イラスト・まんきつ

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 先日とあるテレビ番組の収録に参加したのですが、テーマは「正直に生きる」や「他人の目を気にしない」みたいなものでした。元アナウンサーの女性Aさんが共演者でしたが、「食レポ問題」について彼女は語りました。テレビ番組って本当においしいものというよりは、「映える」メニューを紹介する傾向があります。

 無駄にイクラがこぼれたすしやら、巨大過ぎるパフェやらすり鉢に入ったラーメンとかがそれですね。イクラがこぼれたすしなんて「おいおい、イクラを単体で食べろと言うのかよ……」と毎度思う。同行者が面白がって頼むのですが、4貫で2000円のゴージャス価格。こぼれた分のイクラはいらないから1400円にしてもらえませんでしょうか。

イラスト・まんきつ

 というように、店の自己満足とSNS映えを重視する客によりこのような無駄なメニューは存在するのです。Aさんが「正直に生きる」を貫いたのは、「フルーツティー」なるものの食レポをした時のことです。

 とある観光地の名物メニューらしいのですが、さまざまな新鮮フルーツの入った容器に熱々の紅茶を注ぎます。少し時間がたったところでフルーツの味が移ったお茶を飲むのです。まぁ、この紅茶はおいしいでしょう。何しろオレンジやらブドウやらの甘味や酸味が加わっているわけですからね。しかしその後、店の人の発言はAさんを驚かせた。

「さぁ、この紅茶の味がついたフルーツをぜひ食べてください。おいしいですよ」

 一緒に食レポをした女性アナウンサーは「うーん、おいしい!」と述べたのですが、Aさんはこの段階で戦意喪失。だって、生のフルーツって冷たいからおいしいわけですよね。熱々の紅茶を注ぎ、熱くなったオレンジっておいしいの? なんて思うわけです。

 その予感は的中し、フルーツは全然おいしくない。Aさんは「普通」と一言だけ言いました。そりゃそうですよ。私だって「ボイルド巨峰」やら「ホットイチゴ」なんて食べたくありません。Aさんはこの時、「まずい」や「冷たい方がおいしいんじゃないですか?」とは店の人のことを慮って言えなかった。しかし、このまま自分が「おいしい!」と言ったら、この食レポを見てこのホットフルーツティーを注文した人が落胆すると考え、窮余の策で「普通」と言ったのでした。

 どうせ絶賛したアナウンサーのコメントが採用されるかと思い、「普通」と言ったのですが、VTR編集の結果、Aさんの「普通」が採用されたわけです。恐らくこのフルーツティーを推した人間以外「こりゃねーだろ」と思ったのでせめてもの抵抗だったのでしょう。

 食レポについては出演者がさまざまな言葉を駆使している様が私にとっては面白い。缶詰のパイナップルが全面を覆うようなカレーを食べたレポーターは正直「肉かジャガイモかニンジンにしてくれよ……」と思うのでしょう。しかし、けなしてはいけない。そんな時に言うのは以下です。

「独特の味ですね!」

「初めて食べた!」

「オリジナリティー溢れる味!」

 これらは決して「おいしい」とは言っていないが、けなしてはいない。食レポ職人に敬意を表します。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

「週刊新潮」2024年10月10日号 掲載