FZMZ 1st VRライブ『DEEP:DAWN』

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 TVアニメ『シャングリラ・フロンティア』のOPテーマを担当する、アバターバンド・FZMZ(ファゾムズ)。深海魚を模したアバターに身を包むメンバーの素性は、様々な実績を積み重ねた凄腕のアーティストたち。発表曲はわずか数曲ながら、圧巻ともいえるパフォーマンスに釘付けになっている人も多いはずだ。

【画像】FZMZ 1st VRライブ『DEEP:DAWN』ライブの様子

 そして、その足取りも破天荒だ。特に話題になったのが、ソーシャルVR『VRChat』にて開催した1st VRライブ『DEEP:DAWN』だ。デビューしたてのメジャーアーティストが突如『VRChat』に上陸したことはもちろん、『VRChat』での実績豊富なクリエイターを多数アサインしたことや、「パーティクルライブ」と呼ばれる視覚的演出を採用したこと、なにより、全くの予告なしのVR空間でのゲリラライブを仕掛けたことで、とりわけ『VRChat』プレイヤーを大いにおどろかせた。

 本ライブはYouTube上での配信をおこないつつも、再公演では『VRChat』上での同時接続が3000人を突破し、国内『VRChat』系イベントでは記録的な数値を叩き出した。突飛さも、その反響も桁違いなこのVRライブは、どのようにして成立したのか。もともと『VRChat』やメタバースにも詳しいというFZMZメンバー・HONNWAKA88(ホンワカパッパ)と、本ライブの制作チームに話を伺った。

 前編ではプロジェクト全体のスタートから現在に至るまでの経緯、そして重要な要素となる「音」と「空間」の関係性について話が広がった。

■HONNWAKA88にとって『VRChat」は憧れのステージだった

――まず、FZMZとはどのようなユニットなのかを教えてください。

HONNWAKA88:我々FZMZは、「NETAVERSE(ネタバース)」と呼ばれる異次元空間からやってきたバンドです。もともと、いろいろな音楽活動をやってきた面々が、それぞれのバックグラウンドを活かし、「新しい場所で新しいことをやって暴れていこう」というコンセプトを掲げて活動しています。

 「ロックバンドを組んだら、まずここに出演して……」というセオリーも一切守らず、楽曲制作においても、ライブ実施においても、「これは面白いか」「これは実現可能か」という観点で未知の深海を泳いでいくように探り、カオティックに変化していくスタイルをとっています。

――深海のモチーフは、みなさんのお姿(アバター)にも現れていますね。

HONNWAKA88:自分はリュウグウノツカイがモチーフです。もともと「アバターは深海魚をモチーフでいこう」と考えていて、活動初期はまずメンバーごとに好きな魚を挙げるところから始めましたね。

――皆さんのお姿を見ていると、まさにコンセプト通りですね。そんなFZMZが『VRChat』に乗り込もうと思ったのはなぜでしょうか?

HONNWAKA88:「FZMZ」でファーストライブをやるなら『VRChat』でしょうと、チーム全体で案が持ち上がっていました(*^。^*)。

 僕自身、FZMZ結成以前から『VRChat』などのメタバースが好きで、いちユーザーとして遊んでいたので、この案には前向きでした。それこそ、『VRChat』の音楽イベントに出演していたこともあります。本日同席いただいたキヌさんの『サンリオVfes』のステージも目の当たりにしましたし、同イベントでは別のアーティストのバックバンドで演奏していました。

 新鮮で、面白いことで満ちている場所で、ずっと活動している人がいることを知っていたからこそ、『VRChat』は自分にとっても憧れのステージでしたね。

――以前から可能性を見出していたのですね。HONNWAKA88さんご自身も『VRChat』にいらっしゃったとは……!

■VRイベントとしては“前代未聞” FZMZが仕掛けたゲリラライブの舞台裏

――『DEEP:DAWN』の大きな特徴に、「本開催前の予告なしゲリラライブ」が挙げられると思います。VRイベントとしては前代未聞の取り組みだと思いますが、なぜゲリラライブを仕掛けたのでしょうか?

