左から、小林まこと『柔道部物語』、河合克敏『帯をギュッとね!』、青野てる坊『All Free! 〜絶対!無差別級挑戦女子伝〜』

先のパリ五輪でも金メダル3つを含む8個のメダルを獲得した柔道。日本のお家芸として、古くからマンガの題材になってきた。代表的なものに『イガグリくん』(福井英一/1952年〜54年・有川旭一/1954年〜60年)、『暗闇五段』(寺田ヒロオ/1963年〜64年)、『柔道一直線』(原作:梶原一騎・作画:永島慎二・斎藤ゆずる/1967年〜71年)、『柔道讃歌』(原作:梶原一騎・作画:貝塚ひろし/1972年〜75年)などがある。

それらの作品は、スポーツものであると同時に宿命ドラマでもあった。主人公たちはそれぞれに何かを背負っている。そこには戦後から70年代までの日本社会そのものが反映されていた。しかし、80年代に入ると状況は一変する。何らかの宿命のために戦うのではなく、自分のために戦う。その象徴が、小林まこと『柔道部物語』(1985年〜91年)である。

昭和の名作『柔道部物語』

『柔道部物語』は、その名のとおり、とある高校の柔道部を舞台とした物語だ。中学時代は吹奏楽部で柔道には縁のなかった主人公・三五十五(さんご・じゅうご)が、先輩の口車に乗せられて、うっかり柔道部に入ってしまう。


最初は優しかった先輩たちが、仮入部期間を過ぎて本入部となった途端に豹変。三五ら1年生は、足腰立たなくなるほどの猛烈なシゴキ(通称「セッキョー」)の洗礼を浴びる。「だまされた‥‥!!」と歯がみする三五だったが、「このままやめてしまったら それこそ立場ねえじゃねえか‥‥」と、意地で続けることに。先輩の指示どおり、髪も五厘刈りにした。

シゴキの翌日、13人いた新入部員は一気に7人に激減。しかし、理不尽なシゴキはそのときぐらいで、以降は厳しいながらもむしろ民主的で明朗な部活の様子が描かれる。もちろん昭和の体育会系ノリはあるが、シゴキはあってもイジメはない。

よく知らずに入った柔道部だったが、実は前年の県大会で準決勝進出の強豪だった。地区大会で先輩たちの強さを目の当たりにした三五はいたく感動、「俺も強くなりたい!! 早く試合に出たい!!」とファイトを燃やす。

まったくの初心者が厳しい練習により才能を開花させ、日本一を争うまでに成長する3年間を、時に熱く時にコミカルに描く。柔道シーンの迫力とキレはピカイチ。三五が柔道の面白さにハマり、“強くなる快感”に目覚めていく様子が、読んでるほうにも自分事のように伝わってくる。

ライバルたちとの戦いを描きながら、「死闘」という言葉は、この作品には似合わない。試合中は真剣でも、それ以外の場面ではむしろ脱力させられることが多い。何しろ指導者である五十嵐先生が気力充実のためのトレーニングとして課したのが「俺って天才だああああ」「俺ってストロングだぜえ」の連呼。県予選に臨む際の掛け声が「せっかくここまでハードに練習してきたんだから‥‥優勝しなきゃ損だぜ〜〜」なのだから、熱血スポ根にはほど遠い。三五が「必殺の背負い養成マシーン」で特訓に励むシーンは、過去のスポ根もののパロディとして見るべきだろう。


小林まこと『柔道部物語』(講談社)ヤンマガKCスペシャル2巻p118-119より

ありえないレベルの太眉の三五をはじめ、個性豊かなキャラたちの顔芸も見もの。最強ヒールの西野新二が登場した終盤はややシリアスな場面が増えるものの、にぎやかな部活の空気感に魅せられる。合間に少しだけだがラブコメ的要素もあり、柔道×青春ドラマとしても秀逸。陸上青春小説『一瞬の風になれ』で吉川英治文学新人賞を受賞した佐藤多佳子も、その物語づくりの原点は本作にあると公言する掛け値なしの名作だ。

平成の名作『帯をギュッとね!』

その『柔道部物語』に優るとも劣らぬ平成の名作が、河合克敏『帯をギュッとね!』(1989年〜95年)である。北中3年の主人公・粉川巧(こがわ・たくみ)が初段の昇段審査を受けに行くところから物語の幕は開く。


審査会場には、同じ柔道部の主将である杉清修(すぎ・せいしゅう)、南中の主将・斉藤浩司、東中の主将・宮崎茂、同じく東中の三溝幸宏がいた。学校は違えど、大会や合同練習などで顔を合わせたことのある5人は、そろって初段=黒帯をゲット。しかも、そろって県立浜名湖高校に進学する。

ところがなんと、浜名湖高校には柔道部がなかった。そこで彼らは柔道部を新設、1年生部員5人だけでスタートすることになる。先輩がいないのだから、シゴキもなければ上下関係もない。通常5人で行われる団体戦には全員出場。いささか都合よすぎる気もするが、これほどわかりやすい設定もない。そもそも第1話が「5人の出会い」と題されており、5人チームを前提とした物語なのである。

5人のキャラ付けもはっきりしている。粉川は熱血漢でひらめき型の天才、斉藤はクールなテクニシャン、三溝はパワフルな巨漢、宮崎はすばしっこいチビ、杉はスキンヘッド(実家がお寺)のコメディリリーフ。つまり、粉川=アカレンジャー、斉藤=アオレンジャー、三溝=キレンジャー、宮崎=ミドレンジャー、杉=モモレンジャーの位置づけで、5人組の黄金比であるゴレンジャーの法則にのっとっているわけだ(実際、単行本1巻カバー折り返しの4コママンガで作者自身がゴレンジャーネタを描いている)。


