東海道新幹線

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10月1日で“還暦”

 1964年10月1日、東海道新幹線が開業。今年の10月1日に新幹線は開業60周年、還暦を迎えた。60年間日本の大動脈として機能してきた「弾丸列車」は、今では速さ一辺倒ではなく、意外な方面で注目を集めている。【大宮高史/ライター】

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 プロレスの試合、USJダンサーによるショー、巨人ファンのための貸切列車……これらはどれも、東海道新幹線の車内で実際に企画されたり、これから運転されたりする ものだ。2020年代の新幹線は、以前では考えられなかった企画を次々と打ち出している。

 60周年の今年も、老舗声優情報誌「声優グランプリ」とタッグを組んで貸切列車を走らせる「声優新幹線」を11月30日に運転する。

東海道新幹線

 JR東海の“変貌”の端緒は、コロナ直後の2021年から始まった「推し旅」プロモーション。もともとはコロナ対策も兼ねて、三密を避けつつ「推し」すなわちライブや観光などのイベントとセットにした、ツアーのような形式での旅行プランである。

 そうしたプランが定着し、さらには車内で限定コンテンツが視聴できたり、旅先でのスタンプラリーを楽しめたりするまでになった。コラボ相手もゲーム(「刀剣乱舞」、「信長の野望」、「アイドルマスター」など)、アニメ(「推しの子」、「ラブライブ!サンシャイン!!」など)、アイドル、ミュージシャン、VTuber……となんでもありだ。鉄道業界の中でも堅実なイメージが強かったJR東海が、コロナ後の数年でここまで様変わりしている。

 新幹線は競合する乗り物(航空機・高速バス)に対し、本数の多さと定時性を売り物にしてきた。そこにこういったコラボ企画で、ニッチなユーザーを取り込もうとしている。

 60年にわたる新幹線の歴史は、やや便宜的に20年ごとに区切ることができる。1964年に東京〜新大阪までが開業すると、山陽新幹線が西へと伸びていき1975年に博多まで全通した。

 ところが、この昭和50年代に国鉄の値上げで新幹線の利用客は頭打ちになり、車両も初代の0系ばかり。1985年にようやくモデルチェンジ車両の100系が就役するまでの20年間は、成長の後にゆるやかな停滞もついてきた。

1人でも多く、1本でも多く

 100系で二階建てグリーン車や個室が登場すると、1987年にJR東海が運営を引き継いで急ピッチでサービス向上が図られる。1991年に「のぞみ」をデビューさせて最高速度を時速220キロから270キロに50キロ引き上げ、最高速度の遅い0系と100系を置き換えていく。

「のぞみ」の登場で東京〜新大阪の所要時間は最速2時間30分となり、国鉄時代の「東京〜新大阪3時間」の常識を塗り替えた。今では昭和の「ひかり」の所要時間すら長く感じる。

 1990年代から2000年代初頭までは最高速度によって種別が分かれていて、時速220キロの「ひかり」「こだま」は主に0系と100系、時速270キロの「のぞみ」にはもっぱら300系と700系、JR西日本の500系が任にあたった。

 もっともこの体制は過渡期であり、2003年に品川駅が開業すると最高時速270キロ以上の車種で統一され、「のぞみ」中心のダイヤに移行した。また100系にあった二階建て車両や個室も全て撤退した。1980年代後半から2000年代序盤までは、JR流のサービスを定着させていく時期にあたるだろう。

 2007年に最高時速を285キロに引き上げたN700系がデビュー。その後は同系をベースにしたN700A、N700Sの増備が続き、2020年春の700系撤退をもって、東海道新幹線はN700系ベースの車両で統一。これで1時間あたり最大12本ののぞみの運転が可能になり、昨年8月11日には史上最多の471本の列車を1日で運行した。

 1人でも多く、1本でも多く――これが、JR東海が発足以来、是としてきたことで、2000年代中盤からのおよそ20年間は特にその実現に費やされた。

 ところが2020年代以降、JR東海は前述のようなバラエティ豊かなコラボ企画に打って出る。発足以来追求してきた列車高速化の技術はN700シリーズで一応の完成を見ており、近年は車内サービスの多様化に軸足を移していた。N700Sで全席にコンセント設置が実現し、特大荷物スペースや専用座席を導入して、帰省客や外国人のニーズにも応えている。

 テレワークの浸透にともなって、2021年からは普通車の7号車をS Work車両として、テレワーク向きの環境を整える。3席座席を仕切って2席としたS WorkPシートという区分も生まれ、10席限定ではあるが普通座席より1200円上乗せされただけの料金だ。テレワークに限らず予約さえすれば利用できるので、グリーン車よりお得な座席ともいえる。

四半世紀ぶり個室の復活

 さらに、2026年度にはグリーン車をグレードアップした個室サービスの導入をJR東海は計画している。100系以来、およそ四半世紀ぶりの個室の復活になる。

「時速285キロで走る通勤電車」とたとえてもよいくらい、堅実な輸送に特化してきた東海道新幹線だが、快適さや楽しさを追求する時代がやってきた。

 私鉄のような沿線開発は新幹線の使命ではないが、駅のおかげで新しい街がほぼゼロから生まれた事例もある。新大阪と新横浜だ。

 既存の大阪駅や横浜駅を通ると遠回りになることから作られた両駅だが、大阪市と横浜市、それぞれの重要な副都心に位置づけられている。新横浜には横浜アリーナや日産スタジアムが開業し、60年前は「こだま」しか停車しなかった駅は今では全列車が停車する。ビジネスホテルやオフィスが林立している新大阪は、地下鉄御堂筋線と北大阪急行を介して千里丘陵も近く、千里ニュータウンの開発も後押しした。

 スピードだけでないインパクトをもたらした東海道新幹線。リニア中央新幹線が着工こそしているものの未だ開業時期も不透明なため、まだまだ日本の大動脈としての責務を担う日々が続く。

デイリー新潮編集部