新NISAを始めるにあたって大事なことは何か。経済アナリストの森永康平さんは「家計簿アプリを入れて毎月の収支をしっかりと把握したほうがいい。投資の知識は新NISAを始めれば自然と身に付く」という。元日本マイクロソフト業務執行役員の澤円さんとの対談をお届けする――。

※本稿は、マイナビ健康経営が運営するYouTubeチャンネル「Bring.」の動画「貯蓄大国日本に株式投資は根づくのか? 新NISAで追い風吹く、日本の投資環境を経済アナリストが紐解く」の内容を再編集したものです。

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■日本人の金融リテラシーはむしろ高かった

【澤円】近年の物価高の影響もあってか、いまは節約や貯蓄に関するコンテンツが人気ですし、さらに「新NISA」のスタートにより日本でもようやく「投資」という資産形成の方法が認識されつつあります。現在の投資をめぐる状況をどのように見ていますか?

【森永康平】欧米人に比べ、日本人があまり投資をしてこなかったというのは多くの人が持っている印象でしょうし、それは実際にデータでも証明されています。これまで日本人が投資をしてこなかった理由として、よく「金融リテラシーの低さ」が挙げられますが、わたしの見方は異なります。

バブル崩壊後の1990年代初頭から現在に至るまでの不況については、「失われた30年」という表現もされますが、これがなにを意味するかというと、物価が下がっていくデフレ経済だったということです。そして、物価が下がることは、言い換えるとお金の価値が上がるということを意味します。

ですから、デフレのあいだは下手にリスクをとって投資をするよりも、預金しておいたほうがお金を増やせるということだったのです。そういう意味では、投資をせずに預金をしていた日本人は、むしろ金融リテラシーが高かったともいえます。

■日本人も投資をする必要が出てきた

【澤円】しかし、時代が大きく変わってきましたよね。日本の物価上昇率は、バブル崩壊後は1%未満、それこそマイナスだった年も多くあったほどでした。しかし、2022年には前年のマイナス0.24%から2.50%に急上昇。2023年には3.27%と1991年以来の3%台となりました。

【森永康平】物価高騰が続きデフレを脱却するとなると、今度は投資をせずに預金だけをしておけば、物価上昇率の分だけ資産価値が下がってしまいます。デフレからインフレに変わっていくなか、いよいよ日本人も投資をしていく必要が出てきました。

■転職、副業でそう都合よく収入は上がらない

もちろん、投資をしなければならない理由はインフレだけではありません。少子高齢化が進むなかで将来的には年金の受給額もいまより減る可能性が高いでしょう。転職や副業で収入を上げるという手段もありますが、それはあくまでも理想論というのがわたしの見方です。

実際、わたしも転職を何度か経験していますが、そこまで都合よく給料は上がりませんし、上がったとしてもその分仕事がきつくなるということもあります。副業をはじめたことで本業がおろそかになり、どちらに自分のリソースを割くべきかわからなくなるということもあるでしょう。

収入を上げるというのは、多くの人が思っているほど簡単ではないのです。だからこそ、「新NISA」がはじまったことで投資に興味を持つ人が増えているというのは、タイミング的にもとてもよかったと思います。

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■全くの無知のまま新NISAを始めるのは危険

【澤円】一般の日本人が投資という資産形成法について興味を持ちはじめた状況を、森永さんも歓迎しているということですね。一方で、現在の投資をめぐる状況に問題点はありませんか?

【森永康平】SNS全盛のなか、いわゆるインフルエンサーと呼ばれる人たちが「絶対に新NISAをはじめないと駄目」と喧伝していたり、政府も投資をすすめていたりする結果、いままで投資に興味を持っていなかった人たちが知識不足のままいきなり投資をはじめるということが起きています。

わたしも職業柄、「新NISAって絶対に損しないんですよね?」といった質問を受けることがあります。「だってこれだけ国が推しているのだから、損なんてするわけがない」と本気で思っている人もいるのです。もちろん、大半の人は勉強をしてからはじめようと考えるのですが、無知のまま投資をはじめる人も少なくないことは危険だと感じています。

【澤円】なにをはじめるにも、一定の勉強が必要ということですね。特に投資となると、資産を失うリスクもあるのですからなおさらです。

【森永康平】もちろん、「ちゃんと勉強をしてから」と考え過ぎるといつまで経ってもはじめないということにもなりかねませんから、勢いではじめるのもありかもしれません。とはいえ、大切なお金を投じる以上、ある程度の知識をつけてはじめたほうが、後悔する確率は減りますよね。

■日経平均4万円超は「バブルの再来」なのか

【澤円】2024年3月に、史上はじめて日経平均株価が4万円を超えました。この株式市場の盛り上がりを受けて投資に関心を持ったという人も多いわけですが、森永さんの目には、現在の株高傾向はどのように映っていますか?