河合克敏『帯をギュッとね!』(小学館)少年サンデーコミックス3巻p61より

そんな5人が切磋琢磨しながら、ライバルたちと戦っていく。シャープな絵柄は汗臭さを感じさせず、スピード感もバツグン。ひとつの試合をじっくり描いたかと思ったら飛ばすところは飛ばし、テンポよく読ませる。単行本全30巻の長編だが、青春群像劇的要素もあり、飽きさせない。最終30巻のカバーイラストに描かれたキャラは総勢130人。浜名湖高校の5人はもちろん、ライバルや指導者、家族までキャラが立っていて、“推しキャラ”には事欠かない。柔道シーンの迫力や主人公たちの3年間の成長(+その後)を描く点は『柔道部物語』と共通だ。

ただし、『柔道部物語』と大きく異なる点がひとつある。それは、柔道部に女子がいるというところ。浜名湖高校には粉川の幼なじみの清楚系女子・近藤保奈美と、その友達の元気女子・海老塚桜子がマネージャーとして在籍していた。それだけでも他校からは羨望の的だが、合同練習で訪れた佐鳴高には選手としての女子部員がいて、浜高の面々は気もそぞろ。さらに、粉川たちの2年時には、のちに天才少女として世間を驚かせる来留間麻理が入部してくる。その練習相手として、桜子も柔道着を着せられる羽目になるのだった。

彼女らの活躍ぶりも見どころだが、それはもちろん、現実社会における女子柔道の普及を反映している

令和の名作『All Free! 〜絶対!無差別級挑戦女子伝〜』

女子柔道は1988年のソウル五輪で公開競技として行われ、1992年のバルセロナ五輪で正式種目となった。そのバルセロナ五輪に16歳で初出場した田村亮子(現・谷亮子)は、国民的ヒロインとなり、女子柔道人気に大いに貢献した。


田村亮子の愛称「ヤワラちゃん」は、言うまでもなく浦沢直樹『YAWARA!』(1986年〜93年)の主人公にちなんだもの。連載時期も『柔道部物語』とほぼ重なり、柔道マンガ史上に残る名作であることは間違いなく、女子柔道マンガの先駆けでもあった。

そして令和においては、小林まことが『JJM 女子柔道部物語』(原作:恵本裕子/2016年〜23年/社会人編2023年〜)を描き、村岡ユウ『もういっぽん!』(2018年〜24年)という女子柔道マンガの大ヒット作もある。

しかし、今回ご紹介するのはそこからさらに一歩進んだ究極の女子柔道を描いた名作――というより異色作、青野てる坊『All Free! 〜絶対!無差別級挑戦女子伝〜』(2020年〜21年)だ。

副題が示すとおり、男子に交じって無差別級に挑む若き女子柔道家の物語。とある大会の成年男子無差別級で15歳の中学生、しかも女子が勝ち上がる。その名は御船淳(みふね・じゅん)。“神様”と呼ばれた伝説の柔道家・御船久蔵十段の末裔であり、華奢な体格で大男たちを投げ飛ばす姿に観客は熱狂する。


青野てる坊『All Free! 〜絶対!無差別級挑戦女子伝〜』(双葉社)アクションコミックス1巻p38-39より

彼女はなぜ女子の部ではなく男子相手に戦おうとするのか。直接的な理由は、叔父・御船隼己(はやき)の存在だ。御船柔道の継承者として最軽量級の体で無差別級に出場し、多くの大会を制覇。しかし、淳にとって憧れの存在だった叔父は、圧倒的な体格とパワーを誇る外国人選手との試合中のケガで引退、世捨て人のようになってしまった。そんな叔父に再び「柔道は面白い」と思わせるため、男子と同じ無差別級の畳に上がるのだった。

昭和以来の柔道マンガの系譜に爪痕を残す

「柔道は自由だ……性別も体格も人種も年齢も関係ない 畳の上で向かい合ったならどっちが強いかしか関係ない!」と淳は言う。前述の大会では、決勝で無差別級A代表の選手に惜しくも敗れたものの、その戦いぶりは叔父の心に火をつけるに十分だった。

そこから二人の挑戦が始まる。目標は、男子の無差別級日本一を決める全日本柔道選手権への出場。いや、淳本人は本気で優勝を狙っている。もちろん強敵がひしめくなか、一筋縄ではいかない。さらなるラスボスは、隼己を下してから10年、世界の頂点に立ち続けるフランス代表ウルス・ダビデ。誰もが無謀と思う二人の野望の行方やいかに……!?

体格とパワーの差をスピードとタイミング、技のキレと連携で凌駕する。その一連の試合描写と技の解説が最高にスリリング。技そのものより、そこに至る過程(組み手争いやバランスを崩すための小技などの駆け引き)の重要性がよくわかり、柔道という世界の奥深さにゾクゾクする。

道着がはだけたまま組み合っている場面が多いのは気になるし、表現として粗削りな部分も少なくない。続編『All Free!! 無差別級挑戦女子本伝』(2021年〜22年)では、いささか情緒過多に感じる描写もある。それでも、昭和以来の柔道マンガの系譜に爪痕を残した要注目作であることは間違いない。


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(南 信長 : マンガ解説者)