「猫は相棒。彼らが家にいなければ、自堕落に飲み歩いてしまうかも」と三原さん(撮影:梅谷秀司)

写真拡大 (全17枚)


猫2匹と暮らすために選んだアパート。築年数がたっているが、間取りを生かす工夫をしている(撮影:梅谷秀司)

一人暮らしをしている人の住まいとライフスタイルに焦点をあてた連載「だから、ひとり暮らし」。第4回は神奈川県川崎市の木造アパートで、2匹の猫と暮らす大工、三原悠太郎さんを取材した。

昭和レトロな格安アパートをDIY

職業は大工。現在30歳になったばかりだという三原悠太郎さんが住んでいるのは、川崎市「溝の口」駅近郊にある家賃6万円の木造アパートだ。

アパートは2階建てで、古びた鉄骨の階段と外廊下がある、昭和の典型的な建物。急な階段を踏みしめながら2階に上がると、周囲の街並みが見渡せた。溝の口駅周辺の賑やかさとは一変し、この辺りはのんびりとした空気が流れている。


三原悠太郎さんは洗足学園音楽大学卒業後、美術の大道具製作の仕事を経て大工に。2024年春より、ミハラ工務店の親方として新たなステージに踏み出した(撮影:梅谷秀司)

三原さんの部屋は、古いアパートならではの畳や広い押入れなどの要素を活かしつつ、DIYで現代的に整えられていた。

間取りは2Kで、部屋を仕切るふすまを外して1Kのようにして使っている。自作の家具による収納の工夫からか、部屋は実際より広く感じる。大工道具や趣味の楽器など、三原さん自身を構成する多様な要素が、無理なく納まっていた。

「いろいろ工夫しているからといって、この部屋に満足しているわけじゃないですよ! 『いつかもっと相応しい家に引っ越したい』と、常に思っています」と、三原さんは語る。

【写真】限られたスペースを工夫し、仕事や趣味のものも収納。2匹の猫との暮らしぶり(20枚)


賃貸だが突っ張り棒の原理で柱を建てたり、フローリングシートを敷いたりしてカスタマイズ。自分流に住みこなしている(撮影:梅谷秀司)

「この部屋に引っ越してきたのは3年前。ある程度の広さがあって駐車場付き、ペット可で家賃6万円。かなり安いですよね。

引っ越した当初、ほかに選択肢がなかったんです。その頃付き合っていた彼女と別れて、猫を2匹抱えて追い出されたのに、手持ちの金がなくて。この部屋は予算と条件の兼ね合いで、とりあえず選んだ感じです」(三原さん 以下の発言すべて)

不安点は古い木造建築のため、構造上の脆弱さがあること。

「大工なので、躯体(くたい:建物の骨組み部分)の強度は気になりますね。特に昼間は猫たちを家に置いて仕事をしているので、自分がいないうちに災害にあったりしたらと思うと心配です。

それに木造で壁が薄いから、音が伝わりやすい。活発な猫たちが夜中に"運動会"をしてしまうこともあるので、近所迷惑にならないといいな、と。それで防音材とフローリングシートを敷くなど、賃貸でも問題ない範囲のDIYで気を遣っています」


角部屋なので、光が2面から入ってくる採光の良さ。一方で、夏場は暑さも感じる(撮影:梅谷秀司)

そう言われれば、エアコンが稼働しているわりにはやけに暑い。真夏の西日が、外から伝わってきているのかもしれない。それも壁の薄さ故か。

「好きなことって、楽器の演奏や歌、ものづくり、猫と遊ぶこと、全部大きな音が出ることばかりなんですよ。だから常に音で近所に迷惑をかけないように気を遣います。それが窮屈ですね」

三原さんは困ったように笑って言った。

音大を卒業したが「大工」に方向転換

三原さんは洗足学園音楽大学で打楽器を専攻していた。しかし卒業後、飲食業勤務、舞台の大道具の製作業を経て大工として工務店を立ち上げたという、異色の経歴を持っている。

音楽の道を絶って、大工として独り立ちしようとするまでの転換点には、どんな出来事があったのだろうか?

