7年ぶりに登場したドーナツは再挑戦と思いきや、そこには意外なドラマがあった(記者撮影)

コンビニ首位のセブン‐イレブンが急速に広げている「お店で揚げたドーナツ」。導入店舗ではパン生地で包んだカスタード、ドーナツ型のチョコ、メープルの3種類がレジ横のケースに並んでいる。

7月に実施した埼玉県での実験販売を経て、取り扱いを拡大中だ。店舗数は10月に8000を超え、2025年2月までに全国約2万1000店の設置可能な店舗すべてに展開する方針だ。

実際に食べてみると、パンに近いふっくらとした食感だ。ミスタードーナツのようなしっとり・サクサクといった質感と異なり、ハワイで人気のスイーツ、マラサダに近い。購入時に渡されるスティックシュガーをまぶして食べる形式から、ネット上では「揚げパン?」との指摘もある。

カレーパンがすべての始まりだった

セブンのドーナツといえば、10年前の2014年に販売された「セブンカフェ ドーナツ」を記憶している人も多いだろう。セルフ式コーヒーが全国展開された翌年で、コーヒーとの合わせ買いが期待され、店頭でも大々的に売り込みをしていた。


2014年に登場したセブンのドーナツ。人気を持続させることはできなかった(編集部撮影)

工場で調理した製品を運ぶスタイルで、店舗スタッフの作業は袋から出して陳列するのみ。翌2015年には全店に広がった。しかし人気を定着させることができず、2017年には販売中止に至っている。

かつてのドーナツについて、同社商品本部のFF(ファストフード)・冷凍食品の責任者、米田昭彦シニアマーチャンダイザーは「売れてはいたが、差別化できていなかった。あのまま続けても商品の進化は見込めなかった」と振り返る。

今回の新生ドーナツは、販売終了から実に7年ぶりの再挑戦となる。興味深い点は旧製品のリニューアルではなく、ほかの新商品の「副産物」であったということだ。

きっかけは2015年。当時のセブン社内ではこんな議論が行われていた。「セブンプレミアムの『金の食パン』(2013年発売)があり、イースト発酵生地には強みがある。店頭にフライヤーもあり、揚げたてという付加価値も提供できる。アメリカンドッグ以外にも、生地系のファストフードが提供できるはずだ」。

その中で俎上に載せられたのが、今や定番商品になりつつある「お店で揚げたカレーパン」(2021年発売)。金の食パンを手がける武蔵野グループはカレーも製造しており、素材面で差別化できるとの狙いがあった。

しかし、ヒットへの道は平坦ではなかった。課題の一つは設備だ。揚げたてを提供するには、揚げる前の半製品を冷凍状態で店舗に運ぶ必要がある。委託先のパン工場には食材保管用の冷凍庫はあるものの、製造ライン上で急速に冷凍する設備がなく、数量や品質を保つことが難しかった。

最終的にメーカーの協力のもとで設備投資に至ったが「最初は工場の端っこで生産を開始した。売れる保証がない中での投資で肩身は狭かった」(米田氏)という。

素材の配分も試行錯誤が続いた。工場の生産が軌道に乗り、取り扱い店舗数も増えていったが、店舗当たりの販売数量は1日数個と伸び悩んでいたからだ。出来たてを訴求するファストフードは、少なくとも1日10個程度の販売を維持できなければ品質を保てない。

粉の改良が当たり、ギネス級のヒット

「出来たてカレーパンのポテンシャルはこんなものではない」。7000店まで販売を広げていたが、セブンは改良のために販売を一時中止。材料や製造工程を見直すことになった。

とくにこだわったのが香りだ。通常、カレーは製造後にしばらく寝かせて具材のうまみを溶け出させるが、製造からすぐに生地へ詰め、冷凍する方式に変更した。中身のカレーを出来たての状態で維持することで、一口目からスパイスが香るようにした。

これが当たった。東京都、神奈川県、静岡県で再びテスト販売をしたところ、販売数は従来の3〜4倍に伸長。委託先工場の拡大など製造体制も拡充し、2022年12月には全国販売を開始した。

2023年の年間販売数は7698万個を達成。今年、「最も販売されている揚げたてカレーパンブランド」としてギネス世界記録にも認定された。新たな消費者のニーズを捉えた商品といえるだろう。

こうしたカレーパンでの苦労と大ヒットが、かつて撤退したドーナツの再挑戦につながっていく。

カレーパンの快進撃によって「生地×ファストフード」のポテンシャルを再認識したセブン商品部のメンバーたち。この組み合わせを駆使し、新しいファストフードを開発できないか。そう考えた結果、再びたどり着いたのがドーナツだった。

2023年7月、「お店で揚げたマラサダ」としてテスト販売に乗り出したが、結果は思わしくなかった。客の評判はいまいち。ドーナツはカレーパンよりも生地の量が多く、オイルを吸いすぎてしまっていた。

そこで粉の配合を見直した。もちっとした食感に仕立てるために入れていた米粉の配分を増やした。米粉は小麦粉よりも油を吸いづらい特性がある。米粉の中でもより吸油しづらいものを選定し、それに合うように小麦粉の種類も変更していった。

数々の改良を経て現在の生地を完成させ、マラサダのテストから1年後の2024年7月、リング状のドーナツも含めて埼玉県から販売を広げていった。

販売は好調だ。9月には導入済みの約5000店舗で1日平均25個を売り上げた。現在は販売店舗数を広げる中で、工場への負担を抑えるために販促を控えている状況で、まだ伸びしろがありそうだ。

今年3月に「次世代商品部」が発足

一方、会社全体に目を向けると、セブンは苦戦が続く。2024年3〜8月期の平均日販は69.9万円で、前年同期比0.2万円減となった。

額ではローソンとファミリーマート(ともに日販57.3万円)を圧倒するが、両社が増収傾向を維持する中、セブンはマイナスだ。セブン‐イレブン・ジャパンの永松文彦社長は「(節約志向の高まりという)変化への対応に半年ほど遅れてしまった」と語る。

この反省のもと、セブンは足元で価格を重視したキャンペーンを広げている。低価格のおにぎりの導入や弁当を値下げし、値頃感のある商品に「うれしい値」というPOPをつけるものだ。このキャンペーンは本格始動した9月以降、少なくとも半年以上は続け、長期の取り組みになる見通しだ。

そこで懸念されるのが粗利率だ。低価格の商品が増えて粗利率が低下すれば、粗利益を分け合うFC加盟店と本部の双方に影響が生じる。この点、高い利益率を誇るファストフードの強化は重要な課題だ。実際、ドーナツは9月の実績で日販にプラス0.4%、粗利率でもプラス0.2%の貢献があった。


セブンはメロンパンや焼きたてピザなど、生地系商品の拡充を進めている(記者撮影)

セブンは今年、商品本部の傘下に次世代商品部を新設し、ファストフードを中心に新たな商品開発に本腰を入れている。

足元では一部店舗に小型オーブンを設置し、焼きたてのピザやメロンパンを提供する取り組みを進める。こちらも同じ生地系の商品だ。

将来的に、セブンはドーナツやカレーパンなどを合わせた「出来たてパン」のカテゴリーを打ち出し、消費者に訴求する考えだ。「出来たてパン類は加盟店の利益を上げられる重要な商材。急いで拡大を進めていく」と米田氏は語る。

カレーパンの大ヒットから生まれたセブンの「リベンジドーナツ」。10年にわたる生地系商品の開発はまだ終わらない。今後もヒットを狙った出来たて商品が続々とカウンターに並びそうだ。

(冨永 望 : 東洋経済 記者)