連載終了が発表された『あぶさん』(水島新司/小学館)。連載開始時(1973年)の南海の監督はプレイングマネージャー時代の野村克也。1巻の表紙にはこの二人が描かれている。

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野球漫画の金字塔『あぶさん』が来年2月5日発売の『ビッグコミックオリジナル』(小学館)で完結することが発表された。
『あぶさん』とは、酒豪の強打者・景浦安武、通称あぶさんが主人公の野球漫画で、1973年から40年以上に渡って連載を続けてきた作品だ。プロ野球・南海ホークスにドラフト外で入団し、「代打専門」として活躍した後、ダイエーホークス時代にはレギュラーを掴み三冠王にも輝いた。そして2009年、62歳で現役を引退。翌年からはソフトバンクホークスの二軍助監督を務め、今年は一軍助監督に昇格……とホークス一筋の野球人生を歩んできた。
その間、結婚し、子供が生まれ、その子供もプロ野球の世界に入り、やがて同じチームへ……という大河ドラマを演じてきたのと同時に、リアルタイムでプロ野球の歴史も紡いできた点に本作の大きな価値がある。つまり、『あぶさん』を読めば、70年代以降のプロ野球の歴史(特にパ・リーグ)がわかるのだ。

70年当時のパ・リーグといえば、「人気のセ、実力のパ」という言葉の通り、球場には閑古鳥が鳴いていた状況が懐かしい。そこから80年代に入ると清原和博が西武に入団し、西武黄金期の到来とともに、パ・リーグの注目度が徐々に高まりを見せ始める。
以降も野茂英雄、イチロー、ダルビッシュ、そして田中将大など、球界を代表する選手は軒並みパ・リーグから出現。今季、東北楽天が日本一に輝き、セパ交流戦では毎年のようにパ・リーグ勢がセを圧倒しているように、「実力のパ」はますます高まりをみせている。そのバックボーンとして、地道にパ・リーグの人気を支えてきた『あぶさん』の存在も大きかったのではないだろうか。

本作の読みどころは、実在のプロ野球選手を相手に景浦安武が成し遂げてきた、凄まじいまでの打撃成績の数々だ。以下、代表的な景浦安武の日本記録を列挙してみたい。
◎3年連続三冠王(49巻〜53巻)……現実には、王貞治、落合博満、R・バースの2年連続が最高。ただし、落合は通算3度の三冠王を達成。
◎打率4割(.401)を達成(91巻)……日本プロ野球史においてまだ誰も達成していない打率4割の壁。MLBの記録を見ても、1941年のテッド・ウィリアムズにまで遡らなければならない。
◎3度の4打席連続本累打(17巻・50巻・55巻)……過去には王貞治などが達成しているが、複数回の達成者はいない。
◎現役生活37年……プロ野球記録は工藤公康の実働29年。来年、中日の山本昌が28年目に突入する。

「そりゃ、漫画だから」と一笑することは簡単。だが、これらはどれも“現実世界のちょっとだけ上”の成績だからこそ、絶妙にリアリティを醸し出すことに成功していた。
たとえば、過去に景浦はシーズン56本塁打の日本記録を樹立し(1994年・56巻)、その時も「漫画だから」と言われた。ところが今年、現実世界でヤクルトのバレンティンがシーズン60本塁打を記録し、見事に漫画超えを達成してしまった。
60本塁打が実現できたのだから、打率4割も夢見たくなるし、山本昌が50歳を超えて現役を続ける姿も信じてみたくなる。
「人が想像できることは、必ず人が実現できる」と言ったのはフランスの小説家ジュール・ヴェルヌ。この言葉を借りるなら、「水島新司が想像したことは、必ず人が実現できる」「あぶさんができたことは、必ず人が実現できる」と思いたくなってしまう。
プロ野球の過去と未来が同居した作品、それこそが『あぶさん』だったのだ。

さて、『あぶさん』の完結は発表されたが、水島新司のもうひとつのライフワーク『ドカベン』は今も『少年チャンピオン』(秋田書店)で継続中。現在、集大成ともいえる『ドカベン ドリームトーナメント編』を連載している。この中では、『男どアホウ甲子園』『おはようKジロー』『光の小次郎』など、過去の水島作品のオールスターキャストが集結し、山田太郎や岩鬼、殿馬、里中ら明訓勢を擁する東京スーパースターズとの「夢の対決」を演じている。『あぶさん』の連載が終わる、ということは、ようやく景浦安武も参戦してくるのだろうか……水島新司の想像力は、まだまだ衰えそうもない。
(オグマナオト)