「実は特にこれといった出来事は、ありません。僕は本来、自分勝手で流されやすいところがあって、わりとどうしようもない奴なんです。

音楽大学に行ったのも、浪人していた夏に乗っていたバイクの事故で、入院したことが原因。『これでは今年も受験勉強が間に合わないな』と思って、得意な音楽の道に絞って方向転換しました。

音楽がずっと好きでバンドを組んだりしていたので、とっさにその道を選んだわけです。それ以降の半年間は本気で音大対策をして、無事に合格しました」

両親は三原さんの音大入学の意志を尊重し、地元の新潟県から東京へと彼を送り出してくれた。

「そこまでしてもらったのに、大学在学中はバイトと飲み会に明け暮れて、真面目に音楽活動をしませんでしたね。同級生にはポップスやクラシックの業界でプロになろうと頑張っている人もいましたが、その頃は頭を下げて自分を売り込むことができなくて。音楽自体から逃げてしまったんです。

卒業後は飲食関連のアルバイトをしながら1年ぐらいフラフラとした後、手に職をつけようと舞台の大道具製作へ。そこから大工の業界に入ったという経緯です」


大工道具はスチール製の棚に分類して収納(撮影:梅谷秀司)

紆余曲折あって大工の道に入った三原さん。それまで取り組んだことは続かなかったのにもかかわらず、大工という仕事に腰を据えて取り組み、工務店を立ち上げるまでしたのは、なぜなのだろうか。

「ピンとくるものを感じたからです。何もないところに、自分の力でモノができたという達成感が好きなんですよ。それに人の役に立てている実感が持てるのも、嬉しいですし」


壁にかけられたギター。釘を打てない賃貸では突っ張り棒の柱を立てて、そこに釘を打つと、退去時に原状回復できる(撮影:梅谷秀司)

三原さん曰く、音楽と大工の仕事には共通点があるという。

「音楽は頭でイメージしたとおりに体が動かないと、上達しない。そこは大工の仕事も一緒なんです。体を使って何かを作り出すのも、演奏家と大工は似ている。今までやってきたことと地続きで取り組めるので、しっくりくるものがありました」

大工の仕事とドラムの演奏には、リズム感と正確性が重要だという共通点があるが、それを感覚的につないでキャリア構築したところに、三原さんの独創性がある。

猫たちの存在は癒やしであり「支え」

大工という仕事で身を立てようと日々励んでいる三原さんにとって、癒やしとなっているのがこの猫たちだ。


飼いネコは灰色のアロイと茶色のひのき。取材時は大人しかったが、本当は活発。三原さんがいない間にも元気に家の中を動きまわっている(撮影:梅谷秀司)

「猫を飼い始めたのは6年ほど前。当時の恋人と同棲したのをきっかけに、子育ての練習みたいな……、そんな甘い気持ちで、灰色のアロイを迎えました。

その後茶色のひのきを飼いましたが、結局僕たちは破局。飼い主が別れたからといって、猫を引き離すのはかわいそうだと思って、僕が2匹とも引き取りました。

今となっては、僕のほうが彼らに支えられていると思います。仕事が終わったら、家で明日の仕事の図面を確認して準備した後、猫たちと戯れて一日を終えます。

彼らが家で待っていなかったら、こんな毎日を送れていないかもしれない。昔のように飲んだくれて、3日ぐらい家に帰らないような人間になってしまうのではないかと、自分でも思うんです」

ひとり暮らしは全てが自分の時間であるが故に、なにかに依存してしまうとブレーキが利かない怖さがある。ペットは家主を見守り、生活を整えるきっかけを与える、ひとり暮らしの守り神のような存在なのかもしれない。


三原さんが抱かないと、写真に写ろうとしないアロイ。撮影が終わった途端に近寄ってくる天邪鬼な一面も(撮影:梅谷秀司)


