(撮影:梅谷秀司)

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"白樺モデル”は日本有数の白樺林からインスピレーションを得てデザインされた(撮影:梅谷秀司)

世界の高級時計市場で、セイコーグループが展開する最高級ブランド「グランドセイコー」の存在感が増している。これまでスイスの名門ブランドが席巻してきた市場で「ロレックス」や「オメガ」に比肩するほどに成長しつつある。

セイコーが大きく風穴を開けているのが世界最大のアメリカ市場だ。主戦場の5000ドルから7000ドルの価格帯では、今やグランドセイコーロレックスなどと並びランキングの上位に食い込んでいる。

白樺モデルの日本らしさが人気に

近年、特に人気を牽引しているのが「エボリューション9 コレクション」だ。


人気の高い「エボリューション9 コレクション」(記者撮影)

その中でも通称「白樺(ホワイトバーチ)」と呼ばれるモデルは、木々の肌を模した文字盤が特徴的だ。グランドセイコーの製造拠点がある岩手県雫石町近くに群生する日本有数の白樺林からインスピレーションを得たデザインで、その美しさがファンを魅了している。

従来の機械式に加え、独自ムーブメント(駆動装置)である「スプリングドライブ」を搭載したモデルも展開する。

機械式時計のゼンマイを動力源としながら、水晶振動子とICで精度を制御する仕組みで、なめらかな秒針の動きが従来とは異なる魅力を放つ。機械式時計でありながら正確な時刻を刻むことができ、クオーツに長けたセイコーならではの技術力が際立っている。

転機となったのは2017年

グランドセイコーはこうした日本らしい独自のデザインと高度な職人技術を前面に出したブランディングが奏功している。特に、技術に関心の高いシリコンバレーのIT技術者など、20代半ばから40代で経済的に余裕がある若年層から支持されている。ロレックスなどはもう少し年代が上の層が中心とみられ、顧客層はやや異なる。

「グランドセイコーは自分自身を楽しませるための時計、他のブランドは他人を感動させるために買う時計」。SNSやユーチューブなどではこうしたユニークな標語も生まれており、スイス製の高級時計と比較して評価するファンも目立っている。

セイコーは2010年頃からグランドセイコーを本格的に海外展開しているが、転機となったのは2017年だ。

グランドセイコーのブランド独立化を宣言し、大胆な戦略に乗り出した。それまでは「SEIKO」の一部門として展開していたが、ブランド独立を機に文字盤を一新。「SEIKO」のロゴをなくし、12時の位置に「Grand Seiko」のロゴを新たに配置することで、より高級感のあるブランドとして再定義した。

オメガから社長招聘し、ブランド再構築

グランドセイコーは日本では1960年から展開しており、中高年のビジネスマンを中心に高級時計としての高い認知を誇っていたが、アメリカでのセイコーは中価格帯のクオーツ時計のイメージが強く、百貨店での販路が中心だった。

「まず高級時計の扱い方を変える必要があった」。セイコーウオッチでマーケティングを統括する柴粼宗久取締役はアメリカに駐在していた当時を振り返る。


セイコーウオッチのマーケティングを統括する柴粼宗久取締役は1960年代初期の「グランドセイコー」を現在も愛用(記者撮影)

アメリカオメガのトップを務めた経験を持つブリス・ル・トロアデック氏をグランドセイコーの米国販社の社長に招聘。ラグジュアリー業界とのコネクションを活用して新たな販路を開拓。高級時計には過度なセールによる訴求が許されないため、従来から流通を大幅に絞り、これまで取引がなかった時計店にも新たに売り込んでいった。

同時にグランドセイコーの直営ブティックも新設した。最初に旗艦店を置いたのがロサンゼルスの高級住宅街ビバリーヒルズだ。開放的な雰囲気のある西海岸を中心に、アメリカの消費者は新しい技術を積極的に受け入れる傾向が強い。高度な職人技を打ち出したブランド戦略は奏功し、支持が全米に広がっていった。

2024年2月には満を持してニューヨークの高級ブランド街として知られるマディソン・アベニューに世界最大の旗艦店をオープン。約580平方メートルにも及ぶ広大な店舗では、グランドセイコーの世界観を直接体験できる。

セイコーの主導でこうした直営店での販売強化を進め、2024年10月現在、国内外で24店舗を展開している。

名門ブランド限定の展示会に初出展

グランドセイコーはスイスのブランドコミュニティからも、ようやく認められる存在となってきた。

2022年には、アジアから唯一、世界最大の高級時計展示会「Watches and Wonders」に出展。この展示会はスイス・ジュネーブで毎年開催され、カルティエに代表されるリシュモングループを中心に名門ブランドが新作を発表する場として知られる。まさにグランドセイコーが世界の高級時計として認められたことを象徴する出来事だった。

毎年11月に開催される「時計界のアカデミー賞」と評されるジュネーブ時計グランプリでは、2024年度のメンズ部門でグランドセイコーがノミネートされている。

クリスマスを控える11月は1年で最大の商戦期でもある。セイコーの柴粼氏は「4月の展示会に新製品を発表し、11月のコンクールで受賞というサイクルを確立することで、ブランド訴求を図る」と意気込む。


グランドセイコーは高度な職人技術への評価が高い(記者撮影)

アメリカでの成功を足がかりに、次に狙う市場は本丸の欧州だ。欧州はスイスの老舗ブランドが支配的であり、参入のハードルは非常に高い。こうした高級時計の世界では、ブランドの歴史や物語性が重要視される。

品質面では、セイコーは一貫して自社で時計を製造する「マニュファクチュール」としての強みがある。グランドセイコーはすべての製品が国内製造で、岩手県雫石町では機械式、長野県塩尻市ではクオーツ式とスプリングドライブが職人の手で組み立てられている。

特に、時計の心臓部であるムーブメントを部品から開発・設計できるメーカーは世界でも限られている。セイコーはその数少ない1社で、真のマニュファクチュールといえよう。長年培った技術力はスイス勢に対抗する武器となるだろう。

スマートフォンやスマートウォッチの普及により、腕時計が時刻を確認するための道具という役割は薄れつつある。むしろ時計は自己表現や情緒的な価値を持つアイテムとして再評価されている。

「SEIKO」ブランドは2024年に誕生から100周年を迎えたが、グランドセイコーはブランド再構築からまだ日が浅い。日本的な美意識や伝統的な職人技を世界が今後どう評価していくのか。伝統や物語性が重要になる高級ブランドを、日本で作り上げるのはまさに挑戦だろう。

(山下 美沙 : 東洋経済 記者)