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入来祐作ファーム投手チーフコーチインタビュー(後編)

前編:「入来祐作が説くアナログの必要性」はこちら>>

 今季、入来祐作ファーム投手チーフコーチの尽力により復活した投手のひとりが、プロ8年目の京山将弥だ。

 2年目に先発として6勝を挙げ、将来を嘱望されたが、伸び悩み、昨年はイップスのような症状が出て一軍での登板機会がなかった。だが、昨年の秋季トレーニングから入来コーチの丁寧な指導を受けると、イップスを克服し、今季はリリーフで一軍の戦力としてプレーをしている。

 そしてもうひとり、今季のブルペンを支えてきた中川虎大(こお)も、入来コーチの影響を強く受けた投手だ。今季は4月下旬に一軍登録されると、ビハインドから勝ちパターンまで31試合でリリーフとして投げ1勝3敗10ホールド、防御率3.19といった成績を挙げている。8月末に手術を行ない現在はリハビリ中だが、プロ7年目にして初勝利、初ホールドを記録するなど飛躍のシーズンになった。


現在はリハビリ中だが、今季キャリアハイの31試合に登板した中川虎大 photo by Koike Yoshihiro

【できもしないことを追い求めさせない】

 中川といえばアベレージ150キロの強いストレートと落差の大きいフォークが武器だが、これまで制球難により真価を発揮することができなかった。レベルアップできたきっかけは、春季キャンプで入来コーチと東野峻ファーム投手アシスタントコーチに相談してからだという。中川が振り返る。

「ずっとフォームのことで悩んでいて意見を求めると、入来コーチは『おまえはそんなごちゃごちゃ考える必要はない』って。『ボール自体はすごくいいんだから、いきって前に進みなさい』と言われたんです。以来、キャッチボールからずっと見ていただいて、体が思ったよりも前に出ていても、『それが普通だよ』と言っていただき、すごく安心できました。データだけじゃなく、入来コーチの考えや自分の感覚のズレを擦り合わせていくことで、どんどんよくなっていったんです」

 目を輝かせ、中川は続ける。

「あとは、オリックスで宇田川優希選手や山崎颯一郎選手にどんな指導をしてきたのかを教えてもらったりしました。何を教わったかは秘密なんですけど、それもきっかけのひとつになっていますね」

 入来コーチは、ようやく結果を出した中川について次のように語る。

「ピッチャーにはタイプや個性がありますが、大事なのは本人に理想があっても、できもしないことを追い求めさせないこと。中川の場合は、すばらしい真っすぐとフォークボールがある。これを磨き上げれば、うしろ(リリーフ)を張ることができるだろうといった自分のなかの物差しが働きましたね」

 選手の個性と特性を見極めること。長所をひたすら磨き上げ、自信が持てれば、通用する可能性は高い。入来コーチは続ける。

「どんなピッチャーもいろんな技術を習得したいと思うんです。けど、よほどのピッチャーでないかぎり、それはできない。いろいろな選手を見てきましたが、本当の意味でこれだという技術を習得できるのは、せいぜい1つか2つですよ。そこがブレて、あれもこれも習得したい投手の気持ちや、もっとよくなってほしいというコーチの思惑が、時にピッチングを狂わせてしまうこともあると思います。だから僕は、逆にそこに行かせないというのをよく考えますね」

 たしかに今季リリーフとして台頭した中川や京山、坂本裕哉や徳山壮磨は、先発時代は長いイニングを投げるために多彩な変化球を投げていたが、今季はほぼツーサイドピッチで、空振りやファウルの取れる強いボールを投げている。選手の特性をしっかりと見極め、踏み止まっている投手にきっかけを与えることの大切さを感じてならない。

「そういうのを見つけるのは、僕は得意なんですよ」

 そう言うと入来コーチは笑った。

【投内連携の重要性】

 もうひとつファームの様子を見ていて興味深いのが、投内連携(PFP)の練習で、入来コーチが熱心に声を出していることだ。前出の中川は、次のように証言する。

「ベースカバーなどPFPに関しては、今までにないぐらい厳しくて『これができないなら試合で投げさせないよ』と言われました。やれて当たり前のことを、プレーを見ている子どもたちの前でできなかったら恥ずかしいことですし、結果的に自分の助けにもなるわけですからね。本当、以前よりも強く意識するようになって、自分としてもいい効果が出ていると思います」

 PFPについて入来コーチに尋ねると、どこか感慨深い表情で語りだした。

「PFPに関して言うと、ピッチャーにとってチームプレーってあそこしかないんですよ。野手は毎日バッティング練習をやって、守備や走塁など足並みを揃えてチームプレーの質を高めていきますが、ピッチャーはキャッチボールしてコンディショニングやったら終わってしまう日もある。だけどピッチャーって、ボール投げてバッター抑えるだけが仕事ではないんです。僕としてはPFPを通して"チーム"といった意識を強く持ってもらいたい。選手それぞれ個人とチームという側面をもっていますが、とくにピッチャーはチームという側面が希薄になりがちなんです」

 そう言うと入来コーチは苦笑して続けた。

「ピッチャーはね、好き勝手な人間が多いんです。立場上、自分中心で物事を考えがちです。だからPFPに力を入れるのは、チームとしてどうあるべきかをピッチャー陣に理解してほしいから。別にうまくやれとは思っていませんよ。いくらやっても下手な選手は下手ですし......だけど、反応できるようにはしておきなさいよといった教育ですね。すごく大事なことだと思います」