猫のために自作したキャットタワー。こちらも突っ張り棒の原理で部屋に新たな柱をプラスした(撮影:梅谷秀司)

猫が支えだという三原さんは、彼らが暮らしやすい環境にも配慮している。

「猫たちはずっと家にいるので、運動不足解消のためにキャットタワーを自作しました。1人と2匹でいろいろなことを乗り越えてきたという実感があって、彼らは相棒みたいな存在。大切にしています」

キャットタワーからは、窓の向こう側に広がる街並みが見渡せるのだろう。猫たちはそこから街を眺めながら、三原さんの帰りを待っている。

理想の環境を、実現できてるとはいえない

いまの暮らしを、三原さんはどう位置づけているのだろうか。また三原さんにとって理想の住まいとはどんな住まいなのだろうか。

「将来的には、もっと広くて大きな音を出せる環境が欲しいです。仕事で工務店をやっていくには、雨が防げて広さのある作業場が必要なので。

それに、実は今付き合っている人がアーティストなんです。だからゆくゆくは彼女の工房を兼ねるような作業場がある家で、一緒に暮らしたいという気持ちもあります」

現在はひとり暮らしをする三原さん。しかし将来的には恋人と暮らし、クリエイティブな作業をともにできるような環境を求めている。


玄関には、恋人が描いた猫と三原さんのスケッチが飾られていた。「大切に飾っている自分がセンチメンタルで、気恥ずかしいですけど」(撮影:梅谷秀司)

「広い敷地のある場所が希望ですが、あまり都心から離れるのも、仕事的にはマイナス。凝った施工の仕事は東京が多いから、そこに駆けつけられるようなアクセスの良さも必要です。そうなると家賃が高くなってしまいますね」

発展途上にある自分に、ちょうど良い部屋

新たに三原さんが望む住環境を手に入れるとなると、どうしても現在の住まいよりはコストアップになるだろう。


「猫は相棒。彼らが家にいなければ、自堕落に飲み歩いてしまうかも」と三原さん(撮影:梅谷秀司)

「今は安く住めるこの部屋に救われているのも事実。車を買ったり道具を揃えたりと、開業資金がどんどん出ていく日々ですから。

当面は工務店として直接僕に依頼してくれるクライアントが増えて、仕事が軌道に乗っていくことが、切実な願いですね。

そんなこともあって『理想の家に住むのはまだ早い。今はこの部屋で充分だ』と自分に言い聞かせている感じです」

【写真】限られたスペースを工夫し、仕事や趣味のものも収納。2匹の猫との暮らしぶり(20枚)

低コストの住まいは、新しいステージを目指す人にとって、夢への足場である。

三原さんが一人前になるために猫たちと苦楽を共にしたこの空間は、目標を達成した後に振り返れば、きっと愛おしい思い出の部屋になるのだろう。


この連載の一覧はこちら

"背伸びをしない"暮らしの様子


和室の押し入れは布団をしまうことが前提なので大容量。扉を外してオープン収納として使うことで、さらに収納力をアップ(撮影:梅谷秀司)


身だしなみにも気を遣う。化粧品、香水ともにセレクトが利いたラインナップ(撮影:梅谷秀司)


料理は苦手で、「自分で作るけど、まずいですよ」。タバコを吸うときも、この場所で(撮影:梅谷秀司)


DIYに使う工具。「本格的な大工道具は車に積んでいます」(撮影:梅谷秀司)


部屋には練習用のドラムパッドも。実際のドラムセットは車に積んでいて、今でも人のいない場所で練習している(撮影:梅谷秀司)

本連載では、ひとり暮らしの様子について取材・撮影にご協力いただける方を募集しています(首都圏近郊に限ります。また仮名での掲載、顔写真撮影なしでも可能で、プライバシーには配慮いたします)。ご協力いただける方はこちらのフォームからご応募ください。

(蜂谷 智子 : ライター・編集者 編集プロダクションAsuamu主宰)