(写真:© 2024 Bloomberg Finance LP)

岸田文雄首相(自民党総裁)の後継者を決める自民党総裁選は、12日の告示を受けて高市早苗経済安保相(63)、小林鷹之前経済安保相(49)、林芳正官房長官(63)、小泉進次郎元環境相(43)、上川陽子外相(71)、加藤勝信元官房長官(68)、河野太郎デジタル相(61)、石破茂元幹事長(67)、茂木敏充幹事長(68)=届け出順=の9候補が連日、27日の投開票日に向けて「政治と金」「憲法改正」「外交安保」などについて論戦を展開している。

過去最多の9候補による本格論戦は、14日に内幸町の日本プレスセンター会見場で開催された日本記者クラブ主催討論会が事実上のスタートとなった。毎回恒例の同討論会だが、9候補に対する質疑も含めた討論時間がわずか2時間余に限られたため、論戦も総じて突っ込み不足だったが、各候補の熱弁ぶりが、それぞれの立場を踏まえた総裁選戦略も浮き彫りにした。

候補者討論では小泉、石破両氏に質問集中

14日午後1時過ぎから始まった討論会は、まず、候補者同士の質疑が行われたが、予想通り国民的人気の高い小泉、石破両氏に他候補の質問が集中。小泉氏が打ち出した「解雇規制見直し」や「選択的夫婦別姓導入」、石破氏の得意分野の「安保・防衛」「農業」や「原発・エネルギー」の各政策を巡り、他候補からの異論や注文などが相次いだ。

この候補者討論は、届け出順に並んだ各候補が順次、相手を指名する形式で、高市、上川、加藤3氏が小泉氏、小林、林、茂木3氏が石破氏をそれぞれ指名。その一方で、小泉氏は茂木氏、河野氏は上川氏、石破氏は林氏を指名して論戦を挑んだ。小泉、石破両氏に質問が集中したのは「両氏の主張の対立点に踏み込むことで、自らの存在感をアピールする狙い」(政治ジャーナリスト)とされ、「結果的に一定の効果は出た」(同)との見方が多かった。

ただ、時間配分の関係で、この候補者同士の討論は1巡だけとなり、あとは記者クラブ代表による各候補への質疑に移行。その中で重要ポイントとなったのは、事前に想定されていた「政治と金への対応」「選択的夫婦別姓制度の可否」「衆院解散の時期」の3点だった。

「裏金議員“処分”」などではそろって逃げ腰に

そもそも今回の総裁選は、国民不信を招いた「巨額裏金事件」への責任をとって岸田首相が退陣を決めたことを受けたものだ。このため、「政治と金の問題」にどう対応するかが9候補全員に問われるのは当然だった。しかし、候補者討論も含めて一応濃淡はあったもののそろって踏み込んだ言及を避け、いわゆる「裏金議員」の“処分”などでも、逃げ腰の姿勢が目立った。その背景に「巨大派閥だった旧安倍派議員を敵に回したくないとの共通認識があった」(自民長老)ことは間違いなく、そのこと自体が「問題の根深さを露呈する結果」(同)ともなった。

また、党内意見が割れている「選択的夫婦別姓」では、小泉氏が「私は別姓を選択したいという方に選択肢を用意して、国民の皆さんにお諮りしたい。関連法案への賛否には党議拘束をかけない」などと主張していることに対し、反対派の高市、小林両氏に加え、個人的には賛成とした上川氏らも「分断のリスクに配慮し、時間をかけて議論すべきだ」などと注文をつけ、“速戦即決”にこだわる小泉氏を牽制した。

一方、討論での最後のテーマとなったのは、総裁選を受けて10月1日召集予定の次期臨時国会での新政権発足後の衆院解散の時期と手法で、小泉、石破両氏の意見が対立し、他候補も耳をそばだてるなど、ごく短時間だったが会見場に熱気があふれた。

小泉氏が出馬表明時から「できる限り早期の解散」を主張していることについて、記者クラブ代表が「国民は(選挙で)何を基準に選べばいいのか。せめて(解散前に)与野党の論戦があるべきではないか」と指摘。小泉氏は「判断材料がない、なんてまったくあたらない。(期間が)史上最長の総裁選だ」などと総裁選の論戦を通じて国民に信を問う環境は整うと力説。

これに対し石破氏は「国民に判断していただける材料を提供するのが政府の責任であり、新しい首相の責任だ。本当のやりとりは予算委員会だと思う」と異議を唱え、小泉氏が狙っているとみられる代表質問終了後の解散断行は、説明責任の放棄だとの認識を示した。

討論会に先立ち、各候補は14日正午過ぎから記者クラブが設営した「控室」で、討論会の冒頭に掲げる自らの主張を大書した「ボード」と、総裁選に挑む覚悟や心境を表す「揮ごう」を準備した。各氏の「ボード」は、「経済成長」(高市氏)・「世界をリードする国へ」(小林氏)・「実感できる経済再生」(林氏)・「政治改革」(小泉氏)・「誰一人取り残さない日本の新しい景色」(上川氏)・「国民の所得倍増」(加藤氏)・「改革の実績・熱さと速さ」(河野氏)・「全ての人に安心と安全を」(石破氏)・「『増税ゼロ』の政策推進」(茂木氏)というもので、それぞれ明快な口調でその狙いと実践をアピールした。

その一方で記者クラブに保管する「揮ごう」は討論会終了後にメディアに公開されたが、その中で話題となったのは河野氏が書いた「〇」だった。これには、他候補や関係者からは「中身が空っぽと思われないか?」などと揶揄する声もあったが、同氏は「これまでの総裁選で書きつくしたので、あえて白星を願って書いた」と笑い飛ばしていた。

“2強”に割って入る高市氏―「党員・党友調査」

今回の総裁選は、これまで通り記者クラブ討論会を踏まえて、15日以降もNHK「日曜討論」をはじめ、民放テレビ各局情報番組での討論会や、自民党主催の各地での討論演説会などで論戦が続く一方、各メディアによる総裁選に絞った世論調査結果も次々公表されている。その中で、候補者自身や各陣営の一喜一憂につながっているのは数社が実施した「党員・党友の人気度調査」の結果だ。

それによると、当初から“2強”とみられていた石破、小泉両氏に割って入る勢いなのが高市氏だ。それぞれの調査はいわゆる地方票となる「党員・党友」と、国会議員票の投票動向の合計で順位付けしたものだが、決選投票に残る上位2人については、下馬評通りの「石破・小泉」だけでなく、「小泉・高市」「石破・高市」というパターンも加わり、「実態は“3強”によるつばぜり合い」(選挙アナリスト)との見方が広がる。

加えて、議員票の分散により「1回戦で過半数を取れる候補は現れず、議員中心の決選投票で新総裁が決まる」(選挙アナリスト)ことが確実視される。このため、麻生派を除いて解散したはずの各旧派閥の水面下での合従連衡の動きも活発化しているとされ、投開票日の27日正午過ぎからの議員投票での各陣営の“情報戦”が結果を左右する「結果が読めないままの緊迫した決選投票になる」(自民長老)との可能性が強まっている。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)