする必要はあり、在宅で介護をする場合、下の世話は避けて通れないのです。

私の父の衰えは思いのほか早く、今年の年明けに亡くなりました。私が介護をした期間は2カ月足らず。ですが、その間多くの経験をしましたし、お世話になったケアマネージャー、訪問看護師、ホームヘルパー、訪問入浴のスタッフ、訪問マッサージ師といった介護の専門家の仕事ぶりを見、話を聞き、介護の現実を知りました。

もちろん何年という長期戦で介護をされている方の苦労はうかがい知ることはできませんが、私の経験や知己を得た介護の専門家の方々への取材を通し、親が要介護になった時にはどう対応すればいいのか、後悔しないための介護について書いていこうと思っています。

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相沢光一(あいざわ・こういち)
ライター。1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。

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(ライター 相沢光一)