 チームとして投手はどうあるべきか。投げ終われば9人目の野手となる。そこで、ひとりよがりにならず、チームの一員として気持ちを合わせてプレーできるのか。たしかにチームが同じ方向に進んでいくために、またチームに心を寄せるためにも、投手にとってPFPは重要なことだと言える。

【愛情を持って鍛えてくれている】

 そんな入来コーチの様子を、調整でファームにいた時に見ていた山粼康晃は、感心しながら語る。

「愛情を持って鍛えてくれているというんですかね。今年に入ってPFPに関して厳しくやるということで、毎日若手を叱咤激励して、グラウンドで大きな声を出しています。僕もね、入来コーチには感謝しているんですよ」

 山粼にとって、入来コーチは亜細亜大の大先輩でもある。奇しくも入来コーチがDeNAを離れたタイミングで山粼は入団しており、これまで接点はなかった。

「入来コーチは、常に『もっとやれるよ』という言葉をかけてくれて、一緒になって頑張ってくれました。だからファームでの時間は重要だったし、ここまで熱くなって言ってくれる方は、最近はいませんでしたね」

 山粼のことを入来コーチに尋ねると、神妙な表情で答えた。

「康晃に関しては、あれほどのピッチャーになりましたからね。多分、みんな何も言えないでしょうし、逆にそれが彼を孤独にさせているのかもしれません。まあ僕も彼ほどの実績のある選手ではありませんが、野球界の先輩であり、人生の先輩ということで、僕の物差しでおかしなと思うところは、ちゃんと伝えておきました。それは康晃ばかりではなくほかの選手も同様です。ただ康晃がそう思ってくれるのならば、コーチ冥利に尽きますね」

 入来コーチは若手投手ばかりではなく、現状を打破しようとする石田健大らベテラン勢はもちろん、日本野球にアジャストしようと苦心していた新外国人投手のローワン・ウィックなどにも適切な指導とアドバイスを送っている。

 入来コーチがDeNAに復帰したことで、池に投げ入れた石が波紋を広げるように、静かにだが、着実に影響力を増しているように感じてならない。

 とにかく一生懸命。入来コーチは「僕なりに言うことと、言わないことを考えながら過ごしているので毎日大変ですよ。家に帰ったらすぐ寝ますもんね」と言って笑った。

【野球がある環境にずっといたい】

 一番の喜びは、やはり一軍に昇格した投手が活躍する姿を見ることだ。

「やっぱりそれは楽しいですよね。だけど同時に、ファームでうまくいってないピッチャーをどうケアするか、また誰かが一軍に行ったことでチャンスが減るピッチャーがいたりするんで、何ともいえない気持ちにもなるんです」

 全員が全員、陽の目を見る世界ではない。光もあれば影もある。とくにファームという環境は。

「全員助けられるのであれば、助けたいんですけどね......」

 少しだけ寂しそうな様子を見せ、苦労人はそう言った。

 入来コーチにとって"野球"とは何か?

「うーん、難しいですけど、やっぱり日々の生活や人生だったりするんでしょうね。僕は、野球がある環境にずっといたいなって思うんですよ。どんな仕事であっても。だからバッティングピッチャーをやっている時も用具係の時も、変な話、ライブで毎日、野球が見られるじゃないですか。それはそれで『いいな』って思う瞬間がたくさんあったんです。打撃練習で僕のボールをいい感じで打っていた打者が活躍してくれたり、用具係の時は『入来さん、ユニフォーム破れました』と言ってきた選手に新しいのを出してあげて、そいつが滑り込んでセーフになったりするとうれしかったんです。

 自分で言うのも何ですけど、『ホント野球好っきやなぁ』って。今はコーチという立場ですけど、自分が関わった選手が活躍をしたりすると、選手本人はもちろん、たくさんのファンの人たちが喜んでもらえるのがすごくうれしいんですよ。プロ野球に携わることができたのが、僕の人生においての一番大きな価値だと思っていますし、だからこそ誰よりも一生懸命やりたいんです」

 カロリー高く、泥臭いけど、必要不可欠なマインド。非現実を生きるプロ野球の世界で、入来コーチが今後どんな選手を育てていくのか、楽しみにしたい。


入来祐作(いりき・ゆうさく)/1972年8月13日、宮崎県出身。PL学園、亜細亜大、本田技研を経て、96年ドラフト1位で巨人に入団。97年にチーム最多の57試合に登板するなど、1年目から活躍。2001年は先発としてキャリアハイとなる13勝をマーク。03年オフ、トレードで日本ハムに移籍。06年にはメジャーを目指し渡米するも叶わず、07年10月に横浜のテストを受け合格。08年に中継ぎ要員として開幕一軍を果たすも、公式戦は3試合だけの登板に終わり、オフに戦力外を受け現役を引退。引退後はDeNAの打撃投手、用具係など裏方としてチームを支え、15年にソフトバンクの三軍コーチに就任。その後はソフトバンクの二軍コーチ、振興部などを務め、21年にオリックスの投手コーチ就任。今シーズン10年ぶりにDeNAに復帰し、二軍チーフ投手コーチとして選手の指導にあたっている