ReeeznD:理由は3つありまして……。

 ひとつ目は、FZMZというバンドは「どんなバンド?」という部分について考えたことがキッカケです。最初に今回のお話をいただいたとき、HONNWAKA88さんがおっしゃっていた「さまざまなバックグラウンドを持つメンバーが集結!」という事と音源以外の部分については、僕たちがつかみかねていたんです。

 そこで、僕とキヌさん、プロデューサーのkoukoさん、ソニーミュージックさんで「FZMZとは一体どんなバンドか」と深掘りする会を『VRChat』内でいろんなワールドを見ながら話し合いました。それで、これほど実力を持つバンドであれば、実はリアルだろうとバーチャルだろうと関係ないな、と。とにかく「現れた場所を音楽のパワーで全部めちゃめちゃにする」というイメージが見えてきました。それだけの力があるので、観客にはFZMZが音楽のパワーでめちゃめちゃにする様を見たり、自分がめちゃめちゃにされてスッキリとして帰ってもらおうと(笑)。

 そこまで見えたので、次は「めちゃめちゃにする」というバンドの態度を「どう体験してもらうか」について考えました。そして、展示ワールド『FZMZ Zero Point』を作り、そこに本人たちが「なんか俺たち呼ばれてるらしいぞ」とやってきて、全部めちゃくちゃにして去っていくという展開を思い立ったんです。展示イベントを開催したソニーミュージックさんには、いわば“被害者”になってもらおうと(笑)。

 なので、最初の1発目は予告なしでやる必要があったんです。「この態度こそがFZMZだ」というメッセージを示すためですね。今もフェスでいきなりTシャツをバラまいたり、LiSAさんのライブに突然現れたりと、めちゃめちゃやっているのを見ています(笑)。

 2つ目は、FZMZの知名度です。CAPSULEのVRライブを企画したときは、CAPSULE自身にかなりの知名度があったので、「あのCAPSULEがVRChatに来るぞー!」と打ち出せばユーザーにも響きました。一方で、FZMZは『シャングリラ・フロンティア』を視聴している人は知っているし、もちろん実力もとんでもないけれど、結成して間もない「新人バンド」でもあるわけです。「あのFZMZが来るぞー!」と宣伝しても、VRChat内外にどの程度響くのかは予想できませんでした。

 それに、ベタな宣伝よりも「みんなが食らって響く方法」があるんじゃないかとずっと考えていたんです。同じことは二度やりたくないというボクの性分もありまして、FZMZなら何か出来るなと思いました。

 3つ目は、開催時期が7月初頭だったことです。この時期は夏休み直前ということもあり、さまざまなイベント告知が打たれることが想像できました。でも、告知をSNSで見すぎると、ユーザーは「イベント疲れ」を感じてしまう。だからこそ、「来てね!」と積極的にアピールするよりも、興味を持って引き込まれるような打ち出し方のほうが、逆に目立つだろうと考えたんです。

 この3つの理由から、公式が指定した時間に行く、という従来の形式とは異なる“ゲリラライブ”を仕掛けようと考えました。公式がちゃんと告知なり呼び込みをするよりも、見た人が「あれヤバいから見たほうがいいよ!」となるのが一番FZMZには合っているなと思って。

キヌ:最初の打ち合わせで、「お客さんにどんな気持ちになって帰ってほしいですか」と聞いてみたところ、「コアな人にもワクワクしてもらいたい」って話が挙がったことも大きいですね。じゃあ、そうなってもらうにはどうしたらいいだろうと考えた結果、ゲリラライブという一手が挙がったのだと記憶しています。

玉田デニーロ:それと、「なにかよくわからないものに“たまたま”遭遇してワクワクする、みたいな体験をあらためて作りたい」って話もしていましたよね。『VRChat』は基本的に優しい人が多く、イベントの告知も丁寧な印象がありますが、従来のインターネットにあった「自分で見つけに行く楽しさ」がほしいなって。

HONNWAKA88:現実世界における、ライブハウスやドームなどで開催されるライブイベントは、観覧までの導線がある程度仕上がっています。チケットを買ったファンが現地に行く、もし行けなければオンライン配信で見る、といった具合に。

 一方で、メタバース空間のライブにはハードルがいくつもあります。今回の『DEEP:DAWN』の場合は、万全な環境で楽しんでもらうのであればVRヘッドセットを使えるのが望ましい。もちろん、ライブそのものを何度もリプレイすることはできるけれど、いつでも体験できたらそれは“ライブっぽくない”という考えもありました。

 そういったことも踏まえた話を、ReeeznDさん、キヌさん、玉田さんがたくさん議論されていたのが、制作序盤で特に印象に残っているところですね。そこで気になっているのですが、(インタビュアーの)浅田さんはどのようにして、最初のゲリラライブの存在を知りましたか?

