「会社の品格」 存在感増す指南役
2006年に起こった日本企業のM&A(企業の合併・買収)件数が過去最高になったようだ。買収価格の交渉や手法を指南する助言ビジネスも活発化。玉虫色の解決策を好む日本社会でも、企業どうしや投資家との間で紛争が起これば互いに存亡をかけて法廷に持ち込むケースが日常茶飯事となった。
日本技術開発に敵対的買収を仕掛けた夢真ホールディングスの弁護を終えた三井法律事務所の熊谷真喜弁護士(32)のもとへ、ある個人投資家から相談案件が舞い込んできた。相手取る企業は投資ファンド傘下で経営再建中のカネボウ。これまで主に企業側を支援してきた同弁護士にとって、初めて株主側に立つ機会となった。
投資ファンド側に事業譲渡する際、カネボウ経営陣が会社に多額の損害を与えたとして特別背任容疑で東京地検特捜部に刑事告発したところ、受理。株主501人が経営陣に損害の支払いを求めるという国内初の本格的な株主代表訴訟に発展した。
「金融的な知識に長けた一部の人間が巧緻(こうち)なスキームを駆使したことで、多くの高齢者株主が退職金を失おうとしている」
証券取引市場の“本丸”、東証で開かれた記者会見で、こう怒りをあらわにする株主代表の隣に、法律家の立場から援護射撃する熊谷弁護士の姿があった。
熊谷弁護士が所属する事務所は主に金融法務を手掛け、経営者に見込まれて案件ごとに参謀役を引き受ける。ニッポン放送株の争奪戦の際には、ライブドア側を弁護して買収防衛策を撤回させた実績を持つ。業界再編の仕切り役として存在感を増すビジネス弁護士の視点から、この1年の企業を取り巻く状況を振り返る。
◆ ◆ ◆
── 相次ぐ業界再編を黒子として取り仕切るビジネス弁護士の世界とは。
いわゆる4大事務所(長島・大野・常松、西村ときわ、森・濱田松本、アンダーソン・毛利・友常)と呼ばれるところが、弁護士だけで200人以上いる巨大オフィスを構え、名だたる大手企業の担当をしている。ひとりで1億、2億円稼ぐスター弁護士や、黒子ではなくプレーヤーとして投資銀行で活躍する弁護士もいる。
これから弁護士の数が増える一方、リーガルサービスの水準を確保できるかという懸念もあり、優秀な弁護士を確保する競争が激化し始めている。事務所もブランドが重視される時代になる。
── 大買収時代到来で企業から求められる弁護士像とは。
会社法の分野と、証取法の分野がどんどん融合してきている。株主総会対応や企業不祥事を担当するのが伝統的な会社法専門の弁護士、新株や債券の発行をやってきたのが証取法専門の弁護士で、これまでは完全に住み分けがなされていた。
だが、金融商品取引の種類拡大やM&Aの急増で、これまで会社法の範疇だったものに証取法の要素も混ざることもあるため、両方できる弁護士が貴重になっている。証取法を知らないと例えばTOBをかけられないし、もめたときに仮差し押さえなど裁判対応できるような会社法の知識も必要とされる。
── 今まで企業・ファンド側の弁護につくことが多かったが、カネボウではなぜ株主側に。
原告の根底にはお金だけで還元できない怒りがある。同じ市場で同じ株主の立場としていながらファンドだけが得して、個人投資家だけが損をしてしまう。「投資がいい」と盛んになってきているのに、ある日ファンドによって納得のいかない価格で買い取られるようなことが続くと、誰も買わなくなってしまう。
不祥事の背景に株価至上主義経営
── インサイダー取引や不正会計など企業不祥事の連鎖から感じることは。
法令違反に対する世の中のハードルがどんどん高くなっている気がする。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とされていた企業の行動が、エポックメイキングな事件が起きて初めて「やってはいけないことだ」と認識されるようになる。
── 企業不祥事が起きる背景とは。
急増している個人投資家や外国人投資家は、会社の内情を知らず、財務情報を重視するので、決算が悪いと株価が下がる。オーナー社長の場合、自社株を担保にして金融機関からカネを借りたりしていることがあるので、株価が下がると自分の財産が目減りすることになる。また、株価が割安だと最近では買収されるリスクも高くなってくるので、「株価を上げたい」「決算を良くしたい」と考えるようになる。社長が“鶴の一声”を出せば、従業員も引き下がらざるを得ない。オーナー系の企業だとストップがきかなくなりがちだ。
証券大手も敵対的買収に参入
── 企業側の変化は。
敵対的買収に対する免疫がつき始めたのではないか。外資が乗っ取りに来るケースは過去にはあったが、「身内」の日本企業が企業価値の向上を掲げて正面からTOBを仕掛けてくることはこれまでなかった。
