41歳でできた「初カノ」と結婚に至った彼の"勝因"
41歳でできた初めての彼女と結婚した男性。彼が幸せな結婚に辿りつけたワケとはーー(イラスト:堀江篤史)
「奥手」だった東大卒男性の婚活
品川駅前の和食店で結婚したてのカップルと向き合っている。夫の松井健太さん(仮名、41歳)と妻の鈴木舞子さん(仮名、39歳)の身長は同じぐらいで、ともにメガネ姿。どちらも理系出身だ。
筆者はライター業のかたわら、男女を引き合わせて結婚までをお手伝いする「お見合いおじさん」をしている。早くも「似たもの夫婦」な雰囲気を醸し出している健太さんと舞子さんは11組目の成婚カップルである。
健太さんが筆者の元で婚活を開始したのが2年半前、2022年の1月だった。それまで女性と付き合ったことがなかったと率直に明かす東大卒の彼には、お見合い申し込みが多かったのを記憶している。そのうちの1人と真剣交際に入ったものの進展が見られなかった。どちらも「奥手」だったことが原因だと思う。
その1年後、医療系の仕事に就きながら通信制の大学院で文化人類学を学んでいる舞子さんが婚活をスタート。
健太さんがお見合いを申し込み、翌月には真剣交際が始まった。舞子さんのほうから泊まりがけの旅行を提案するなどのリードがあり、交際開始から5カ月後である今年6月に婚約が成立した。
「私たちは今までの境遇が似ています。全然違う業界に転職した経験がある、などですね。シンプルな暮らしが好きなところも似ているなと思いました」
舞子さんに申し込んだ理由を訥々と語る健太さん。主語は「私」と堅めである。たくさんある言いたいことを理路整然と話そうとするが、遠慮がちな性格でもあるので相手が口をはさむと傾聴モードになる。2人の結婚ストーリーを彼から聞くのは難しそうだ。さきほどから目をキラキラさせながら我々の会話を聞いていた舞子さんに代わってもらおう。
彼女の心を大きく動かした出来事
「健太さんからお見合い申し込みをもらったときの感想は、年齢が近くてありがたい、でした。私は30代後半と婚活するには遅かったので、10歳以上など年上の男性とのお見合いも想像していたからです」
舞子さんのように自他への期待値を下げておくのは婚活において大変有効である。多くの人は逆のスタートを切る。自己評価が高すぎて、アプローチしてくれた他人への感謝が足りず、少し歩み寄ればつながるかもしれない縁を遠ざけてしまうのだ。
「健太さんの第一印象は『真面目そう。緊張しているんだろうな』でした。だから、会話が盛り上がったわけではありませんが、不思議と気疲れはしませんでした。話が合う人と気が合うとは限りません。恋愛では話が最初から話が盛り上がる人を選びがちなので、そこは気をつけていました」
気が合うかもしれない、と舞子さんが思ったポイントがある。健太さんは理学部卒という、ハードめの理系男子だったことだ。
「私は学生時代は生物系の専攻でしたが、サークル活動で天文部にも所属していました。理工学部の人たちと一緒にいるのが楽しかったことを覚えています。健太さんは大学院も出ているので修士論文の話もできてありがたいです」
東大卒というブランドよりも「アカデミックな話ができることが嬉しい」という舞子さん。高学歴女性の本音と言えるかもしれない。
そんな舞子さんの心を大きく動かした出来事がある。2024年1月の能登半島地震だ。舞子さんは石川県内に関係者が多く、そのことを覚えていた健太さんが心配するメールを送ってくれたのだ。
「私だけではなく、私の家族や友人知人にも気を配ってくれることに驚きました。この人の手を簡単に離してはいけない、と思ったことをはっきり覚えています」
告白のタイミングは慎重に
口下手な健太さんだがメールなどの文面は丁寧かつ繊細だ。その心優しさは舞子さんに伝わった。彼女に対してもともと前のめりだった健太さんは4回目のデートの帰り道に、「私は舞子さんのことをすごくいいと思っています。真剣交際に移りたいんですけどいかがですか」と丁重に告白。舞子さんは「私も今日は楽しかったです。これからもよろしくお願いします」と承諾した。