――「FZMZ Point Zero」を数人で訪問した際に、「なにかあるな」と直感したんです。中央にはカウントダウンのように動く文字らしきものがあるし、FZMZ公式Xも意味深な投稿をされていたので、注視はしていましたね。

HONNWAKA88:そうだったんですね。言われてみれば、ライブを見に来てくれた僕の友人も「勘で来た」とか、自力で考察・解読して来た方が多かったんですよね。がんばって見つけなければ入ることすらできないゲリラライブだったので、「本当に来てくれるだろうか」と心配していたのですが、そこを突破してきた人が何人もいました。

 やはり、新しい場所で新しい活動・日常を求める人は、面白いことを敏感に察知できる性質を有することが多いのかなと思っていたので、今回はすごくうまくハマったのかなと感じましたね。

――実際、VRユーザーはVRデバイスを自ら購入するような、アーリーアダプター的性質を持つ人が多いとは思うので、感度や熱量は従来のコンテンツと比較しても一段階高いとは感じますね。

■「途方もないことでも実行できる熱さを秘めたチーム」

――今回のライブは、ReeeznDさん、キヌさん、玉田デニーロさんなど、ソーシャルVRで活躍してきたクリエイターを数多くアサインされているのが特徴的です。なぜこうした方面のアサインが多かったのでしょうか?

HONNWAKA88:“リアルの方がうらやましがるプロモーション”ができたら、新しい空間でやる意義があるのかなということを考えていたのが大きいですね。

 新しい空間でメジャーライクな動線の引き方をやるロマンもすごくわかるんですが、リアルでもできることをやっても、日常的に世界中の様々なステージを見てきたメンバーから「わざわざメタバースでやらなくてもいいんじゃない?」と言われてしまうのは目に見えています。だからこそ、“メタバースでしかできないこと”を目指す必要がありました。

 たとえば何万人ものお客さんを動員して、ドームをひとつ埋めるようなアーティストでも、キヌさんのライブは現実の世界では現時点で再現できないじゃないですか。リアルの頂点にいるようなミュージシャン・アーティストたちですら、目の当たりにすれば「いいなぁ! リアルではやりたいのにできないことをやっている!」と感じるステージを作り出せるのがメタバース空間の強みです。

 だからこそ、途方もないことでも実行できる熱さをもったReeeznDさんたちに依頼するしかないだろうと思っていました。実際、今回のライブはすばらしいアンサーを返してくれましたので、間違っていなかったと思います。

――こうしてお声のかかったReeeznDさんは、どのように制作チームの座組を考えていきましたか?

ReeeznD:最初にソニーミュージックさんにお話を伺った際に「普通にバンドが演奏するライブか、いわゆるパーティクルライブ的なもの、どちらを求めていますか」と確認をしました。そこで「それはもう、パーティクルライブをやらないとダメでしょ」と頼もしい返答をもらい、「これはまた大きな話になるな」と感じました。

 そこで、まず確実にゴールまで行くため『CAPSULE』のVRライブを一緒に作ったキヌさん、エンジニアのtanittaさん、モデラーのCapuさんたちに声をかけました。ちなみに、今回の『DEEP:DAWN』というタイトルもCapuさんの発案です。

 さらに、企画が進むにつれて展示ワールドもしっかり作る必要が見えてきて、モデラーのKAASさん、海のシーンなど様々な環境構築のためrakuraiさん、異形のルックを現代的なアプローチに落とし込むためにグラフィックデザイナーのPinieonさんにも声をかけました。その後から、良いものが出来てきたけれど、これをVRだけで見せるのは勿体ないな……と思い、配信周りのテクニカルとしてosirasekitaさんにも声をかけました。

 またここにいる玉田デニーロさんは、音まわりをさわれて、VR的な文脈への理解も深く、かつプロの現場をよく知る方としてお誘いしました。『サンリオVfes』の「ぽこピーランド」のステージがとても素晴らしかったので「玉田さんに依頼したら良い結果になるだろうなぁ」と見込んでまして。

玉田デニーロ:VRライブの音響演出自体は、今回が2回目なんですけどね(笑)。お声掛けいただいてありがたい限りです。

■ハイクオリティな出音で圧倒した怒涛の音響演出 キモは“現地調整”

――『DEEP:DAWN』では、シーンごとに音の聴こえ方が変わるなど、非常に丁寧な音響演出を仕掛けていたのが印象です。音響演出について、どのような工夫をされたか、ぜひお聞かせください。

玉田デニーロ:前提として、VRライブにおける音響の手法は、大きく2つに分かれると思っています。まず一つが、音源がそのまま耳に聴こえてくる「2D」と呼ばれる手法、いわばステレオですね。もう一つが、音源の発生位置と聴く人の位置に応じて、左右別々に聴こえてくる「3D」と呼ばれる手法です。「立体音響」や「空間音響」のような呼ばれ方をしている場合もあります。

