敦賀―新大阪間の整備が課題となっている北陸新幹線(編集部撮影)

北陸新幹線の金沢―敦賀間が3月に開業し、東京―敦賀間が約3時間で結ばれるようになった。残る敦賀―新大阪間については与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム(PT)に設けられた北陸新幹線敦賀・大阪間整備検討委員会が2016年12月に福井県小浜市付近を経由して京都、大阪に至る小浜・京都ルートを決定した。2025年度の着工が目標だ。

すでに計画が動き出しているにもかかわらず、「米原ルートで敦賀と新大阪を結ぶべきだ」という声が日増しに高まっている。

米原ルートとは、敦賀からJR北陸本線沿いに南下し東海道新幹線の米原に接続するルートだが、ルートをめぐる議論の過程で退けられた過去のルートだ。なぜ今になって米原ルートを待望する声が出るのか。その理由を掘り下げてみた。

敦賀から先「3つの当初案」

敦賀―新大阪間のルートについては当初3案が考えられていた。小浜から京都府亀岡市を経由して一直線に大阪を目指す若狭ルート、琵琶湖西岸経由で京都市に至る湖西ルート、そして米原ルートである。

若狭ルートは1973年に策定された整備計画に明記された“公式ルート”。福井県は小浜市、若狭町など嶺南エリアの観光・産業振興の起爆剤になると考えて若狭ルートを推していた。だが、3案中で建設距離が最も長く、費用も割高となる。京都市などの大都市を通らないため経済効果も小さく、支持は得られなかった。

米原ルートは3案中で建設距離が最も短く、建設費が割安で工期も短い。だが、米原で東海道新幹線に乗り換える必要がある。乗り換え時間を考慮すると、敦賀―新大阪間の所要時間が3案中で最も長くなる。

関西の県や政令市で構成される関西広域連合は割安なコストや建設期間の短さを理由に米原ルートを推していた。米原ルートの沿線自治体である滋賀県は建設費用の負担を理由に反対していたが、その後、費用負担を関西全体で解決するなどの条件付きで賛成に転じた。

湖西ルートではフル規格で建設する案のほか、新幹線と在来線の両方を走行できるフリーゲージトレイン(FGT)をJR湖西線に走らせるという案もあった。当時、JR西日本の経営陣は「北陸と大阪をまずFGTで結び、その後1日も早くフル規格でつなげたい」と説明していた。

ただ、2014年に鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)が行っていたFGTの耐久走行試験中に不具合が見つかり安全性が疑問視されたことで、FGT導入案は立ち消えとなった。


北陸新幹線が乗り入れる敦賀駅。大阪方面へは在来線への乗り換えが必要だ(編集部撮影)

小浜・京都ルートに決まったものの…

状況が混迷する中、敦賀から小浜市経由で京都駅に乗り入れる小浜・京都ルートという新たなアイデアをJR西日本が提案した。京都─新大阪間は東海道新幹線に乗り入れず、新たに設ける地下トンネルで結ぶ。京都市を通ることで旅客需要を望めると同時に、小浜市を経由するので福井県にも魅力的なアイデアである。


JR小浜線の東小浜駅。北陸新幹線小浜・京都ルートの駅位置は同駅付近を予定している(写真:うげい/PIXTA)

当時、JR西日本は「ルート選定で率先して意見を言える立場ではない」と前置きしたうえで、「営業主体として将来意見を求められる可能性を考え、さまざまな勉強を続けていた」と提案の理由について説明していた。

さらに、小浜から舞鶴まで西進して山陰本線沿いに京都市に南下、新大阪に進む舞鶴ルートも登場し、5案で検討が進められた結果、まず、若狭ルートと湖西ルートが外れ、最終的に小浜・京都ルートの採用が決まった。関西広域連合や北陸3県も賛成した。

京都―新大阪間のルートが未決定で引き続き検討されていたが、2017年3月に京田辺市付近を通る南回りルートで決まった。京都駅の位置などの詳細はさらに検討されることとなった。建設主体となるJRTTは2019年から環境影響評価手続きを開始するとともに、具体的な工事の進め方に関する検討もスタートした。

しかし、2020年になって金沢―敦賀間で工事の遅れや工事費用が膨らんでいることが判明し、開業時期が延期されることになった。小浜・京都ルートの工期は15年、事業費は2.1兆円と試算されていたが、同様の事態となるのではないかという懸念もあり、工期が短く費用も割安な米原ルートの再考を求める声がこの頃から出始めた。

実際、その懸念は当たっていた。国土交通省とJRTTは8月7日、与党PTの整備委員会で京都新駅の設置場所およびルートを3案示したが、その際に物価上昇を最大限考慮した場合に事業費は当初想定の2.1兆円から最大5.3兆円に増え、工期は当初想定の15年から25〜28年へ延びる可能性があるという試算を示した。

