柄本弾が語る、東京バレエ団の″伝家の宝刀″『ザ・カブキ』由良之助役に賭ける思い~国内では6年ぶり上演
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創立60周年を迎えた東京バレエ団のプリンシパル(最高位ダンサー)として大車輪の活躍を見せている柄本弾。2008年に入団すると早くから頭角を現し主軸として存在感を高め、国内外での数々の公演を成功に導いてきた。東京バレエ団が1980年代初頭から上演しているモーリス・ベジャール作品においても水際立った踊りを披露しているが、ことに歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」をバレエ化した『ザ・カブキ』(音楽:黛敏郎)の主役・由良之助は当たり役だ。パリ・オペラ座ガルニエ宮、ミラノ・スカラ座、ウィーン国立歌劇場といった檜舞台でも踊り、称賛を得ている。2024年10月、国内では6年ぶりに上演される『ザ・カブキ』の東京公演初日(10/12)と大阪・高槻公演(10/18)に主演予定の柄本に、由良之助役への思いや近況を聞いた。
■東京バレエ団のリーダーとして
――このほど第36回 服部智恵子賞を受賞されました。同賞は日本バレエ協会が制定し年間に於いて最も活躍したダンサーに授与する顕彰です。柄本さんは、コロナ禍においても国内外でプリンシパルダンサーとして多彩に活躍し、東京バレエ団へ貢献していることが評価されました。受賞の喜びを、近年の活動を振り返りつつお聞かせ願います。
コロナ禍は大きな出来事でした。2020年に約半年近く舞台に立てない状況が続いて、舞台があることは特別なのだと実感しました。一つひとつの舞台をより大切にする気持ちが強く芽生えました。また、主役以外の役で出演する機会が増えました。脇の重要な役も任せてもらえるのがうれしいですね。正直に言うと、僕自身どうしても主役をやりたいというタイプではありません。よい舞台の中の一員でありたいです。たとえば『眠れる森の美女』のデジレ王子を踊り、別の日に悪の精カラボスを演じて「柄本弾の演技がよかったから、いい舞台だったね!」と言われるとうれしい。服部智恵子賞受賞時、多くの舞台に携わっている点も評価いただいたとうかがったので、自分の存在意義というか他のプリンシパルダンサーとはちょっと違った面が認められて光栄でした。
――東京バレエ団の大黒柱でリーダー的な存在になられました。リーダーといえば、モーリス・ベジャール(1927―2007年)の『ザ・カブキ』の主人公・由良之助と通じますね。「忠臣蔵」の世界を描く『ザ・カブキ』は、1986年、東京バレエ団のために創作されました。由良之助は主君の仇討ちを果たす四十七士の首領です。柄本さんが初めて踊られたのは2010年4月、20歳でした。当時を振り返ってのお気持ちは?
もう14年も経つのですね。早い段階で『ラ・シルフィード』ジェイムズと『ザ・カブキ』の由良之助と続けて主役に配役され、「まさか」と思いました。うれしい気持ち以上にプレッシャーが大きかったです。東京バレエ団といえば『ザ・カブキ』というくらいの大きな作品ですし、初演から2010年までの間に由良之助を踊ってきた方は4人しかいなくて僕が5代目です。(高岸)直樹さん、(後藤)晴雄さんが長い間踊ってこられて、そこに入団してまだ2年しか経っていない若造がバトンを引き継ぐことにプレッシャーを感じました。毎日苦しい思いをしていたのは事実です。
――高岸さんから指導を受けました。どのように教わったのですか?
手取り足取りです。直樹さんと二人で朝から夕方までリハーサルをしました。皆とは別のスタジオにずっとこもりっぱなしでした。僕はベジャールさんの没後に由良之助を踊り始めたので直接指導してもらえませんでしたが、そのぶん直樹さんが「ベジャールさんは、ここの振付を大切にしていた」というようなやり方で教えてくださいました。その後、直樹さんが由良之助を踊ったときに舞台袖などから観ましたが、「直樹さんが言っていたのは、こういうことだったんだ」という答え合わせではないですけれど、そういうこともできました。先輩の背中は大きかったですね。
■『ザ・カブキ』の魅力と演じる大変さ
『ザ・カブキ』Photo: Kiyonori Hasegawa
――柄本さんは由良之助だけでなく悪役的な師直も演じています。演者の観点から『ザ・カブキ』の魅力・特徴をどう考えていますか?
和と洋のコラボレーションが見どころです。衣裳、刀などの小道具も和のものです。所作一つとってもバレエのレッスンではやらないことばかりなので、慣れるまでに時間がかかりました。今でも久々にやる際、踊りこんで自分の体に入る状態にまで持っていくのは大変です。
――全2幕9場のうち第1幕最後の6場「山崎街道」の大詰めで由良之助は主君の塩治判官の仇討ちを果たす決意を固めます。そこで踊る7分半におよぶヴァリエーション(ソロ)は、肉体的にも精神的にも過酷かと思います。実際のところいかがですか?
7分半あると聞いて思い出すだけでツラいですね!(笑)。このヴァリエーションだけをピックアップしても感情的な部分の持っていき方が難しいと思います。4場「判官切腹」や討ち入りを前に死んだ同志の勘平の手を取り血判状に判を押す場面があってこそ、作品がつながっていくし役に入りやすいんですね。討ち入りをすれば自分は切腹しなけければいけないし、家族や仲間にも影響が出てくる。全幕を通して演じていれば、そういった葛藤は比較的想像し易いと思います。7分半のどこを大切にしているのかを挙げるのは難しいですが、最初の静かな音楽のところでは討ち入りへの迷いや葛藤を重視しています。
■久しぶりの『ザ・カブキ』上演に向けて
――第2幕になると、ドラマはさらに動きます。7場「一力茶屋」では、勘平の妻おかるとの絡みもあり、8場「雪の別れ」では、塩治判官の妻である顔世へ別れを告げ、9場「討ち入り」へとなだれ込みます。どのような面持ちで踊り演じていますか?
