「ライトノベル業界を盛り上げたい」一人のオタクが出版社を起業、レーベルを設立するまでの夢と現実
こんにちは、Togetterオリジナル編集部のToge松です。エンタメが大好きです。
近年、ライトノベルを原作とした漫画やアニメ作品を当たり前のように見かけるようになった。こうしたメディアミックスを機にヒットした作品も多数あり、ある種のブームのように感じる。
そう思っていたが、実はそうでもないという。原因は出版不況などさまざまあるが、成長を続ける漫画業界などと比較して「ラノベ市場は衰退している」という認識を持つ人は少なくないようだ。
そんな中で「ラノベオタクが危機感から出版社を設立した」という投稿が、X(Twitter)で注目を集めた。
ラノベオタクが危機感から出版社を設立↓クラファンで最初の資金を集める↓自社販売サイトを作る↓編集部を作る↓コンテストから出版開始↓マイナビから出資される↓プロ作家さんを巻き込んでレーベル立ち上げる↓大手販売サイトほぼ網羅する←イマココ頑張ってるくない?ほめて!!!
— オタクペンギン(社長) (@NovelPengin) 2024年4月24日
投稿主はオタクペンギン(@NovelPengin)こと近藤雅斗さん。電子書籍専門の出版プラットフォーム「BookBase」の代表を務める起業家で、ラノベレーベル「ダンガン文庫」の編集長だ。
近藤さんのnoteによると、出版業界に関する知識&経験ゼロから一念発起。2019年にCAMPFIREで資金調達を行い、今日まで「BookBase」を育ててきたという。並大抵の努力では実現できそうにない、夢のような話だ。
近藤さんにこれまでの道のりと現在、そして今後について、いろいろと話を聞いてみた。
一人のオタクが「ラノベ業界への危機感」から起業するまで
本日はよろしくお願いします。近藤さんがラノベ業界で起業しようと考えた経緯を教えていただけますか?
こちらこそよろしくお願いします。
僕は20歳のときに初めて起業をしまして、その後もいろいろな事業を立ち上げては辞めるを繰り返してました。最初は有機野菜の宅配サービスを始めたり、次は就活系の人材サービスを作ったり。
それらも生活できる程度にはうまく行ってたんですけど、「一生この仕事をやり続けていくのか?」みたいな葛藤を抱いていました。
そうした中、25歳の時にやりたかったことをやっておこうと思い、自分でライトノベルを書き始めたんです。
話がいきなり飛躍しましたね。もともとライトノベル作家になりたかったのでしょうか?
いえ、プロになるとかは考えておらず、とりあえず挑んでみたいなというくらいの気持ちですね。学生時代に死ぬほどラノベを読み漁っていて、自分でも書こうとして挫折したことがあったんです。だから「今ならいけるんじゃない?」と思って。
半年くらいやったんですけど、全然うまくいかなくて1本も書けませんでした(笑)。そもそも形にすることすらできず、「小説ってこんなに難しいんだ」と思い知りましたね。
何か書けない理由があったんでしょうか?
単純に書き方がわかってなかったんだと思います。途中でそこに気がついて、書き方をネットで調べました。その過程でだんだん「ライトノベル業界の厳しい現実」を知ることになったんですよね。
ラノベって2010年代くらいから「小説家になろう」などの投稿サイトを中心に勢いがあって、漫画やアニメなどのメディアミックス作品もたくさん生まれています。だから市場的にも成長しているように見えるんですけど、実際はジリジリと衰退したんですよね。
私もそういった話を聞いたことがあります。
僕はライトノベルに多大な影響を受けたオタクなんですけど、業界としてもう食べていけないみたいに思われるのは辛いんですよね。
なるほど、そこに起業のルーツがあったんですね。
はい。どうして作家さんが食べていくのが難しいのか原因を調べていくと、「本を書いたところで印税は10%で、初版部数も少なくなってる」みたいな話が出てくる。
今は僕も知識があるので、印税がそのくらいであることを理解しているのですが、それだと専業で食べていくのは大変では?と思ってました。
そうして「このままいくとラノベが消えるかもしれない」と危機感を感じて、僕は「書く人間ではなく、起業家としてラノベの可能性を広げるビジネスをしよう」と決めました。
ラノベから得たものが大きかったからこそ事業にしたいと。どんな作品が好きだったんですか?
