『かぞかぞ』母の再手術、祖母の認知症…家族の話は喜劇に徹すると決めた七実「ウチの家族のことで笑ってくれる人がいたら最高」
NHKの連続ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(火曜午後10時)が7回まで放送された。全10回なので、残り3回。大学生からOLを経てエッセイストになった主人公・岸本七実(河合優実)とその家族の半生が描かれる
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家族のことが頭から離れない七実
主人公七実の弟・草太(吉田葵)は明るく素直な青年だが、ダウン症だった。母親のひとみ(坂井真紀)も朗らかな女性であるものの、大動脈解離で倒れ、下半身不随となった。このため、七実は福祉に関わる仕事に就こうと思い、近畿学院大学の人間福祉学部に入った。七実は何かを決める際、家族のことが頭から離れない。
2019年に大学を出た七実の就職先もやっぱり福祉が関係していた。施設のバリアフリー化情報の提供などに取り組む会社だった。大学の先輩たちが起業した「ルーペ」である。
ところが残念なことに七実には会社員としての才能がなかった。一発芸的なアイディア力はあるものの、実務能力が皆無。アポイントを飛ばし、相手先に謝罪に行くことも度々あった。そして、再三注意されていたにもかかわらず、パソコンの電源を切らずに放置していたせいでウイルスメールを社内外に撒き散らしてしまい、同僚の怒りは限界に。会社にとって邪魔者になってしまい、七実は強い劣等感を味わう。
さらに七実は打ちのめされる。少しでも仕事上のミスを挽回するため、ネットメディアの取材に応じ、「ルーペ」の宣伝を図ろうとするが、聞かれるのは七実の家族のことばかり。父親の耕助(錦戸亮)が2010年に病死したことも含め、「悲劇だらけでも大丈夫」と記事に書かれてしまった。
悲劇かどうかは他人が決めるものではない
七実は悲憤する。無理もない。悲劇かどうかは他人が決めるものではないからだ。障がいがあるからといって悲劇ではない。
このエピソードは障がい者が登場するほかのドラマへのアンチテーゼでもあったのではないか、過去の障がい者が出てくるドラマの多くは悲劇として描かれた。
仕事での無力感と不本意な記事によって酷く落ち込んだ七実は家で寝込む。有給休暇を目いっぱい取った。七実のような人は珍しくない。成功している間は元気だが、心が折れると立ち上がれなくなる。
七実に限らず、登場人物たちはみんな身近にいそう。このドラマがウケている理由の1つにほかならない。出てくる人たちにことごとく現実味がある。原作が作家の岸田奈美氏(33)によるセミドキュメントということもあるだろう。
七実は寝込んでいる間、風呂に入る気力すらなかった。まるで仮死状態である。すると、普段は仲良しの草太の態度が違う。息を止めている。
「私、臭い?」(七実)
聞くまでもない。主人公の女性が臭いという設定のドラマはまずないが、これもリアリティを感じさせ、面白い。
七実の成長記としても面白い
眠り続けた七実を心配したのが、高校時代からの友人でマルチこと天ヶ瀬環(福地桃子)である。高校時代に彼女の母親がマルチ商法に熱心だったため、こう呼ばれるようになったが、いつの間にか自分もどっぷりマルチ商法に浸かっている。
七実が電話にも出ないため、環は一計を案じた。マルチ商法の商品「私らしくウォーター」を勝手にどっさりと送り付けた。七実は慌てて環に電話してきた。
「うちに怪しい水が届いてるんやけど」「返品できる?」(七実)
よほど「私らしくウォーター」が迷惑なのだ。環は水の返品を受け付けるという名目で七実の家を訪ねた。
その場で環は七実を慰める、しかし七実は環の前でも劣等感を口にする。自分を「最低の人間」と責めた。グチだ。
しかし、そんなことを言い続けても仕方がないから、環は七実にカンフル剤を与える。
「自分のせいにするのって楽ですよね」(環)
辛辣な言葉である。それでも七実が不貞腐れていると、環は突き放した。
「傷付いているからといって、人の思いを踏みにじったり、何を言ってもいいという免罪符はないと思います」(環)
このドラマは家族の物語が中心だが、七実の成長記としても面白い。七実は周囲から叱咤激励を受けることによって大きくなっていく。
環の出番はそう多くないが、印象が濃い。環の登場シーンは“ボーナストラック”のようなもので、お得感がある。大抵は笑いを誘う。爆笑ではなく、クスクスといった忍び笑いである。ご存じの方が多いだろうが、環役の福地桃子(26)は「アニキ」と呼ばれている哀川翔(63)の実娘だ。
家族の話は喜劇に徹する
さて、七実を復活させた立役者は草太だった。七実が草太と遊園地に行ったエピソードを投稿サイト(ブログ)に書いたところ、大ウケとなり、エッセイストになる道が拓けた。
七実の高校時代を思い出す。当時の彼氏・小平旭(島村龍乃介)は草太の存在を知った途端、連絡して来なくなった。草太を疎んじたのである。七実は憤った。
「ダウン症の子がいる家にはいろいろあるけど、ウチの家族にとって弟は面倒のかかる存在ちゃう!むしろ私が家族の中で面倒な存在で、弟に助けられている!」(七実)
その通りになった。草太に助けられた。また、家族の話は喜劇と徹することも決めた。
「ウチの家族のことで笑ってくれる人がいたら最高」(七実)
後半戦も目が離せない。
七実はエッセイストとして執筆活動をしながら、バーのママとしても働いている。客として来た七実のテレビ局の担当プロデューサー・二階堂錠(古舘寛治)が別の店に寄るというのでエレベーターまで送りにいった際、七実の高校時代の同級生・数藤茉莉花(若柳琴子)と再会する。彼女は、東京で売れっ子ホステスになっていた。おまけに二階堂と交際中だという。2人は親子ほど年が離れているから、七実は仰天した。
再会時の茉莉花の自己紹介は難解だった。
「私の全ては、きょうの私でははかれへんから。今でもアップデート中や」
茉莉花は高校時代、七実と違って華やかなグループに属していた。一方で、近畿学院大に落ちている。茉莉花が七実に対抗意識を燃やしたら、厄介なことになるに違いない。
七実の幸福観
もっと大きな問題は同居中の祖母・大川芳子(美保純)の認知症である。ひとみが自宅内で熱を出して寝込んでいることに気付かなかったり、草太の食事の準備を忘れたり、調理にどっさり醤油を使ったり、パジャマのまま外出したり。七実は今のところ認知症であることに気付かず、ただの面倒臭い存在であると思っている。だから、「ババア」などとなじってしまった。
認知症の発覚はひとみの再手術の時期が重なった。手術を知った芳子は「ひとみちゃん、かわいそう」と慟哭した。幼いころのひとみを思い出したらしい。手術が終わると、今度はひとみの名前を口にしながら徘徊する。
このドラマは認知症問題と高齢者のいきがい問題にも踏み込む。考えてみると、家族が大きなテーマだから、当然なのだ。
七実は自分の幸福観からも家族の存在を分けられない。それが好評を博している大きな理由に違いない。実は多くの人の価値観が同じだからである。
誰だって子どもの健やかな成長は喜ばしいし、親の死は身を切られるほど辛い。家族旅行は大切な思い出である。出世など仕事上のことに幸福を見出す人のほうが少数派ではないか。