"イシバノミクス”によって日本経済は復活できるか?その条件についてアメリカの金融関係者たちに聞いた(写真:Yuichi Yamazaki/Bloomberg)

空前絶後の株高は続くのかーー。第102代内閣総理大臣に就任した石破茂氏は弱者支援のリベラルな考えが強く、アベノミクスに否定的な印象を持ちあわせている。10月27日の解散総選挙へ向けて石破政権が動く中、アメリカの金融関係者は、日本経済と日本株の今後をどうみているのか。自民党総裁選のタイミングでアメリカを訪れていた筆者が緊急に取材した。

ファンド関係者「岸田路線を継承するのかに注目」

9月27日、自民党総裁選の当日は、高市早苗氏の勝利を見込んだ「高市トレード」と言われる株高、円安が加速していた。そこから、一転、石破政権の誕生となり、日経平均株価は翌週から約3000円下落した。

その後、石破氏が、元からの発言を撤回し、「利上げをする環境にない」と発言したことで、ドル円市場は147円まで円安に値を戻し、日経平均株価も3万8000円回復の展開となった。

金融政策に対するコメントが定まらない印象を受ける石破新政権だが、米国野村証券のアジア太平洋エクイティ・セールス・ヘッド、雨宮厚氏は、「首相交代などは政策の継続性、透明性に対する不透明要因を生み、リスクとして認識されてしまうことも多い」と話す。

アメリカのファンド関係者は「石破氏がどのような金融政策や経済改革に取り組むのかは不透明だ。市場改革という点で岸田文雄首相が推し進めてきたことを継続するのかに注目」と述べる。

こうした中で、アメリカの金融関係者が注目しているのが、石破新政権がどのような体制になるかである。決戦投票で、岸田氏、菅義偉氏が石破氏を支持したことから、同氏は岸田路線を引き継ぐ発言へと修正している。

実際、「成長と分配の好循環というものをさらに力強いものにしてきたい」との発言を繰り返し、岸田氏への配慮がうかがえる。

雨宮厚氏も「コーポレートガバナンス強化、資産運用立国、などは特にアメリカの投資家からも評価されていたため、岸田政権の主要金融政策をおおむね引き継ぐ方針が示されたことは、一定の安心材料となっている」と話す。

機関投資が気にする3つのこと

一方、石破首相は、格差是正として金融所得課税の強化を「実行したい」と発言してきたほか、法人税法の弾力化、つまり、「法人税の引き上げ」にも言及してきた。足元では、衆院選挙が、10月15日公示―10月27日投開票に決まり、いったん金融所得課税や法人税の引き上げの論調はトーンダウンしている。

雨宮厚氏は「金融所得課税、法人税の増税、原発稼働の(従来期待比での)停滞などが特にマーケットでの懸念材料として機関投資家から意識されている」と述べる。

また、同氏は石破政権の誕生時と、2021年10月の岸田政権誕生時には類似点があると指摘する。

「マーケットへのネガティブな影響が懸念され株価が下落した点が類似している。岸田政権は、木原官房副長官など経済チームの方針転換もあり、『Invest in Kishida』とのメッセージを2022年5月にロンドンで発表し、資産所得倍増、コーポレートガバナンス強化、新型NISA、原発推進、などがマーケットに評価された」と当時を振り返る。

そのうえで、「石破政権でも、今後、経済チームが重要な役割を果たす可能性がある。マーケットの懸念材料にどのような方向性を示すのか機関投資家は注目している」と話す。

株式や為替市場が大きく変動したことに対する対応は、現時点でのキーマン、経済再生担当相の赤澤亮正氏の存在がある。赤澤氏は、石破氏が検討している経済対策について"イシバノミクス"と表現している。

アベノミクスに距離を置いてきた石破氏も、岸田氏や赤澤氏の意見を聞かざるをえないのだろう。石破政権も経済界の声やマーケットの状況を鑑みて、軌道修正を重ねることが予想される。

日本に期待することは?

渡米中の取材では、「いまは、日本株がブームだから」という暗に含みを持たせた声に何度も遭遇した。では、単なるブームに終わらせずに、本腰を入れた長期的な日本市場への資金流入には何が必要か。

アメリカのファンド関係者は、「日本に期待する点は賃上げ」と即答。「人への投資が実現すれば日本企業の成長に期待が持てる」と語る。

日本への投資を考える際には、財源にも焦点が当たるが、ファンド関係は「財源に対する危機感があるのはアメリカのほう。日本の国債の多くは国内で保有しているため、日本の財源に対して懸念材料は少ない」と答えた。

また、日本が次のステージ、つまり、デフレから脱却して前に進むには過去の検証が必須である。これについて、米国野村証券のシニア・エコノミストの雨宮愛知氏はこう語る。

「日本は人口減少というネガティブな部分に焦点が当たるとセンチメントが悪化しやすくデフレからの脱却には不確実性もある。ただし、人手不足を背景に企業の賃金・価格設定行動の変化が見られているのも事実。こうした変化を確実なものとする努力が求められる」。そのため、金融・財政政策には慎重な判断が求められる。

日銀もアベノミクスの総括の時期に入っており、石破政権のもとで過去の政策の効果や副作用の点検が求められる。大規模金融の効果については、株高や円安、雇用者数を約500万人増加させたなどの功績が挙げられる一方で、異次元緩和後に市場金利を低位に押し下げるために日銀が大量の国債を市場から吸収し続けたため、市場で流通する国債が減少し、債券市場の流動性が低下した。

国債やETFなどの大規模買い入れを続けた結果、日銀の総資産が膨張し、金融緩和の出口が見えない課題を残している。低金利が続いて競争力のない企業が温存され、「新陳代謝」が遅れたことも指摘されている。

長期にわたった金融緩和の副作用

雨宮愛知氏は、「日本のマイルドなデフレからの脱却のために10年にもわたる金融緩和は副作用のほうが大きかったのではないか」と述べる。

「短期的に使うはずのツールである金融政策を長く使い、腰を据えてやるべき財政と構造改革についてのグランドデザインがなかった。0.5%程度のマイルドなデフレを直すコストと、構造的に資本市場が機能する機会を10年にわたって失うことの、どちらかのコストが高いのか考えるべきだった。そして、財政再建を遅らせてきたことのコストを考えなければならない」とアベノミクスを総括している。

一方で、アメリカの金融関係者間では「日本の粘着質なデフレマインドを払拭するには、アベノミクスの果たした役割は大きい」とも述べる人も少なくない。

石破首相が、経済政策、金融政策、財政政策について公に何を語り、その後の発言にブレはないのか。あるいは、さまざまな意見を参考にして、考えを微修正していくのか。修正した場合には納得感はあるのか。アメリカの金融関係者も見守っている。

(馬渕 磨理子 : 日本金融経済研究所 代表理事、大阪公立大学 客員准教授)