では、誰が米原ルートへの見直しを訴えているのか。沿線府県の各知事や経済団体トップなどの発言を読むと、おおむね理解を示しているように思えたが、石川県の馳浩知事の発言が気になった。

「3案に関わる事業費、工期などが報告され、事業費が5兆円、工期が約25年と、当初の想定を大幅に上回ることが明らかになったと承知しております。今後は、こうしたデータも踏まえて、施工上の課題への対応はもとより、着工5条件(編集部注:財源見通し、投資効果、並行在来線問題など着工にあたっての基本的な条件)をクリアできるのか、本格的な議論が開始されるものと考えております。国交省には、より詳しい説明を求めたいと思います」

石川県は敦賀―新大阪間の建設費用を負担しないので、気にしているのは工期だ。大阪との直通が最長で28年も先になるのでは、地元経済への悪影響が懸念される。石川県は名古屋圏とも結びつきが強いため、その点でも米原ルートのほうがメリットは大きい。


越前たけふ駅付近を走る北陸新幹線(編集部撮影)

米原ルート「東海道新幹線乗り入れ」の現実性

京都府は小浜・京都ルートを支持しているが、その一方で西脇隆俊知事は以下の発言をしている。

「引き続き、国や機構において、慎重な調査と丁寧な地元説明を行うとともに、地下水や建設発生土など施工上の課題や環境の保全について適切に対応していただく必要があると考えております」

小浜・京都ルートにおける整備区間が最も長く、住民の間で地下水やトンネル残土処理など環境面の影響を心配する声があるためだ。

また、整備区間が最も長いということは、費用の負担割合も多いことになる。この点については「いずれきちんとした説明があると思っているので、まずはそれを待ちたい」という説明にとどめた。

野党の中にも反対勢力がある。日本維新の会国会議員団の馬場伸幸代表と教育無償化を実現する会の前原誠司代表は連名で米原ルートへ変更するよう6月18日に、国交省に提言している。もっとも、同じ日本維新の会でも、吉村洋文共同代表は大阪府知事として小浜・京都ルートを支持している。

馬場氏と前原氏の提言では、「リニア中央新幹線の開業も考慮すべき」としている。リニアが全線開業すれば東海道新幹線の過密ダイヤが緩和され、米原で東海道新幹線への乗り入れが可能になるという。


北陸新幹線の東京―敦賀間は最速3時間08分だ(編集部撮影)

ただ、国交省は北陸新幹線の東海道新幹線乗り入れは運行管理システムの違いなど、技術的な理由から困難と考えている。

運行管理システムは東海道新幹線がJR東海の「COMTRAC(コムトラック)」、北陸新幹線がJR東日本の「COSMOS(コスモス)」を採用している。元はどちらも国鉄時代に開発されたコムトラックであるが、国鉄分割後、JR東海は東海道新幹線の輸送力増強に対応する形でコムトラックの機能を拡充したのに対して、JR東日本は東北新幹線・上越新幹線に北陸新幹線が加わり、山形新幹線、秋田新幹線など新在直通への対応も必要となった。そのため、1995年に全面的なシステムの見直しを行い、新たにコスモスを開発した。

このように開発の方向性が大きく分かれた2つのシステムを統合するのは困難だというのが国交省の考え方である。馬場・前原両氏の提言では「財政支援による運転保安投資を行えば直通運転が可能になる」と楽観的だが、過去に銀行のシステム統合でトラブルが何度も起きたことを見ればそんな単純な話ではないように思われる。

2025年度に着工できるのか

小浜・京都ルートの着工に向けた動きが進むにつれ、米原ルートを求める動きは沈静化すると思われる。しかし、着工が問題なく認められる保証はない。進行中の環境影響評価手続きの過程で、環境対策などが指摘される可能性があるし、着工5条件の1つに数えられている並行在来線もクリアすべき課題である。

整備新幹線が開業すると、これと並行する形で運行する在来線から新幹線に乗客が流れ、並行在来線の経営がJRにとって重い負担となるため、沿線自治体の合意を前提に並行在来線を経営分離することがある。その場合、沿線自治体や民間が第三セクターの鉄道会社を設立し路線を維持するという流れになる。


北陸新幹線・金沢―敦賀間の開業前、在来線の北陸本線を走る特急列車。この区間は並行在来線として第三セクター化された(編集部撮影)

では小浜・京都ルートにおける並行在来線はどの路線なのか。考えられるのは湖西線だが、滋賀県は小浜・京都ルートは滋賀県内を通らないので湖西線は並行在来線ではないと主張し、経営分離にクギを刺す。

仮に並行在来線の問題も解決して首尾よく着工にこぎつけたとしても最長28年の工事期間中に社会情勢は大きく変わる可能性がある。今からおよそ30年後の経済や社会にとって、北陸新幹線の全線開業はどのような意味を持つのだろうか。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)