【森永康平】日経平均が4万円を超えたタイミングで意見として多かったのは、「これはバブルだ」というものでした。でも、わたしはそう思いません。なぜなら、「バブルだ」といっている人たちは、数字の話しかしていないからです。バブル最盛期の1989年12月に記録した、それまでの日経平均史上最高値は4万円弱でした。そのバブルの水準を超えたから「再びバブルだ」といっているわけです。

でも、それは数字の見方を完全に誤っています。例えば、体重80kgの人が太っているかどうかは、80kgというその数字だけを見てもわかりませんよね? 身長150cmで80kgだというなら「ちょっと痩せたほうがいいんじゃない?」となりますが、身長が2mで同じ80kgならむしろもう少し太らなければならないくらいです。

【澤円】同じ数字であっても、他の要素が異なればまるで意味合いが異なる。

■「バブル」と騒ぐのは論外

【森永康平】まさしくその通りです。現在の株高傾向について「バブルだ」といっている人は、80kgという数字だけを見て「太っている」と騒いでいるようなものなのです。1989年の日本企業と、いまの日本企業では稼いでいる額も稼ぐ力も、そもそも稼ぐフィールドもグローバル化によってまったく変わっているではありませんか。

ですから、日経平均が4万円を超えたからと「バブルだ」と騒ぐのは論外ですし、これから日本がデフレ経済を脱却することができれば、今後は日経平均が4万円以上に上がっていくというシナリオも十分にあり得ると考えます。

■日本人が投資に「トラウマ」を持つ理由

【澤円】投資に注目が集まっているとはいえ、日本人の資産形成の手法というと、一般的には「貯蓄」がまだまだ圧倒的に多いですよね。一方、バブル期には投資熱が高まった時期もありました。それでも日本では投資が根づかなかった原因はどこにあったのでしょう?

【森永康平】バブル期には、ちょうどわたしの親くらいの世代の人たちが投資にハマり、そして大損を被る経験をした人も多くいました。そうして「投資は危ない」と思ったからこそ、自分の子どもたちの世代に対して「株式投資なんてやってはいけない」と刷り込んだわけです。それこそが、日本に投資が根づかなかった最大の理由でしょう。

でも、直近10年くらいは、上下しながらもならしてみれば日経平均は右肩上がりになっていますから、おそらくこの10年くらいのあいだに投資をはじめた人たちは、過度に「投資は危ない」といった意識は持っていないはずです。「投資はギャンブル」といった見方もようやく薄れてきたところに、「新NISA」スタートという追い風も吹きました。このままたくさんの日本人が投資をきちんと学ぶことができれば、世界水準の投資に対する認識を持つことができるのではないでしょうか。

■初心者はまずは積立投資から

【澤円】ようやく投資人口が増えてきたということは、多くの人は投資をはじめたばかりの初心者です。そういう人におすすめの投資法を挙げるとするなら?

【森永康平】投資にもいろいろなやり方がありますが、最大公約数的に多くの人に最適な方法でいうと、やはり積立投資になります。基本的には投資信託になると思いますが、毎月同じ金融商品を同じ金額だけコツコツと購入し続ける方法です。それを長期的に続けていけば、いわゆる複利効果によって資産を大きく増やせる可能性が高いからです。

この積立投資をすすめるのは、手間がかからないから。どのような人にとっても、1日は24時間しかありません。投資自体が仕事のプロ投資家ならともかく、一般の個人投資家にとっては、限られた時間のなかで投資に割ける時間はそれほどないでしょう。そのため、一度設定さえしてしまえば自動的に投資を続けてくれる積立投資がマッチしているはずです。

■投資の勉強法は「やりながら知識を蓄える」

【森永康平】澤さんも資産運用はされているのですか?

