昨秋に岩泉町の山林で男性を襲ったクマ=提供写真

写真拡大 (全2枚)

 冬眠準備に向け、クマの活動が活発化する秋を迎えた。

 昨年度に発生した岩手県内のクマによる人的被害のうち、4割超はキノコ狩りで入山者が増える9〜10月の時期に集中している。いまだ残る後遺症の苦しみ、備えの大切さ――。今年、山中でクマに遭遇した男性2人の証言からクマ対策の重要性に迫る。(藤沢優介、押尾郁弥)

 「悲鳴を上げる余裕も、恐怖を感じる隙もなかった」。5月に山中でクマに襲われた県内の60歳代男性は、顔に7か所の傷を負った。

 日本百名山の踏破を目標としていた男性は午前6時前、一人で県南地域の山に入った。異様なほどの静寂の中、中腹に差し掛かった頃だった。3メートルほど先のやぶから突如、成獣のクマが現れた。体当たりをしてきたクマはそのまま馬乗りに。男性は前脚で顔面を押さえられ、口元をかまれた。わずか数秒の出来事だった。

 クマは立ち去ったが、「再び襲われるのでは」という恐怖心を抱きながら、約1時間かけて自力で下山。その途中で2回ほどクマの姿も見かけた。

 男性はドクターヘリで病院に搬送され、手術を受けた。顔の傷痕への視線に、「クマが出没するのにわざわざ登山した人」という周囲からの心ない言葉――。外出時は顔の傷を隠すため、帽子やマスクは欠かせない。

 「自力で下山できたのは奇跡だった。もう一度襲われていれば命を落としていたかもしれない」。男性はクマよけのホイッスルを持参しなかったことを後悔し、備えの大切さを痛感している。

 宮古市のパート従業員男性(73)は5月の夕方前、山菜を採りに自宅近くの山林へ入った。先端が鋭い二股の金属製の棒(長さ約120センチ)を用意。5年前からクマ対策として携行して入山しているが、遭遇したことはなかった。この日も山道で動物の大きなフンを見つけても、「注意していれば大丈夫だろう」と歩を進めた。

 ウドを採っていると、ガサガサという音がした。直後に体長1メートルほどのクマが一瞬で目の前に迫ってきた。口を大きく開けて立つクマの前脚には、10センチはある白い爪が光っていた。「もう逃げられない」と覚悟したが、偶然にもクマの喉あたりに棒の先端が刺さり、逃げていった。

 男性は「自分はたまたまうまくいっただけ。死んでいてもおかしくなかった。撃退しようとせずに、クマに遭遇しない努力をしてほしい」と訴えた。

農作業中でも鈴、ラジオ携帯

 クマは山間部だけでなく、盛岡市や滝沢市の住宅街でも先月、相次いで目撃されるなど、人との境界は曖昧になりつつある。

 県によると、昨年度の県内のクマの目撃件数は5877件、人的被害は49人で、ともに過去最多に上った。今年度はこれまでに2431件の目撃件数があり、人的被害9人のうち1人が死亡した。

 東北森林管理局によると、今秋はクマのエサとなるブナの実が並作になる見込みで、クマが人里に下りてくるリスクは減ると考えられている。ただ、秋には冬眠に備えてエサを求めるクマの活動範囲が広がることから、県警は「農作業をする時でも、鈴やラジオなど音の出るものを身につけてほしい」と呼びかけている。