実は、興奮気味の健太さんは3回目のデートで告白しようと思っていた。事前に相談したのが、筆者と一緒に「お見合いおじさん」活動をしているお世話係のマチコ先生。「ちょっとだけ早いですね。もう1回ぐらい会ってからにしてください」との答えだった。
恋愛に不慣れな人にとって、告白のタイミングを判断することはとても難しい。「玉砕覚悟で」などと乱暴なことをするとほぼ確実に玉砕する。紹介者や結婚相談所のカウンセラーなど、マチコ先生的な立場にいる人に意見を聞いたりなどして、着実に進めるべきなのだ。相手の状況や心境を把握していることが多く、「今夜、このお店で告白すればたぶん大丈夫」などと的確なアドバイスをもらえたりする。
実際、告白という一大イベントを先送りにした3回目のデートで、健太さんはリラックスした素顔を見せることができた。スパイスが利いたカレーうどんを夢中で食べていたところ、舞子さんから「美味しいものを食べているときって無口になるよね」と言われて会心の笑みを浮かべたのだ。健太さんはそのときの心境を生真面目に明かす。
「やっぱり緊張はしていたのですが、図星だったので笑ってしまいました」
その笑顔が可愛かった、と舞子さんは振り返る。真面目で、優しくて、可愛い理系男子。好印象は高まり、次のデートでの告白を受け入れるのは自然な流れだったのだ。
いわゆる女性経験がなかった健太さんは、「舞子さんともっと仲良くなる方法」に関してもマチコ先生に相談。手をつなぐなどのスキンシップを増やしたり、泊まりがけの旅行に行ったりすることを提案してもらった。旅行に関しては舞子さんのほうから誘い、一夜を共に過ごした。
「健太さんはいろいろ緊張しているな、と思った程度です。楽しく過ごせました」
結婚の条件は「すんなり」決まった
かつての恋人とは12年間も付き合っていて結婚寸前に別れた経験がある舞子さん。謙虚さはありつつも、シンプルさ重視の生活習慣に関するこだわりは強く、外で働き続けることも結婚の条件だった。
共働きの両親に一人息子として育てられた健太さんは、結婚相手の女性がキャリアを継続することは当たり前で、むしろそれを望んでいた。完全リモート勤務の会社員である自分は住む場所に関しては相手にある程度合わせられる。
「家庭以外にも自己実現の場がある女性がいいな、と思っていました。経済的にもお互いに依存しない関係が理想ですし、私は基本的に在宅勤務なので(相手が専業主婦だと)日中もずっと一緒にいることになって息が詰まりそうです」
子どもについては不妊治療などはせず、運良く授かったら一緒に育てるという点で合意。結婚の条件が「すんなり」決まった。健太さんが舞子さんにプロポーズしようと思っていた日のことである。
「舞子さんの誕生日だったので、夜景がキレイなホテルの部屋とディナーを予約しました。部屋で2人きりになったときに結婚の話を切り出そうと思っていたのですが、住む場所や仕事の話などがどんどん進んでしまって……」
舞子さんの話を「ちょっと待って!」と珍しく遮った健太さん。ここで一世一代の男気を発揮した。
「まだ正式に言っていなかったけれど、舞子さんと結婚したいです」
すでに結婚前提で話をしていた舞子さんの返事はもちろんYES。外食や博物館めぐりなどのデートが楽し過ぎてお互いの家に行ったことがないままに婚約が成立した。一人暮らしの部屋はそれぞれ引き払い、生活費折半の新居で集合。今は和やかな共同生活を始めている。
「お似合い夫婦」な2人
健太さんの母親は4年前に亡くなり、父親も2年前に他界している。父親の葬儀で喪主を務めた健太さんを親戚はひどく心配していたという。
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「結婚を報告したところ、叔父と叔母がとても喜んでくれました」
舞子さんの両親からは「2人は雰囲気が似ているね」と指摘されたらしい。そうでしょうか、と健太さんと舞子さんは首をかしげるが、そのしぐさがすでに似ている。
「お似合い夫婦」とは条件的に釣り合いがとれていることを指したりする。しかし、結婚した後に佇まいや笑い方が徐々に似てくるような夫婦のほうがこの言葉にふさわしい気がする。
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(大宮 冬洋 : ライター)