高校野球の「裏方」をヒロド歩美が取材し続けるワケ 夏の甲子園・滋賀学園のダンスへの思い
ヒロド歩美さん「甲子園2024」インタビュー後編(全2回)
京都国際(京都)の初優勝で幕を閉じた今夏の甲子園。見ごたえあるゲームが数多く繰り広げられるなか、現場の"熱"を伝えたのが『熱闘甲子園』(テレビ朝日系)キャスターでお馴染みのヒロド歩美さんだ。後編では、注力して取材している甲子園の「裏側」について印象深いエピソードを教えてもらった。
『熱闘甲子園』キャスター9年目のヒロド歩美さん
ーーヒロドさんはプレーする選手だけではなく、アルプスで熱心に応援している野球部員にも注目しています。今年は滋賀学園(滋賀)のダンスの応援が話題になりましたが、賛否両論ありました。
ヒロド歩美(以下同) アルプスにいる野球部員が、いかにメンバー入りするために必死だったのかを踏まえたうえで、今回は滋賀学園の彼らの思いを理解して見ることができました。だから賛否両論になってしまうのは正直、悔しいなって思ったんです。
ーー誰もが試合に出たい。その思いを抱きながら必死に応援している。
メンバー漏れをしてから覚悟はしていたでしょうが、甲子園に来てからも、グラウンドを目の前にしてここで野球したいという気持ちがなかったわけではありません。それでも、チームメートが輝くために自分の役割をまっとうしようとする姿は忘れてはいけないと強く感じました。
ーーまだ10代、彼らがどんな思いを持ちながら応援しているのかは、はたから見ているだけでは伝わりませんよね。
そうなんです。楽しんでいるし、楽しそうに見えるけど、その裏ではめちゃくちゃ練習してきたはずですし、めちゃくちゃ悔しい思いがあると思うんです。そこにもっとスポットライトを当てたいなと思いました。
ーー努力は当然、厳しいベンチ入り争いがあって、それを全部飲み込んであの場で一生懸命応援しているわけですからね。
だからこそ、アルプスにいる選手たちはめちゃくちゃ精神的にも人間的にも強いんだって感じるんです。宿舎取材に行くと、監督はもちろん、キャプテンやベンチ入りのメンバーたちは、応援してくれる選手たちあっての自分たちだって必ず言うんです。どこの高校も。このつながりの強さがあるからこそのグラウンドでのプレー。これがすべてだなって。
ーーそうした背景が見えると、高校野球の見方というのは、また変わるものですよね。
10年近く取材してきていますが、高校野球には負けたら終わりの儚さがあり、また、まだ高校生ということもあって、気持ちも揺れやすい。正直、選手たちは不貞腐れてしまう時もあると思うんです。それでも一生懸命自分を保とうとしている選手たちの姿を取材で見てきました。
試合取材を通して、いい勝負でした、だけではなくて、たとえば関東第一(東東京)の選手は自主トレで守備力を高めたからこそいいプレーが多かったですし、決して天性のプレーではない。高校野球はそうした背景があるからこそ、プレーの一つひとつにグッとくるものがありますし、そこはどんな時代であっても変わらないと思います。
ーー宿舎取材と言えば、同宿だった東海大相模(神奈川)と大社(島根)がベスト8で敗れた時は、互いにハイタッチで迎え入れていた姿は印象的でした。
素振りをする場所が同じで、交流があったみたいなんです。あの日は東海大相模が第1試合で、大社が第4試合。大社が宿舎を出るタイミングで東海大相模の選手たちが帰って来て「俺らは負けたけど託したぞ」というやり取りがあったり、大社が敗退して戻ってきた時には東海大相模の選手たちが出迎えたり、本当、高校野球ならではのシーンだと思います。
【印象深かった選手の熱と監督の涙】ーー背景という部分で、何か取材で印象に残っていることはありますか。