いろいろありますけど、今でも定期的に読み返すほど好きなのは支倉凍砂さんの『狼と香辛料』です。
ラノベの主人公って何か特別な能力を持っているケースが多いんですけど、この作品の主人公はただの商人で、テーマとしてお金を稼ぐとはどういうことなのか、商人としての生き方とは何なのかを、言葉でしっかりと描写しています。僕にとっては起業家になる上で大きな影響を与えてくれた作品でもあります。
本作はアニメや漫画などでメディアミックス化されていて、どれも素敵な作品なんですが、文章でしか味わえない圧倒的な情報密度が原作にあって、「ライトノベルの可能性」を感じさせてくれるんです。
「ラノベを盛り上げるためやり続ける」という覚悟
近藤さんは起業を決めた後、2019年にクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で資金調達を行い、同年には株式会社BookBaseを設立。2020年8月に出版プラットフォームサービスを開始しました。
今日までの主な出来事を下記にまとめてみたのですが、起業から順調に成長していますね。
いや、順調だったことは全然なかったですよ(苦笑)。そもそも出版業界のことを何もわかっていなかったわけですから。
最初のクラウドファンディングの頃なんて「編集者なんて必要ないから削ろう」と思っていて、「サイトにアップされた作品をそのまま商品化しよう」というコンセプトだったんです。
でも、いざサービスを始めてみると、作家さんだけで商品として完璧につくりきることは難しいことがわかりました。
そこで2021年に「BB小説家コミュニティ」(編集者の創作サポートが得られる作家たちの有料オンラインコミュニティ)を設立して、誰でも作品づくりのサポートが受けられる環境をつくったりしました。
そうやって、壁にぶつかるたびに「どうやって切り抜けるか」を考えて進めていった結果、作家さんだけに任せるのではなく、ちゃんと自社でも投資をして作品づくりを行う出版社のスタイルになりました。
実際は行き当たりばったりの連続だったと。しかし、こうして試行錯誤をしていく中で、編集者の必要性など既存の出版システムにある要素を取り込みながら進化しているところが興味深いです。
たしかに「BB小説家コミュニティ」をやったことで、「編集者」という作家さんの伴走をする存在の重要性がわかりましたし、「BookBaseでも編集部を持とう」と方向転換したという意味で、とても大きな出来事でした。
ネットを見ていると、よくラノベ業界が衰退している原因として「出版社が作家を育ててこなかったのが悪い」という意見があります。たしかにそういう一面はあると思うんですけど、じゃあ「どうやって育てるの?」となると、誰も答えを持っていない。
これまで「BB小説家コミュニティ」には累計で700名以上の作家さんが参加していますが、コミュニティ内では「作家界隈で何が話題になってるか」や「何に着目しているか」、「業界に対してどんな不満があるのか」といった意見がよく交わされています。
今でこそ近藤さんは「ダンガン文庫」の編集長を務めていらっしゃいますが、当時は編集経験もなかったんですよね?
そうなんです。だから「BB小説家コミュニティ」を始めるにあたって、作家さんや編集経験のある方に「こういうときはどうすればいいか」などと相談しながら、ひとつずつ勉強しています。そういった姿勢は今でも変わっていません。
クラウドファンディングで支援していただいた方々のためにも、「ライトノベルを盛り上げるために自分が頑張らなきゃいけない」というモチベーションだけはブレずにあったと思います。
というのも当時、すごく印象深い出来事がありました。僕らが会社を作った1ヶ月後くらいに、LINEが「LINEノベル」という小説投稿・閲覧サービスを開始したんです。
LINEマンガの小説版みたいなプラットフォームで、僕らがやりたいことを僕らよりはるかにデカい規模でやっていたので、「もう僕らの存在意義ないじゃん」みたいな(苦笑)。
たしかにBookBaseからすれば大事件ですね。
でも、鳴り物入りで参入したLINEノベルも、1年後にはサービスを終了しちゃいました。結局のところ「電子領域を含めてライトノベルを新しい形にアップデートするんだ」と新規参入して今もやっているサービスって、僕らしか生き残っていないんですよね。