【澤円】以前は、もう自慢できるくらいなにもやっていませんでした……(苦笑)。僕はサラリーマンを長く続けてきたので、勝手に給料が入ってきてお金が出ていって、それでも生活できているということで投資のニーズを感じることがなかったのです。

でも、4年前に独立したことで、自分の収入は誰かが保証してくれるわけじゃないし、源泉徴収も勝手にされるものではないとなると、「無知のままではいられないぞ」と思い立ち、少しずつお金に関して勉強をするようになりました。そうしていまは、分散投資をやっています。

【森永康平】実際に投資をはじめたことで、投資に対する見方は変わりましたか?

【澤円】たとえ話としてよく使われますが、「競馬は賭けないとただの馬のかけっこ」という話とまさに同じです。賭けるからこそきちんと馬を見て分析しようと思うように、投資を実際にはじめたことで、投資についてよりきちんと学んでいこうと思えるようになりました。

写真=石塚雅人

【森永康平】知識を積み上げてからはじめるのではなく、やりながら知識を積み上げるということですよね。これは、わたしが投資の未経験者にいつも言っていることでもあります。日本人は基本的に真面目ですから、多くの人がしっかりと勉強してから投資をはじめようと考えます。でも、それだとたいていはじめる前に挫折してしまうのです。

500円や1000円という少額から投資をはじめられますから、まずはやってみる。すると、「1円でも損をしたくない」と考えるのが人間なので、「どうすれば損をしないだろう?」「どうして株価って変動するのだろう?」と疑問を持ち、勉強するつもりはなくとも勝手に勉強するということになるのです。

■初心者はレバレッジはかけてはいけない

【澤円】これからインフレ傾向が続く可能性が高いといわれるなか、投資によって自らの資産価値を守っていく必要があるということはよくわかります。しかし、投資にはリスクもつきものです。投資をするにあたって、初心者がやってはいけないことを教えてください。

【森永康平】レバレッジをかけるという手法です。レバレッジ(Leverage)とは「てこの原理」という意味で、投資の世界では「小さい資金で投資効果を大きく上げる」といった手法を指します。例えば、100万円しか持っていないのに300万円分の投資ができるといった金融商品もあるのです。

この投資がうまくいけば、もちろん効率よく稼げます。投資資金が100万円しかないのに300万円分の投資をするのですから、本来稼げるスピードの3倍早く資産を増やせるわけです。

でも、これは逆もまたしかりです。100万円しか持っていないのに300万円分の投資をするのですから、損をするときも損失が3倍になる。そのため、短期間で資産を失うこともあたりまえのように起こります。とにもかくにも、レバレッジはかけないこと。これだけは、初心者の人に強くお伝えしたいですね。

■家計簿アプリで毎月の収支を把握する

【澤円】投資をはじめる前には、投資の考え方や手法を知る、またはマネープランを立てるなど、それなりの準備も大切かと思います。準備段階でやっておいたほうがいいことはありますか?

【森永康平】初心者向けとなると、まずなにより自分のお金の流れを把握することでしょうか。「老後資金が足りるか不安だ」という人はたくさんいますが、実はそういう人のなかにも毎月の収支すら把握していないケースがよくあるのです。それを認識できていなければ、将来必要な資金、その資金をつくるために投資にあてるべき金額といったマネープランも見えてきません。そこで、家計簿アプリの活用をおすすめします。一度クレジットカードや銀行口座などを紐づければ、自動的にデータを収集して勝手にお金の流れを可視化してくれます。

【澤円】これも、時代の流れによる変化ですね。投資をしなければならない時代になったと同時に、テクノロジーの進化によって投資をしやすい時代にもなりました。いま、投資をはじめない手はありませんね。

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森永 康平(もりなが・こうへい)
株式会社マネネCEO、経済アナリスト
証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾などアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、事業責任者やCEOを歴任。その後2018年6月に金融教育ベンチャーの株式会社マネネを設立。現在は経済アナリストとして執筆や講演をしながら、AIベンチャーのCFOも兼任するなど、国内外複数のベンチャー企業の経営にも参画。著書は『スタグフレーションの時代』(宝島社新書)や父・森永卓郎との共著『親子ゼニ問答』(角川新書)、『つみたて投資の教科書』(あさ出版)など多数。
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澤 円(さわ・まどか)
圓窓 代表取締役
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
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(株式会社マネネCEO、経済アナリスト 森永 康平、圓窓 代表取締役 澤 円 構成=岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文=清家茂樹)