〈なあっ、フランスと日本って、どっちが勝ったのか知ってる？〉
〈そりゃ、フランスじゃないの？〉

　１９９８年１月のこけら落とし以来、フランス代表はスタッド・ド・フランスで68試合を戦い、42勝19分７敗という成績を残している。不敗率は９割を超える。

　メンバーに入れ替わりはあり、調子の波があるとしても、過去の勝率はチームの支えとなる。ピッチに刻まれた確かな足跡が、苦しい局面で選手たちを支えるのだ。日本代表がさいたまスタジアムを聖地とするように、スタッド・ド・フランスでのフランスは強者の鎧を身にまとう。難攻不落と言ってもいい舞台で日本がつかんだ勝利は、それだけに大きな価値がある。

　相手が好機を逸したのは事実だ。川島の好セーブも光った。４日後にスペインとのワールドカップ予選を控えるフランスは、ケガ人続出でメンバー構成に苦しんでいるうえに、ベンゼマを前半で下げるなどの調整モードも併用していた。

　とはいえ、同じような展開で日本が敗れれば、我々は日本の拙攻を責める。フランスがふがいなかったとしても、日本がつかんだ勝利の価値を貶めるものではない。ザックことアルベルト・ザッケローニ監督もまた、本田、前田、岡崎らを使うことができなかったことを忘れてはならない。ベストメンバーでなかったのは、日本も同じなのである。

　個人的な思いを明かせば、フランスも変わったな、という思いを抱く。スタジアムには空席の固まりが目立ち、公式入場者数は６万２０５人である。日本相手に７万8千人強の観衆が集まった11年に比べると、ファンの支持率が下落していることが分かる。すなわちそれは、現在のチームの実力を物語っている。

　日本選手のメンタリティにも、触れなければならない。試合直後のミックスゾーンでも、強い雨に見舞われた翌13日午前の練習後も、選手たちはつとめて冷静だった。
「今日の試合内容から言ったら、10回やって１回か2回勝つくらい。アジアでは自分たちが逆の立場と言うか、これがサッカーかなという感じがしますけど」

　試合後にこう話したキャプテンの長谷部は、13日の練習後にも「個々の力の差は間違いなく感じました。フランスに勝ったと満足している選手は誰もいない」と改めて話した。

　勝利に酔いしれるところがなく、「こうすればもっとうまくできた」という悔しさと反省を胸に秘めるのは、すべての選手に共通すると言っていい。振り返れば、ワールドカップ最終予選で勝利したあとも、親善試合で引き分けたあとも、彼らは同じ思いを口にしてきた。

　ブレのない姿勢は、フランスに勝利したいまも変わらない。勝ってなお力の差を感じた現実が、さらなる向上心を呼び覚ますのだろう。格上と見なされる相手に臆せず戦い、それどころか勝利をつかみとる逞しさは、ザックとともに歩んできたチームの進化を表し、日本サッカーの地道な積み重ねの成果と言うこともできる。

　チームとしての志の高さは、終了間際の得点に分かりやすい。アウェイのフランス戦を０対０で終えれば、批判を受けることはない。それでもなお、日本は得点を狙いにいった。敵陣に飛び出したのは、カウンターを演出した今野、ラストパスを供給した長友、決勝ゴールを決めた香川だけではない。フランスを明らかに上回る人数が、敵陣に押し寄せていった。相手がフランスでも引き分けでは満足できない精神性が、スタッド・ド・フランスに沈黙をもたらしたのだ。

〈フランス対日本、日本が勝ったらしいぞ〉
〈えっ、そりゃ驚きだね。今度の試合、少しは歯ごたえがあるんじゃないの〉

　ブラジル代表の選手たちは、こんな会話をしているのではないかと想像する。僕の想像が当たっているかどうかはともかく、ブラジルが気持ちを引き締めて臨んでくるのは間違いないだろう。これまで一度も勝利したことのない世界的強豪が、再び日本を待ち受ける。

　ひとつの勝利が次の試合の価値を高め、さらに貴重な経験をもたらす──理想的な強化の歯車が、日本を前進させている。