1年半ほど前に、センバツの21世紀枠関連で石橋(栃木)の取材に行ったことがあるんですけど、当時1年生だった入江祥太くんを取材した時に「文武両道」と言っていたのが印象的でした。グラウンドのベンチに参考書や模試の問題用紙なんかがあって、すごく新鮮だったのを覚えています。
今年3年生になって、夏前に会ったらやっぱり「文武両道」と言っていて、ブレていないのはさすがだなと思いましたし、甲子園後は翌日から「受験勉強に専念します」と言っていました。
入江くんは作新学院中等部の出身なのですが、公立に入って強豪校を倒したいという夢があったんです。彼が中学校の時、石橋が作新学院を破る試合を見て、石橋に進学を決めたそうです。だからこそ、今年の栃木県大会で作新学院を倒し試合後に整列した時、心が震えたと振り返っていました。少年時代にどのタイミングでどの試合をみて、進路を描くのかっていう意味ではすごく興味深いですよね。なので、最近はリトルシニアの取材も始めたいって思っています(笑)。
ーー少年時代は何に影響されるか、本当にわからないものですね。
あとは、掛川西(静岡)の大石卓哉監督のエピソードも印象深く残っています。大石監督は掛川西出身で、26年前甲子園に出場した背番号6のキャプテンでした。26年ぶりに出場した今年のキャプテンも背番号6の山下陸人くん。掛川西は髪型が自由なんですけど山下くんは丸刈りで、24時間野球に心血を注ぐ泥臭いチームのシンボル的存在です。
大石監督に山下くんへの激励の言葉を伝えてもらいたいとお願いしたら、大石監督は涙して「この子たちと野球ができて幸せです。僕は何もしていないけど、特等席で彼らの野球を見ることができて幸せでした」って......。すごくグッときました。
【頑張ると"ご褒美"がある甲子園取材】ーーヒロドさんは、選手たちに「甲子園とは?」というテーマで、メッセージを書いてもらってノートにまとめていますが、今年は印象深い言葉はありましたか。
今年もだいぶ書いてもらって、ずいぶんたまりました。「俺の庭」って書いてくれた選手もいれば、やっぱり「夢」が多かったですね。
健大高崎の箱山遥人くんは「夢の国」と書いてくれました。あと神村学園の今岡拓夢くんにも書いてもらった時、横のページを空けておいてほしいって言われたんです。彼はまだ2年生で、来年もう一回書きたいって。「絶対に甲子園に帰ってきます」と言われたのは初めてのことだったので、すごくいいなって。もちろん空けておきました。
ーー前向きですね。
すごく強気で、キャプテンもやりたいと言っていました。いいメンタルだし、すごく楽しみだなって。
ーーヒロドさんにとって9年目の『熱闘甲子園』。思いがまたいろいろと更新されましたね。
はい。そういえば、7年前に花咲徳栄(埼玉)の宿舎に行った時、小さい男の子から写真をお願いされたんですけど、彼は今年、花咲徳栄の記録員になっていたんです。久しぶりに再会して、もう一度同じポーズで写真を撮らせてもらったんですけど、彼の成長ぶりを見ると同時に、自分もずいぶん長くなったなあって(笑)。
ーー甲子園球場、誕生100年。来年は101年目となります。
また来年も熱い日々を送りたいという気持ちは変わりません。頑張れば頑張るほど、いい出会いやご褒美があるので、これからも続けていきたいと思います!
終わり
前編<夏の甲子園の「熱盛」をヒロド歩美が振り返る 『熱闘甲子園』と吉田輝星の弟・大輝の物語 >を読む
【プロフィール】
ヒロド歩美 ひろど・あゆみ
1991年10月25日生まれ。兵庫県宝塚市出身。早稲田大学国際教養学部卒業後、2014年に朝日放送テレビ(ABCテレビ)入社。2016年に『熱闘甲子園』のキャスターに就任。その後は『サンデーLIVE!!』『芸能界常識チェック!〜トリニクって何の肉!?〜』『芸能人格付けチェック』などに出演。2023年からフリーとなり、現在まで『報道ステーション』のスポーツキャスターを務めている。