日本の証券会社は、評判が悪くなるといって敵対的買収の公開買付代理人はなかなか引き受けなかったが、王子製紙が北越製紙に敵対的TOBを仕掛けたときは、野村証券が買収者側のアドバイザーについた。大手証券が関わるのは、これまで考えられなかったこと。
── 「牛角」を手掛けるレックスを始め、MBO(経営陣による自社買収)による株式非公開化も目立つ。
ワールドのMBO成功で認知が広まったのではないか。最近は、投資会社が利益を出すために、いろいろな経営者に持ちかけている。株価が低く評価されている会社に、「買収される前にMBOしてしまおう」などと言う例もあるようだ。弁護士事務所にも関連する相談が増えている。
── 業界再編で個人マネーに余波は。
会社としては出資比率を100%にして、他の株主には出て行ってもらった方が事業再編する際にいろいろやりやすい。産業活力再生特別措置法や、来年5月から施行になる会社法の合併対価等の柔軟化に関する規定で、スクイーズアウト(少数株主排除)がしやすくなった。そこで、少数株主の扱いが問題になるだろう。
新しい会社法では、合併に反対する株主が会社側に株式買取請求をする場合、その公正な買取価格の判断基準は、裁判所に丸投げになってしまっている。公開されている財務諸表だけで正確な株式価値を算定するのは困難なので、外部にいる少数株主が「安すぎる」と感じても、反論するには非常に不利だ。
村上裁判「参考になる前例はない」
── ライブドア裁判の判決が間もなく下されるが、同裁判が世の中に与えた影響は。
これだけ大きな注目を集めた話なので、当然影響も大きい。知り合いの経営者に尋ねてみたところ、「やはり、日々粛々と歩めということかね」と語っていた。また、監査法人は、その責任の重さゆえに、ますます厳格になり、経営サイドと見解が分かれることも多くなりそうだ。
── 村上ファンド裁判で村上世彰被告は「無罪」を主張したが。
非常に難しい。インサイダー取引とは、「重要事実の決定」を知った上で売買を行うこと。その「重要事実の決定」とは、いつの何を指すのかということが論点になる。そそのかして、相手がその気になった時点でクロとして判例をもう一歩進めるのか。今のところ、参考になる前例はない。
◆くまがい・まき:1974年生まれ。97年東京大学法学部卒業、2000年弁護士登録。三井法律事務所にて、M&Aをはじめとする企業法務全般を手がける。また、外務省条約局に弁護士として初めて出向した経験を有する。
【了】
■徹底総括 マネー不信をこえて
第1回 作家・田中康夫さん 「小泉後」のニッポン考現学(12月27日)
第2回 ドリコム・内藤裕紀社長 脱ヒルズ IT起業家に第3の波(12月28日)
第3回 さわかみ投信・澤上篤人社長 “宴のあと”の投資ファンド原論(12月29日)
最終回 ライブドア・平松庚三社長 ライブドア再建 社長が聞く除夜の鐘(12月31日)
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三井法律事務所
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熊谷弁護士が所属する事務所は主に金融法務を手掛け、経営者に見込まれて案件ごとに参謀役を引き受ける。ニッポン放送株の争奪戦の際には、ライブドア側を弁護して買収防衛策を撤回させた実績を持つ。業界再編の仕切り役として存在感を増すビジネス弁護士の視点から、この1年の企業を取り巻く状況を振り返る。
◆ ◆ ◆
── 相次ぐ業界再編を黒子として取り仕切るビジネス弁護士の世界とは。
いわゆる4大事務所(長島・大野・常松、西村ときわ、森・濱田松本、アンダーソン・毛利・友常)と呼ばれるところが、弁護士だけで200人以上いる巨大オフィスを構え、名だたる大手企業の担当をしている。ひとりで1億、2億円稼ぐスター弁護士や、黒子ではなくプレーヤーとして投資銀行で活躍する弁護士もいる。
これから弁護士の数が増える一方、リーガルサービスの水準を確保できるかという懸念もあり、優秀な弁護士を確保する競争が激化し始めている。事務所もブランドが重視される時代になる。
── 大買収時代到来で企業から求められる弁護士像とは。
会社法の分野と、証取法の分野がどんどん融合してきている。株主総会対応や企業不祥事を担当するのが伝統的な会社法専門の弁護士、新株や債券の発行をやってきたのが証取法専門の弁護士で、これまでは完全に住み分けがなされていた。
