Image: Keyi "Onyx" Li/U.S. National Science Foundation

透明人間のテクノロジーに時代が追いついた感。

いきなりすごいのが出てきました。Scienceに掲載された研究結果によると、一般的な食用色素を使って、生体組織を透明にできちゃったそうですよ。驚きの発見は、筋肉のけがの治療からがんの発見まで、医療にさまざまな革新をもたらす可能性があります。

今回の研究では、SF映画の世界で使われた、皮膚のような軟組織を安全に短時間だけ透明にするという概念を用いています。

食用色素で生体組織を透明化

どうやってそんなことができたのか?まず、ほとんどの物体が透明に見えないのは、光が散乱してしまうからなのだそうです。研究チームは、異なる軟組織の屈折率を一致させて、光が散乱することなく物質の構造を通過できるようにする技術を開発しなければなりませんでした。

そこで使われたのが、タートラジン(日本では黄色4号と呼ばれています)という、屈折率を一致させることに特に優れた分子特性を持つ食用色素でした。この色素を塗った物質に当たった光は散乱せずに進むため、組織を透明に見せられるんだそうです。

まず研究チームが鶏の胸肉で試したところ、タートラジンの濃度を上げると屈折率も上がったそう。そこで、胸肉の筋肉タンパク質の屈折率と一致するまで濃度を上げると、見事に鶏肉は透明になったといいます。

論文の共著者に名を連ねているスタンフォード大学の物質科学者であるGuosong Hong氏は、全米科学財団のプレスリリースで以下のように述べています。

将来的に、この技術は採血のために静脈をより見やすくしたり、レーザーによるタトゥー消去をより簡単にしたり、がんの早期発見と早期治療に役立てたりすることができるでしょう。例えば、ある疾患の治療では、レーザーを使ってがん細胞や前がん細胞を切除しますが、今は皮膚表面近くでしかできません。この技術を使えば、透過性をもっと高められるかもしれません。

Image: Stanford University / Gail Rupert / NSF

研究チームは次に、生きたマウスの頭皮にタートラジンを塗って実験を行ないました。すると、マウスの脳を走る血管の動きが見えたといいます(上の画像参照)。さらに腹部で試してみると、腸の活動や心臓の鼓動、呼吸の様子がわかったそうです。

今回の研究に参加していない、インペリアル・カレッジ・ロンドンの光学専門家であるChristopher Rowlands氏とJon Gorecki氏は、Perspectivesの添付論文でこう述べています。

今回の研究において、少量の場合に限らず、物質の吸収スペクトルが屈折率の推測に加えて制御にも使えることを示唆しています。

1世紀以上前のSFの世界が現実に

今回の研究手法は、ハーバート・ジョージ・ウェルズが1897年に出版したSF小説『透明人間』で主人公が開発した技術とびっくりするほど似ているそうですよ。 小説では、体内の細胞の屈折率を周辺の空気と一致させることで、主人公は透明人間になりました。不可逆的で二度と元に戻れませんでしたけど。

Rowlands氏とGorecki氏は、こう付け加えています。

組織内における光の散乱の抑制は、魔法のトリックではありません。ほとんどの場合、それは生体深部の工学的画像にとって最大の障害になります。そのため、この技術は生物学や医学の分野で非常に幅広い関心を集めています。

トップ画像のイラストには、半透明になった人間の手が描かれていますが、まだ人体での実験は行なわれていません。研究チームによれば、この方法は非侵襲性で可逆的だそうですが、それでも自宅で試しちゃダメ、ぜったい。まあ、試しても成功しないと思われますが…。

19世紀のSF小説で描かれた世界の技術が、21世紀のリアルな世界で医療技術を大きく変える可能性があるなんて、タイムマシーンで過去に戻ってハーバート・ジョージ・ウェルズに教えたら、どんなリアクションをするでしょうね。

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