ビジネスって成功モデルがないかぎり、「やっぱり儲からないよね」と誰もやりたがらないんです。これは業界的にすごく良くない状況で、ラノベ市場がしぼんでいけば作家さんも食っていけないし、良いクリエイターも育たず、面白い作品も生まれないという悪循環になります。
大企業と違って僕らはこの事業をやめたらすべてを失うので、どのみちやり続けるしかないんですけど、ライトノベル業界への使命感みたいなものは変わらず持ち続けているつもりです。
「自分たちが業界を変えていくんだ」という使命感ですね。
今は僕も編集者として制作に関わっているわけですけど、やっぱり「ライトノベルは面白い」って気持ちは昔からずっと感じているんですよね。
だから「もっと面白い作品が作れる」という感覚もありますし、条件とタイミングさえ整えば「めちゃくちゃヒットする作品を生み出せる」という確信もあります。「粘ってやり切れれば勝てる」という気持ちがあるので、そこまでは続けたいと思っています。
大手とは違う方法で話題を生み出す
2021年にはBookBaseで初となる「小説下剋上コンテスト」を開催しました。応募条件が「出版社やWEB小説投稿サイトで落選した作品のみを対象」という視点がユニークですね。
【小説下剋上コンテスト開催!】※拡散お願いします!BookBase初主催の小説コンテストを開催します!小説下剋上コンテストと題し、過去に落選してしまった作品にスポットライトを当てるコンテストです!ぜひご応募ください!詳細は下記のリンクをご参照ください!https://t.co/h4kl50RJsY https://t.co/7YohoSCSw8
— オタクペンギン(社長) (@NovelPengin) 2021年9月9日
それも苦肉の策ですけどね(笑)。今でこそBookBaseのことを「聞いたことがある」と言ってくださる作家さんが多いですが、当時は誰も知らないですし、大手出版社とは違うことをやらないと興味を持ってくれない。そう思って逆張りを狙っていた部分もありました。
一方で、僕が作家さんだった場合、コンテストに対して何が一番不満を感じるかを考えたら、やっぱり落選した時のことですよね。「なんで落ちたんだろう?」という。
コンテストの最終選考まで残った作品って絶対に面白いと思うんです。落選した理由にしても「うちのレーベルっぽくない」とか「作風が尖りすぎている」とか、純粋な面白さとは違う基準だったりすることがあります。そこで「作家さんの手元にあって行き場がないけど面白い作品がたくさんあるんじゃないか?」という仮説を立てて、企画したのが「小説下剋上コンテスト」でした。
実際に開催したところ、300以上の作品の応募をいただいて手応えを感じましたし、2022年には第2回も実現できたので良かったと思います。
2021年に「BB小説家コミュニティ」を設立し、2022年には「小説下剋上コンテスト」を開催。いよいよ2024年2月にはBookBase発のラノベレーベル「ダンガン文庫」を設立しました。
はい。ここまでステップアップできたのは運要素も大きく、ターニングポイントとなる出来事が2つありました。
1つ目は、2023年3月に株式会社マイナビ様から3500万円の出資をいただいたことですね。初期にクラウドファンディングで多くの支援をいただいたものの、やはり持続していくためには圧倒的にお金が足りません。やるべきことはわかっていても、リソースが足りなくてできないことがたくさんありました。
そのため2021年頃からBookBaseの運営と並行して、銀行や投資家に「うちへ出資してくれませんか?」と交渉して回っていました。僕個人でも借金をして、運営にお金を回してサービスをもたせながら2年ぐらいずっと頑張っていたのですが、全然ダメで。ついには声を掛けられる投資家候補がほとんどなくなってしまいました。
そんな中で、紹介してもらったマイナビの方にダメ元でご相談したら、奇跡的に興味を持っていただけたんです。
なるほど、かなりギリギリの状況があったんですね。
2年間ずっと「自分のやりたいこと」に賛同してくれる投資家がいない状況は精神的に堪えましたね(苦笑)。
でも、エンタメ事業ってそれぐらいビジネスとして成功させることが難しいんです。投資家さんに「こういうシステムでヒットを生み出します!」と説明しても、「本当に当たるの?」と言われると断言しようがない。投資家目線で考えれば「リスクが大きい」という判断に至るのは仕方ありません。
なるほど。もう一つの要因は何だったのでしょう?