「討ち入り」で何が大きいかというと、後ろにいる四十七士たちが背中を押してくれること。音楽が響くと鳥肌が立ち、勝手にスイッチが入りますね。第2幕の前半では、おかる、顔世ら周りの人たちとコミュニケーションを取る場面が増えます。でも、あまり考えすぎず、思い詰めてはいません。「一力茶屋」で遊女と戯れて世間を欺く場面では、ただ楽しんでいるだけです(笑)。
――物語の流れに身を任せ踊っていくということですか?
先日の〈めぐろバレエ祭り〉で、初演時の夏山(周久)先生、直樹さん、僕と今度初めて踊る(宮川)新大という新旧4人の由良之助のトークショーがありました。そこで夏山先生と直樹さんに「ベジャールさんは、由良之助を踊るときに大切にすることは何だと言っていましたか?」と質問しました。夏山先生は「ベジャールさんの作品は、特別に何をどうするという必要はなくて、振付をこなせるようになれば勝手に由良之助に入ることができようになる。そこに自分の長所とかをのせていくだけだ」というふうにおっしゃいました。その話を借りれば「特別にどうこうするのではない」というのが比較的正解でしょうね。
『ザ・カブキ』Photo: Kiyonori Hasegawa
――ベジャールの振付がよくできているということですね?
そういうことだと思います。『かぐや姫』(2023年全幕初演)でも僕は(金森)穣さんから「やり過ぎるな!」と言われていました。振付家の振付を明確にやることが一番大切だと学びました。それまでは、いかに自分の特色を出すか、自分なりに創り上げるかが勝負だと考えていましたが、振付家に言われたことをいかにシンプルにやるか、そこからどうプラスアルファしていくかを学びました。『ザ・カブキ』でもそこを大切にしていきたいです。
――このたびは国内で6年ぶり、海外公演以来だと5年ぶりの上演です。秋元康臣さん(2024年3月に退団し今回はゲスト出演〉と初役の宮川新大さんと由良之助を競演します。そこに向けての思いをお話しください。
ヤスと新大よりも僕の方が7年先輩ですが同世代で、仲よく切磋琢磨してきました。お互いに「負けたくない!」という気持ちを絶対に持っているでしょうが、おのおののよさが全然違うのはお客様が一番ご存じかもしれません。二人とも自分なりの由良之助を創り上げたいと思っているでしょう。もちろん助けられるところは助けたいですし、彼らから刺激を受ける面もたくさんあるでしょうから、そこは素直に吸収していきたいですね。
――改めて今回の『ザ・カブキ』に向けての意気込みをお願いします。
今までとは違うプレッシャーがあります。先輩の立場として絶対に成功させなければいけない。初日のプレッシャーもあります。久しぶりに上演するからこそ、お客様も楽しみにされていると思いますので頑張るだけです。ソリスト役も初役が多くなるので、いい流れでつなげたいです。
■くるみ割り王子を踊るのは5年ぶり!『くるみ割り人形』にも注目
『くるみ割り人形』(C)Kiyonori Hasegawa
――12月には『くるみ割り人形』のくるみ割り王子役を東京(12/13)、兵庫・西宮(12/25)で踊る予定です。2019年以来5年ぶりですね。そちらについても抱負をお聞かせください。
『くるみ割り人形』の王子役って難しいんですよ。『白鳥の湖』などと違って、王子が登場する頃にはストーリーはほぼ終わっています(笑)。第2幕のグラン・パ・ド・ドゥは大切ですが、個人的に大事にしたいのは、第1幕のマーシャとのパ・ド・ドゥ。マーシャと王子との出会いの場面です。『くるみ割り人形』はマーシャの成長物語。少女が王子と出会い、愛を知り、成長していく。いかにマーシャをときめかせることができるかが大切です。
――斎藤友佳理 団長が改訂演出/振付した新版『くるみ割り人形』は2019年に初演され、全国各地でも好評です。マーシャを夢の世界へと案内するドロッセルマイヤーも持ち役ですが、東京バレエ団の『くるみ割り人形』の魅力を紹介いただけますか?
シンプルに盛り上がることのできる作品です。装置などにもこだわりが多いので、小さなお子様も楽しんでいただけます。ちょっとしたマジックがあったり、いろいろな仕掛けがいっぱい入ったりしているので、一度観ただけでは気が付かないことも多いかもしれません。何回ご覧いただいても楽しめる『くるみ割り人形』になっています。
――近年はバレエ・スタッフを兼任し指導の役割も担います。そこに関して思うこと・考えていることがあれば教えてください。
僕は直樹さんや友佳理さん、ゲストの先生方から多くを教わりました。僕がベジャールさんに会えなかったように、後輩は(ジョン・)ノイマイヤーさんやジル(・ロマン)の指導を受けられないかもしれないし、引退された(シルヴィ・)ギエムさんと共演はできない。だからこそ、学んできた人が伝えなければいけません。自分自身、教えるということが楽しいですね。踊るだけではなく、指導によっても舞台を創ることができると教えてくれたのは友佳理さんです。今後も踊りますが、人に伝えることで自分が直さなければいけない点に気が付きます。今では友佳理さんの求めるものは何なのかを大方分かってきたつもりです。もっと吸収しなければいけませんが、自分に反映できるようになってきました。そこが自分にとっては大きいですね。
取材・文=高橋森彦 撮影=山崎ユミ