だが、金融商品取引の種類拡大やM&Aの急増で、これまで会社法の範疇だったものに証取法の要素も混ざることもあるため、両方できる弁護士が貴重になっている。証取法を知らないと例えばTOBをかけられないし、もめたときに仮差し押さえなど裁判対応できるような会社法の知識も必要とされる。
── 今まで企業・ファンド側の弁護につくことが多かったが、カネボウではなぜ株主側に。
原告の根底にはお金だけで還元できない怒りがある。同じ市場で同じ株主の立場としていながらファンドだけが得して、個人投資家だけが損をしてしまう。「投資がいい」と盛んになってきているのに、ある日ファンドによって納得のいかない価格で買い取られるようなことが続くと、誰も買わなくなってしまう。
不祥事の背景に株価至上主義経営
── インサイダー取引や不正会計など企業不祥事の連鎖から感じることは。
法令違反に対する世の中のハードルがどんどん高くなっている気がする。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とされていた企業の行動が、エポックメイキングな事件が起きて初めて「やってはいけないことだ」と認識されるようになる。
── 企業不祥事が起きる背景とは。
急増している個人投資家や外国人投資家は、会社の内情を知らず、財務情報を重視するので、決算が悪いと株価が下がる。オーナー社長の場合、自社株を担保にして金融機関からカネを借りたりしていることがあるので、株価が下がると自分の財産が目減りすることになる。また、株価が割安だと最近では買収されるリスクも高くなってくるので、「株価を上げたい」「決算を良くしたい」と考えるようになる。社長が“鶴の一声”を出せば、従業員も引き下がらざるを得ない。オーナー系の企業だとストップがきかなくなりがちだ。
証券大手も敵対的買収に参入
── 企業側の変化は。
敵対的買収に対する免疫がつき始めたのではないか。外資が乗っ取りに来るケースは過去にはあったが、「身内」の日本企業が企業価値の向上を掲げて正面からTOBを仕掛けてくることはこれまでなかった。
日本の証券会社は、評判が悪くなるといって敵対的買収の公開買付代理人はなかなか引き受けなかったが、王子製紙が北越製紙に敵対的TOBを仕掛けたときは、野村証券が買収者側のアドバイザーについた。大手証券が関わるのは、これまで考えられなかったこと。
── 「牛角」を手掛けるレックスを始め、MBO(経営陣による自社買収)による株式非公開化も目立つ。
ワールドのMBO成功で認知が広まったのではないか。最近は、投資会社が利益を出すために、いろいろな経営者に持ちかけている。株価が低く評価されている会社に、「買収される前にMBOしてしまおう」などと言う例もあるようだ。弁護士事務所にも関連する相談が増えている。
── 業界再編で個人マネーに余波は。
会社としては出資比率を100%にして、他の株主には出て行ってもらった方が事業再編する際にいろいろやりやすい。産業活力再生特別措置法や、来年5月から施行になる会社法の合併対価等の柔軟化に関する規定で、スクイーズアウト(少数株主排除)がしやすくなった。そこで、少数株主の扱いが問題になるだろう。
新しい会社法では、合併に反対する株主が会社側に株式買取請求をする場合、その公正な買取価格の判断基準は、裁判所に丸投げになってしまっている。公開されている財務諸表だけで正確な株式価値を算定するのは困難なので、外部にいる少数株主が「安すぎる」と感じても、反論するには非常に不利だ。
村上裁判「参考になる前例はない」
── ライブドア裁判の判決が間もなく下されるが、同裁判が世の中に与えた影響は。
これだけ大きな注目を集めた話なので、当然影響も大きい。知り合いの経営者に尋ねてみたところ、「やはり、日々粛々と歩めということかね」と語っていた。また、監査法人は、その責任の重さゆえに、ますます厳格になり、経営サイドと見解が分かれることも多くなりそうだ。
── 村上ファンド裁判で村上世彰被告は「無罪」を主張したが。
非常に難しい。インサイダー取引とは、「重要事実の決定」を知った上で売買を行うこと。その「重要事実の決定」とは、いつの何を指すのかということが論点になる。そそのかして、相手がその気になった時点でクロとして判例をもう一歩進めるのか。今のところ、参考になる前例はない。
◆くまがい・まき:1974年生まれ。97年東京大学法学部卒業、2000年弁護士登録。三井法律事務所にて、M&Aをはじめとする企業法務全般を手がける。また、外務省条約局に弁護士として初めて出向した経験を有する。
【了】
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