 そして、今回はバンドライブなので、ライブハウスに行ったときのような聴こえ方がベストだと思い、音響設計をしました。具体的には、出音を5.1チャンネルのサラウンド音声に設定し、映画館のように前方にアテンションがありつつも空間全体から音が聴こえるような調整を行いました。ここに演出に合わせた効果音などを足していき、“ライブ感”を増強させています。

――2曲目の『Danger Danger』は特にステージを意識させられる音響でしたね。一方1曲目では海中に飛び込むと音がくぐもるような効果も差し込まれ、臨場感が強かった印象です。

玉田デニーロ:VRライブの音響は、PAまたはSRの方が行う音楽ライブの音響、効果音などを付け加えていく映画館の音響、よりデフォルメしてわかりやすく楽しいエンタメへと落とし込むショーやテーマパークの音響などが、複雑に入り組んで共存しているような気がします。

 そのうえで、ライブの音って大きい方が満足度が高い気がするので(笑)、必要なところで大きくする調整はかけていました。FZMZは、ジャンルとしてはラウドロックに分類されるような、ヘビーなギターサウンドが特徴の音楽なので、空間音響とはちょっと噛み合わせが悪いんですよね。エンジニア的な言い方になりますが、ギターやベース、ドラムとかが耳に張り付いていてほしいんですよ。音の圧が必要なジャンルだと思います。

 でも、空間音響にしてしまうと出音とユーザーの耳の間に“隙間”が生まれて、音圧が弱まってしまう。このあたりを両立させるためのバランスを探りました。全体的に空間で鳴っている感じはするけど圧はちゃんと強いとか、そのうえでボーカルがちゃんと聞こえるとか……僕はいまでもライブハウスでバンドをやる人間なんですが、そのときに得られる満足感がどこにあるのか、強く考えながら設計していました。

ReeeznD:ちなみに玉田さんには、今回用に開発した『VRChat』内で音響調整ができるアセットを使ってもらい、VR空間内で調整を重ねてもらいました。急遽突貫で1日で作った、しょぼいPA卓のようなもので、めちゃくちゃ触りにくいものだったのは恐縮ですが……。

玉田デニーロ:やりましたね(笑)。現場でツールを動かしながら、「これだ!」と思った位置で得られたパラメータをカメラで撮ってReeeznDさんに送信する、といった作業を進めていました。

 それでいうと、実はシーンごとに“出音が鳴る位置”が変わっているんですよ。最初、FZMZメンバーが巨大化して現れるシーンでは、メンバーのスケールを考慮して、スピーカー位置はかなり高い場所に配置しています。そして、建物のがれきが残っている後方は反響音を近めに設定して、相対的にメンバーがいる前方がひらけて聴こえるよう調整しています。また、その後のシーンではクラゲ型スピーカーの位置に音源を配置しています。

――ソフトウェアで調整するのではなく、現地調整が一番効果的なのですね。

玉田デニーロ:そう思います。イメージと実際に見た結果が全然違うことの方が多いので、実際に音が鳴る環境で確認する必要があります。あと、『VRChat』だとアバターの身長によっても音の聴こえ方や印象が変わるので、いろんな身長のアバターでチェックしていました。

HONNWAKA88:自分が普段使っているアバターがすごく小さいので、ライブなどを観たときにいつも「なんか音がちょっと上の方から鳴ってるなー」とは思っていたんですけど、頭の位置がリスニングポイントに設定されているためなんですね。

玉田デニーロ:そうですね。今回はLFE(Low-Frequency Effect)、いわゆるサブウーファーを客席の真下に埋め込んだので、背の低いアバターだと相当ズンズン響いてきたと思います。

――具体例を挙げると『まめひなた』のような低身長アバターで、こうしたVRライブを聴いてみるのもおもしろそうですね。

玉田デニーロ:自分は主に身長180cmくらいのパブリックアバターで音を聴きながら調整していましたね。あと、音源が上にあるように感じやすいのは、『VRChat』における音周りの頭部伝達関数というか、空間を把握するパラメーターが、上方をとても把握しやすいものなんじゃないかなと勝手に思っています。なので、上下は意外と判断しやすい。個人差はあると思いますけど、上の方に意識が向くのはそういった理由もあるのかなと。

――総じて見ると、デバッグ作業のような調整がとても多いのですね……

玉田デニーロ:その通りです(笑)。

〈後編につづく〉

(文=浅田カズラ、写真=三沢光汰)