武田薬品、わずか4年で2回「国内リストラ」の中身
今年末にも希望退職者の募集を行う武田薬品工業。特別加算退職金や再就職支援サービスなどの条件は手厚いが、社員の間では不安が渦巻いている(編集部撮影)
「前回が2020年で今回は2024年。もはやオリンピックだ。今のパイプラインでは会社の未来も見えず、また数年後にもあるだろう。優秀な人ほど辞めていってしまうのでは」
国内製薬最大手、武田薬品工業は8月2日、国内の事業運営体制の見直しと併せて、希望退職・転進支援プログラム「フューチャー・キャリア・プログラム」(FCP)を実施すると発表した。
東洋経済は、8月下旬に会社が社員向けに示した希望退職者の募集要項案を入手。それによると、対象者は国内事業の主要部門であるジャパン・ファーマ・ビジネス・ユニット(JPBU)と、研究開発組織に当たるR&Dジャパンに所属する勤続3年以上の社員。募集期間は2024年12月上旬から中旬で、退職日は2025年2月末としている。
FCPは2020年に続いて2回目となる。わずか4年での再びの募集に、武田の現役MR(医療情報担当者)は冒頭のように肩を落とす。
MR数は10年前から半減へ?
会社の社内向けの説明によれば、募集人数は未定という。ある関係者は「前回のFCPで500人程度のMRが退職した。今回はMRだけで400人程度減るのではないか」と見る。
武田のMRは現在、1400人程度とみられる(会社側はMR数を非公表)。製薬業界では、希少疾患薬など対象患者の少ない薬へのシフトや、オンライン上での情報提供が進んだことなどから、MRの削減が続いている。武田は2010年代半ば頃まで2000人を超えるMRを抱えていたが、その半分ほどにまで減ることになりそうだ。
武田にとって初の営業社員のリストラとなった前回とは異なり、多くの関係者はFCPの実施を淡々と受け止めている。ただ、現場からは国内事業の縮小ぶりを嘆く声も聞こえてくる。冒頭とは別の武田の現役社員は、「国内で武田が没落していくのが悲しい。若い人ほど早く出て行ったほうがよいと感じる」と吐露する。
武田はこの春から、コア営業利益率の向上を目指して、グローバルで大規模な構造改革に着手している。今2025年3月期には、構造改革費用として約1400億円を計上する予定だ。すでにアメリカ・サンディエゴにある研究所の閉鎖や、ボストンの研究所でのリストラが明らかになっていた。
日本では、年間700億円以上を稼いでいた高血圧症薬「アジルバ」が2023年6月に特許切れを迎えて以降、売上高の減少が止まらない。その影響もあり、2024年3月期の国内売上高は前年から約600億円も減少し、4514億円となった。
そのうち1000億円近くを占める屋台骨の胃潰瘍薬「タケキャブ」は、2031年に特許満了日を迎える。そう遠くない将来に売上高の減少が想定されるが、国内で発売を控える新薬パイプラインに、これらを補えるものは見えていない。
こうした事情も考慮すれば、国内の人員削減はやむをえない状況といえる。
2事業部に再編する狙い
武田は人員削減を経たうえで、がん領域以外の国内の営業組織体制を2025年4月に変更する方針だ。JPBUでは、これまで消化器系疾患、神経精神疾患、希少疾患、ワクチンと4つの事業領域で成り立っていたビジネスユニットを、「第一事業部」と「第二事業部」の2つに再編する。
第一事業部はワクチンのほか、タケキャブのようにすでに販売から時間が経ち、いわゆるルート営業が必要な製品群を担当する。第二事業部は、従来領域ごとにユニットが分かれていた消化器系、神経精神、希少疾患の薬をすべて扱う。こちらは新薬が中心となり、治験データを医師に説明するなど、専門性の高い仕事となる。
武田ではとくにこの数年、グローバル標準に合わせるかたちで領域別の体制を強化してきたが、「1つの病院に会社の代表となるMRが回っていた昔と異なり、各領域のMRがばらばらに同じ病院を訪問するようになったことで、病院側からすれば武田の『顔』がわからなくなっていた」(同社の元MR)。薬の採用権限を持つ病院の薬剤部長とのつながりが希薄になるなど、営業力の低下を危惧する声も上がっていた。
この点、事業部が2つに集約されれば、過度な縦割りにならず、医療機関との関係を維持しながらより効率的な営業体制が構築されると歓迎する向きもある。他方、事業部数が減ることによって、現場だけでなく本部人員も削減されることは想像にかたくない。
FCPの下での退職条件は手厚い。勤続年数の3倍(60カ月分が上限)の給与が特別加算退職金として支給され、再就職支援サービスも最長で2年利用できる。武田の平均年収が1000万円を超えることを考えると、管理職であれば、総額8000万円程度の退職金を手にする可能性もありそうだ。
とはいえ、現場社員の心中は穏やかではない。
業界全体でMRが削減傾向にある中、好待遇のMRポジションで転職することはもはや難しい。退職を選ぶ場合、収入の大幅ダウンか、まったく異なる業界に飛び込む覚悟も必要となる。
前出の現役MRらは「前回のFCPでも転職支援を受けられたが、うまく転職していった人を知らない。よい条件のところへ行けるのは結局、他社につてがある人だけ」「本社経験のあるMRでないと転職は難しい」と不安がる。
残ったところで安泰でもない
では武田に残ったところで安泰かといえば、そうでもない。組織再編によって4つの部門が2つになれば、単純に1地域当たりのポストが減ることになり、勤務地が変わる可能性が高まるからだ。
MRは転勤ありきの仕事だが、近年の武田では、子育てなどのライフイベントに配慮した配属が重視される傾向にあった。しかしある現役MRは、「2020年のFCP実施以降、その前提は崩れた」と振り返る。
当時、武田は希望退職に関する面談で、社員に対し「勤務地の保証はできない」と伝えたという。その言葉を受け、「とくに(子育てなどで)時短勤務をしていた女性MRが多く辞めていった」(同MR)。直近まで武田に在籍していた元MRは「本部のポストは減る可能性が高いうえ、現場に残っても従来のエリアにいられるかという不安が付きまとうだろう」と推察する。
2019年にアイルランドの製薬大手・シャイアーを約7兆円で買収して以降、武田社内では一段とグローバル化が加速し、国内売上高は全社の1割を切る。一方で収益性の高い自社開発品が豊富な状況にはなく、新たに外部から大型品を導入できる財務的な余裕もない。構造改革によってスリム化した体制の下、後期開発段階にある6つの治療薬候補の開発を確実に成功へと導けるかが問われてくる。
武田は来期以降、業績の低迷期から抜け出せると強調する。繰り返されるリストラで優秀な人材を失った後に、再度上昇する力は残るのか。先行きは視界不良だ。
(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)