ラノベ作家の榊一郎(@ichiro_sakaki)さんと出会ったことです。
榊さんは言うまでもないと思いますが、『スクラップド・プリンセス』をはじめ代表作を多数生み出した実績のある作家さんです。たまたまX上で何度か絡ませていただいたことがあったのですが、同じ大阪在住だったのでダメ元で「よかったら飲みに行きませんか?」とお誘いしたところ、まさか実現してしまいまして。
僕からすれば雲の上の存在なので半ばファン感覚でお会いしたのですが、実際にお話してみると「ものすごく本にしたいけど、どこにも出せない企画がある」「ラノベの可能性が広がることなら手伝うよ」とおっしゃってくれて。
同じようにラノベ業界の未来に対して危機感を持っていらしたんですね。
僕らとしても、ちょうど出資をいただいたタイミングだったので、それならと…。即興で生まれたのが「ダンガン文庫」でした。
榊さんを筆頭に弊社から直接作家さんをお誘いしたところ、15名ものプロ作家さんが賛同してくださりました。
「ダンガン文庫」は新規レーベルにも関わらず、第1作目として発売したのが『鋼殻のレギオス』などで知られる雨木シュウスケ(@sy_amagi)さんだったのは、そういった背景があったわけですね。
はい。榊さんに雨木シュウスケさんを紹介していただき、「本にしたいけどできなかった企画はありませんか?」とお聞きしたところ、ご提案いただいたのが「宇宙を舞台にしたマジックパンク(魔法+スチームパンク)もの」でした。
最近のラノベトレンドにあるファンタジー系とは一線を画す物語で、個人的にも面白そうだと感じたので「ぜひやりましょう」と決まった感じです。
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— BookBase(公式) (@BookBase1) 2024年1月31日
作家の方々って、こうした「諸事情で本にできなかった企画」を持っているものなんですね。
キャリアのある作家の方々ほど持っている印象がありますね。
やっぱり資金的な体力が十分にある出版社はそこまでありませんから、リスクを取りにくい状況にあるんだと思います。作家さん側から「斬新な企画がある」と言われても、今のトレンドに合致したものでないとOKを出しづらい事情があるのではないでしょうか。
逆に、僕らはトレンドとは関係なく「今までに読んだことがない新しいもの、面白いもの」を世に出したいと考えていて、作家さんの心情に近いところにあると思います。
「ダンガン文庫」は電子書籍限定レーベルなので、紙の本を出すためにかかる費用(印刷、製本、取次、書店など)はほとんどないというメリットがあります。そうした電子出版としての強みを活かしながらビジネスとしてどう成立させていくか、が弊社の頑張るポイントですね。
BookBaseを悩ませる今後の課題
起業からここまで成長を続けているBookBaseですが、現在抱えている課題はあるのでしょうか?
ありがたいことに多くの作家さんにご協力をいただいて作品を発表することができ、たくさんの方々に読んでいただいているのですが、まだメガヒットと呼べる作品が生まれていない、という現状があります。
これは弊社の力不足によるところもありますが、小説の特性による部分もあると思っています。
BookBaseは電子書籍レーベルですから、基本的にプロモーションはX(Twitter)などのSNSが中心です。ですが、小説ってアニメや漫画と比べると、ビジュアル的に「面白そう」と読者に伝えることが難しく、SNSと相性が悪いんですよね。読んでみないとわからないので。
たしかにアニメのように動画のワンシーンを投稿するとか、漫画のようにツリーをつなげてページを投稿するとか、そういった視覚的なプロモーション方法がラノベだと見せづらそうです。
小説として面白いものは作れていると確信しています。けど、読者さんが同じように思ってくれるにはまだハードルがあるという状況なんだと思っています。
だからこそ、どうすれば小説を視覚的に知ってもらえるか、作品の入口まで来てもらえるか、という試行錯誤が必要なんだと思っています。
なるほど。近年、ラノベ作品がこぞってメディアミックスを行っている理由がわかった気がしました。
なので、僕らもやっぱりコミカライズに踏み込むべきだなと考えるようになりました。さいわい新たにまとまった資金の目処もついたので、現在はコミカライズも含めて組織体制を新たにしているところです。
僕は今、「ダンガン文庫」の編集長を務めていますが、一人の読者としても「自分たちが作っている作品は面白い」って自信を持っています。あとはどうやってみなさんに届けるか、読んでもらえるかが勝負なので、これまでどおりノウハウを積み重ねながら根気よく勝負し続けていきたいと思います。
編集後記
「僕らはまだ勝っていませんから」と慎重に言葉を選びながら、インタビューに応じてくれた近藤さん。
出版業界に明るいわけでもなく、編集経験もなかった一人の人間が、ゼロから出版社を起業してレーベルを立ち上げることがどれだけ難しいことか。ここまでの道のりは相当困難なものだったはずだが、今後さらなる茨の道が待ち受けている可能性もある。
起業から4年の歳月で本を出せるようになった現在は、順調そうに見えて、既存の出版社とようやく同じスタートラインに立った状況と言えるかもしれない。
それでも流行にとらわれず「面白いライトノベル小説」を生み出そうという姿勢は、夢やロマンに満ちていて、ワクワク感を抱かずにはいられない。
既存の出版スタイルとは異なるBookBaseが今後ライトノベル業界にどんな旋風を吹かせるのか、興味を持つ人は多いはずだ。
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— ダンガン文庫(公式) (@danganbunko) 2024年7月23日
オタクペンギンこと近藤さんは、XでBookBaseやライトノベル業界について精力的にコメントを投稿している。
興味のある方は近藤さんのXアカウントをチェックして、BookBaseの作品に触れてみてはいかがだろうか。
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