10月末に行われたらくらくスマートフォンの発表会(筆者撮影)

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「変えない」らくらくスマートフォンF-53E(左)と、「変える」らくらくスマートフォン a(筆者撮影)

「変えない」と「変える」の二刀流で、FCNTは2000万人市場に挑む。

「変化を望まない」ユーザーの声に応える

25年前、ドコモ向けフィーチャーフォンとして誕生した「らくらくホン」。その後スマートフォンへと進化し、らくらくスマートフォンとして12年の歴史を重ね、累計出荷台数4000万台を誇るシニア層向け携帯電話の代表格となった。

そして今回、FCNTが新型らくらくスマートフォンの開発に着手した際、ユーザー調査で浮き彫りになったのは、変化を望まない声の大きさだった。実に9割のユーザーが「使い勝手を維持してほしい」と回答したのである。

「当たり前のことを当たり前にはしない」。FCNT 外谷一磨氏はそう語る。スマートフォンの大画面化トレンドに逆らい、あえて5.4インチの特注ディスプレイを開発。使い慣れた持ちやすさを守るための判断だ。


FCNT プロダクトビジネス本部 副本部長の外谷一磨氏(筆者撮影)

この開発思想は、ドコモ向け新機種「らくらくスマートフォン F-53E」に色濃く表れている。最大の特徴が「らくらくタッチパネル」だ。一般的なスマートフォンが画面への軽い接触で反応するのに対し、画面を実際に押し込む動作で操作する独自の仕組みを採用。押した時には振動で実際のボタンのような操作感が得られ、スマートフォンに不慣れな利用者でも誤操作を防ぎながら確実な操作が可能となる。この感触重視の設計を新機種でも継承しつつ、ディスプレイの輝度は従来比1.3倍に向上させ、屋外での視認性も高めた。


らくらくスマートフォン F-53Eは押し込む操作がタッチになる「らくらくタッチパネル」を搭載する(筆者撮影)

カメラにはソニー製の高性能なイメージセンサーを採用し、暗所でも鮮明な写真が撮れるよう配慮した。背面カメラの配置にも独自のこだわりがある。一般的なスマートフォンが端に寄せて配置するのに対し、らくらくスマートフォンは中央に固執する。左右どちらの手で持っても自然に構えられ、指が写り込みにくいという利点を守るためだ。カメラを中央に配置すると他の部品が搭載できなくなる制約があるため、高度な設計が必要になるという。

新たに背面には自律神経の計測機能も備える。センサーで読み取ったデータを独自のアルゴリズムで分析し、高度な計測とアドバイスを提供する。

新市場を開拓する2つの新機種

一方、FCNTは従来とは異なるアプローチの2機種も投入する。Y!mobile向け「らくらくスマートフォン a」とSIMフリーの「らくらくスマートフォン lite」だ。これらの機種では、従来機種の特徴的な「らくらくタッチパネル」はあえて搭載せず、使いやすさを重視したユーザーインターフェイスの実装にとどめた。いわば、一般的なスマートフォンを「らくらくナイズド」するアプローチだ。

「らくらくスマートフォン a」は、アクティブシニアをターゲットに据える。自ら積極的にスマートフォンを使いこなしたいという層に向け、6.1インチの大画面、4500mAhの大容量バッテリー、5010万画素カメラと、ハードウェアスペックを重視した設計となっている。自律神経測定機能も搭載し、健康管理をサポートする。


らくらくスマートフォンaにはソフトバンクの健康サポートアプリも搭載される(筆者撮影)

Y!mobileは、この新機種に合わせて充実したサポート体制も用意する。専任のスマホアドバイザー1200人を配置し、操作の不安に対応。さらに、24時間365日・回数無制限で利用できる健康相談サービス「かんたんHELPO」や、歩きながらフレイル対策ができるアプリ「うごくま」なども提供する。料金面では、シニア向けプランとして月額1958円(データ4GB、国内通話かけ放題)という手頃な価格を実現した。

「らくらくスマートフォン lite」は、新たな市場のニーズに応える。これまで家族全員でMVNOへの乗り換えを検討する際、シニア向けのらくらくスマートフォンという選択肢がなかった。この課題に応えるべく、SIMフリー端末として開発され、想定価格5万円程度で提供される。なお、この機種はNTTドコモもSIMフリー端末として取り扱う。ドコモアプリなどをプリインストールしない異例の機種となる。


らくらくスマートフォン lite。3機種とも「自律神経パワー」の計測機能を備える(筆者撮影)

デジタルデバイド解消への使命

「Lenovoグループとなった新生FCNTが、なぜらくらくスマートフォンを続けるのか」。FCNT副社長の桑山泰明氏は、その意義を問い直すところから始めたという。60歳以上の約半数、推計2000万人が「スマホを使いこなす自信がない」と答える。一方、デジタル庁によると来年までに行政手続きの97%がオンライン化されるなど、スマホは生活インフラになりつつある。


FCNT副社長の桑山泰明氏(筆者撮影)

その責任を果たすため、FCNTは端末とサービスの両面でシニア層を支援している。らくらくコミュニティには300万人を超える会員が集い、シニア向けSNSとしては国内最大規模となった。「社会とのつながりを感じられなくなった」「デジタル化についていけない」という不安を抱えるシニア層に、共に学び楽しむ場を提供している。

シニア向けスマートフォン市場の先行きは厳しい。FCNTとシェアを分け合ってきた京セラが撤退を表明するなど、市場は縮小傾向にある。しかし、デジタルデバイド解消という社会的使命は、むしろ今こそ重要だとFCNTは考えている。

Lenovoグループ傘下となって初めてのらくらくスマートフォン投入。その視線は、すでに海外市場にも向けられている。桑山氏はグループ内部からの期待を語る。「Lenovo社内のエグゼクティブから英語版はいつ出すのかと言われている」という。しかもそれは、折りたたみスマートフォンが良いという。

ただし、どの国のどの市場に向けて展開するかは、マーケット調査を重ねながら慎重に判断していく考えだ。

従来のドコモ専用モデルから一気に3ブランド展開へ。FCNTの新たな戦略が動き出した。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)